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7.百年後の世界へ

 風が止まったかと思うと、少しずつ馬車の走る音や人々の話し声が聞こえるようになってきた。


 「もういいわよ」とローディに言われ、目をゆっくり開けていく。


 舗装された道を、馬車が軽快な音を立てて走っている。馬車の中には、上質そうな布に身を包んだ、紳士と貴婦人の姿が見えた。


 道行く女性を見る。細かい刺繍が施されたドレスを身にまとい、色白く綺麗な手で日傘を持ち、ゆっくりと道を歩いている。一人で道を歩いていることから貴族の身分ではなさそうだったが、僕のいた時代の貴族たちより遥かにいい服を身につけている。


「ローディ、ありがとう」


 僕はローディに感謝を伝えたかったが、ローディの声はもう聞こえなかった。


 僕たちが立っていたのは、ちょうど大きな屋敷の前だった。何やら屋敷の中が騒々しい。


「レティシア様、どうかおやめください! また旦那様に叱られてしまいますよ!?」


 女性の叫び声と、馬の駆ける音が聞こえてくる。


「大丈夫よ! お父様が戻る前には帰ってくるから」


 腰に剣を指し、まったく洒落っ気のない長袖と長ズボンを着た女性が、馬に跨って屋敷の中から飛び出て来た。


 女性はぼさぼさのプラチナブロンドの髪を、頭の上で一つに束ね、銀の羽根の髪飾りをしていた。


 僕が持っている銀の羽根の装飾品と同じか確認しようとしたが、僕の胸元から銀の羽根は消えてなくなっていた。


 女性と一瞬目が合う。彼女は僕と同じ紫色の瞳をしていた。


「レティシア様〜!」


 馬に乗った女性のあとを追って、眼鏡の女性も門の外まで走ってきた。眼鏡の女性は肩で息をしながら、馬で走り去った女性の背中を悲しそうに見つめている。


 人違いだと思いたいが、紫色の瞳をしている以上、僕の先祖であることは間違いなさそうだった。僕は驚きのあまり、何も言葉が出なかった。


 最初に口を開いたのはグラディウスだった。


「やや活発すぎるところがありそうだが、イメージ通りの美人だな」


「どこがだよ?」


 僕は反射的に否定した。


 レティシアの顔立ちは、非難するほどは悪くはないが、美人の部類ではない。ぱっとしない顔をしているので、もしかしたら化粧映えするかもしれないが、期待はできない。


 グラディウスは「やや活発」などと言っているが、外見以上に彼女の性格は大問題だ。僕の時代以上に、百年前のこの時代は、男性を陰ながら支えるような慎ましい女性が好まれた。だが、レティシアからは淑やかさの欠片も感じられない。


 僕は、レティシアの消えた後ろ姿をまだじっと見つめながら、


「あれは、なしだろ……」


と呟いた。


 グラディウスは「ははは! なしかよ」と他人事のように笑っている。


 平和で、着飾ろうと思えばいくらでも着飾れる豊かな時代に生まれながら、なんで魔物から逃げ惑う、物資的に貧しい人たちと似たような格好をしているのか理解ができなかった。

 伯爵令嬢であるレティシアより、道行く庶民の方が何倍もおしゃれで綺麗だ。


「人間から見たら、レティシアの評価ってそんなに低いのか? ――まずいな。リーヴェスには、社交界の華って言われている婚約者がいるぞ。無事別れさせられるかなぁ」


 グラディウスは、僕の知らない事実を容赦なくぶち込んできた。


「聞いてないぞ、リーヴェスって婚約者いるのか?」


「ああ。リーヴェスの幼なじみでな、愛人の子だと冷たい扱いを受けていたリーヴェスを、幼い頃から支え続けてきたいい子だ」


「……完璧じゃないか」


 お互いに恋心があるかは分からないが、貴族同士の結婚と考えると、リーヴェスとその婚約者の関係は十分だ。


「でもよ、その婚約者じゃリーヴェスは救えないんだ。婚約者の女は何度もリーヴェスの元に通って心配してたけどよ、リーヴェスは自死を選んじまったからな」


 相手のことを大事に思っていても、その人を救えるとはかぎらない。きっと婚約者の女性は、多少はリーヴェスの支えにはなっていたのだろうが、リーヴェスにはそれだけでは足りなかったのだろう。


 しばらく沈黙が続いたあと、グラディウスは気を取り直して言った。


「まぁとりあえず、リーヴェスの婚約者を見てから考えてくれ。オレはレティシアの方が美人だと思うけどな」


 見なくても分かる。社交界の華と称されるくらいだから、少なくともレティシアよりは美人だ。グラディウスの好みは人間の僕には理解できない。


 寝不足のせいなのか、今後のことを考えるとめまいがした。

明日からは1日1投稿予定です。

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