6.故郷との別れ-3
「レティシアが魔物に遭遇する前に移動できればいいってことだね。――君も、レティシアとリーヴェスを引っつけることができれば、本当に平和な世は続くと思う?」
ローディの言うことを疑っているわけではないのだが、グラディウスの意見も聞いてみたかった。
「あいつが言うんだ、間違いねぇよ。オルヒデー家は魔物を切り裂くことはできるが、邪気から自分の身を守ることはできねぇ。初代の頃から少しずつオレに邪気が蓄積されていって、ついにリーヴェスで限界が来ちまったんだ。オルヒデー家が邪気を切り裂く力も、邪気から身を守る力も両方あれば、言うことなしだろ」
紫色の目を持つ者は今まで長生きできなかったらしいが、今後は聖剣に守ってもらえるのだとしたら、紫色の目を持って生まれてきた子どもからしても悪い話ではないだろう。
「そうか、分かった。ローディに言われた通り、何とかして二人を引っつけよう」
一冊目の日記帳を本棚に戻すと、僕は二冊目を手に取った。
「お前、本当にいいのかよ?」
グラディウスが不満そうな声をあげた。
「先祖であるレティシアがリーヴェスと結婚したら、お前生まれてこないかもしれないぞ。お前の兄貴だって、生まれてこないかもしれねぇ。いいのかよ?」
ローディにレティシアとリーヴェスを引っつけろと言われた時から、自分や兄が生まれてこないかもしれないことくらい、薄々感づいていた。しかし、グラディウスにわざわざ責められるように言われると、腹が立つ。
「そもそも世界が平和になれば、人々の行動も変わり、未来は大きく変わらざるをえないんだ。未来の人たちが魔物に怯えることなく笑って過ごせるのなら、僕はそれでいい」
いらだちながら話し始めたが、話しながら少しずつ心が落ち着いていくのが分かった。魔物の心配がない未来。これ以上望むものは他にない。
「分かった。できるかぎりのことは協力する。――大丈夫だ、レティシアはきっと美人だ。リーヴェスもすぐに気に入る」
グラディウスはそう言うと、静かになった。領地に入ってからというもの、グラディウスは何かと僕に話しかけてきていたが、それ以降僕に話しかけてくることはなかった。
僕はレティシアの日記の続きに目を走らせる。
二冊目の最初のページには、ずっと片思いしていた相手に失恋したと書かれていた。ページをいくらめくっても、失恋の話が続いている。ページをめくるたびに、本当にレティシアは美人なのだろうかと、不安が少しずつ大きくなっていく。
失恋の話がようやく終わったかと思うと、王都からかなり離れた田舎に住む、レーヴェンツァーン侯爵のところへ嫁ぐことになったと書かれていた。
前々から縁談の話は来ていたが、レーヴェンツァーン侯爵はレティシアより三十歳も年上なうえに、後妻に入ることになるため、レティシアの父親が今まで渋っていたらしい。
しかし、レーヴェンツァーン侯爵領にはまだ魔物は出現していなかったため、レティシアの安全を願った父親は、結婚を決めたと書かれている。
念のため三冊目、四冊目、五冊目、と最後まで目を通したが、以降はレーヴェンツァーン侯爵のところへ嫁いできたレティシアの日々が書かれているだけで、めぼしい記述は見当たらなかった。
レティシアは僕の何代前にあたるのか知るために、家系図を確認する。レティシアは僕の高祖父の母――僕から見て五代前の女性だということが分かった。血が繋がっているといえど、ここまで離れていれば、レティシアと僕はほぼ他人のようなものだと思う。
外はすっかり日が暮れていた。
僕は書斎の奥に置いてある金庫を開ける。そこには、まだ平和だった時に使われていた通貨が保管されていた。布袋に入るだけ通貨を入れると、布袋をポケットにしまう。
「グラディウス、もう出発しようと思うけど、大丈夫か?」
領地に長居する気は僕にはなかった。グラディウスは僕の問いかけに対して「あいよ」とだけ答えた。
「ローディ、過去に連れて行ってくれるか?」
僕が彼女の名を呼ぶと、すぐにくすくすと笑う声が聞こえてきた。
「もういいのね。じゃあ、レティシアが魔物に遭遇する前に着くように、あなた達を運んであげる。場所は、レティシアもリーヴェスもいる王都よ」
どうやらローディは、僕たちの話を聞いていたようだ。ローディは笑うのをやめると、
「グラディウス、言っとくけど、あたしもあんたのこと苦手だし嫌いよ」
と低い声で言った。
「知ってるよ」
グラディウスは面倒くさそうに答えた。
「じゃぁ、ちゃっちゃと行くわよ。ユベール、合図をするまで目を閉じててね」
急に僕とグラディウスの体が光り出した。言われたとおり、僕は目を閉じる。
前方から強い風が吹き続けた。息はかろうじてできたが、立っているのはやっとだ。
「私、オルヒデー家の人たちの顔、とっても好みなの。美形一族を断絶させないように、くれぐれも頑張りなさいよ!」
ローディからの激励が、頭の中に大きく響く。
目をかたく閉じているのに、まぶしくてたまらないほどの強い光を感じた。