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世界を救いたいなら、騎士団長を惚れさせろ!?  作者: 緋原 悠
第三章 レティシアの物語(2)
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38.氷の鎧が溶けるとき-3

 リーヴェスが部屋の鍵を開けてくれたので、私は戸を開けて中をランプで照らした。こちらの狭い部屋にも、ベッドが置かれているだけだった。

 ベッドには、両手で顔を覆い、一人で話し続けている男性が座っていた。大きな声だが、何を言っているのかはよく聞き取れない。男性は何かと必死に戦っているように見えた。

 危ないと思ったのか、今まで後ろにいたユベールが私の前に立ってくれた。お兄様は先ほどと同じように、私の後ろで私の腕を握ってくれている。


 私はシェルムに近づくと、フィデリオにしたのと同じように、まずベッドの近くにある窓のカーテンを開けた。

 しかし窓には外側から板が張り付けられていて、板と板の間から光が差し込んではきたものの、フィデリオの部屋ほど明るくならなかった。


 私はフィデリオを見る。聖剣の後継者選びの直後から今までずっと、休む間もなく必死に何かと戦い続けてきたのだとしたら……、彼の胸中を想像すると苦しくなった。


「私はレティシア。あなたを浄化しに来たの」


 シェルムに声をかけてみたが、特に反応はなかった。自分のことで必死のあまり、周りの声は今の彼には届かないようだ。


「もう大丈夫だからね」

と言うと、私は両手で包み込むように、シェルムの手を触る。


 シェルムに触れた途端また急に体が重くなったが、気絶はせずにすんだ。

 シェルムの冷たい手を温めるように握り続けていると、シェルムは急に何も喋らなくなった。手に触れたまましばらくいると、彼の手がぴくりと動いたので、私は手を離した。


「シェルム、聞こえてる? 助けにきたわよ」


 私はシェルムの耳元で呼びかける。

 シェルムは自分の顔から手をゆっくり離すと、私を見た。

 初めて見た彼の顔は、泣き顔だった。ずっと暗闇にいたせいで少しの明るさでもまぶしいのか、目を細めている。

 頬はすっかりこけてしまっているが、リーヴェスの兄弟だけあって、整った顔立ちをしていた。


「……お前、名前は?」

「私はレティシア。もう大丈夫よ」


 私はシェルムの肩をぽんぽんと叩く。シェルムは私の目をじっと見て、「ありがとう」とだけ言った。


「ここは……?」

「別宅だ。継承者選びが終わって以来、お前はずっとこの部屋にいたんだ」


 シェルムがきょろきょろと周りを見回していると、リーヴェスが近くにやってきて答えた。


 リーヴェスを見るとシェルムは驚いた顔をし、リーヴェスの聖剣を見ながら

「お前が選ばれたのか」

と言った。リーヴェスはそうだ、と答える。

 シェルムは静かに笑った。


「聖剣なんていらないと言っていたやつが選ばれちまったのか」


 そして聖剣からリーヴェスの顔へと視線を移すと、シェルムは真顔で言う。


「俺はお前が心底羨ましい。聖剣には、俺が選ばれたかった」

「自分の状況を理解できてないようだな」


 リーヴェスの声は震えていた。日頃あまり感情を表に出さない人が、怒りをあらわにしている。


「継承者選びの場にいた、兄九人のうち七人は死んだ。命を落とさなかったお前でさえ、正気を失って今までずっとこの部屋に閉じ込められていた。――剣を手にした奴らが一人ずつ狂っていくのを、一緒に見ていただろ。それでもまだ、聖剣に選ばれたかったと言うお前が理解できない」


 熱を込めて語るリーヴェスとは対照的に、シェルムは冷ややかに話す。


「俺にはお前が理解できない。聖剣さえあれば、唯一この国を救うことのできる勇者になれる。名誉なことじゃないか。オルヒデー家が動かなければ、この国は亡ぶ。だから王だって俺たちには逆らえない。オルヒデー家当主は、この国の影の最高権力者だ」


 言い終わると、シェルムはふっと優しく笑った。

 リーヴェスは反論しようとしていたようだったが、シェルムが見せた顔が意外だったのか、口を止めた。


「一人じゃ荷が重いなら、これからは俺が支えてやる。とにかく手を貸してくれ。今から父さんに会いに行く」


 シェルムはベッドから立ち上がろうとしていたが、思うように体が動かないようだった。


「急にどうした? そんなことを言うような奴じゃなかっただろ」


 リーヴェスは信じられない、という顔でシェルムを見ている。そんなリーヴェスをシェルムは笑い飛ばした。


「立場が変わったんだ、当たり前だろ。聖剣を継承しようと競い合っていた時と今は違う。聖剣に選ばれなかったのなら、選ばれなかったなりの振る舞い方がある。お前に倒れられたら困るんだ。オルヒデー家として、聖剣を次の代にも繋いでいく必要がある。それが俺たちオルヒデー家の使命だ」


 シェルムは、早く手を貸してくれ、とリーヴェスを急かす。


「レティシア、私たちはもう帰ろう」


 今まで静かに状況を見守っていたお兄様が小声で話しかけてきた。確かにもう私たちにできることはないし、夕飯までには家に着きたい。そして早く寝たい。

 一日に二人も浄化したためか、まぶたを閉じれば立ったままでも寝られるのではないかというくらい、今の私は疲れていた。


 私はお兄様の言葉にすぐ賛同し、リーヴェスたちの邪魔にならないように静かに部屋を出ようとした。そんな私に気づいたのか、シェルムが私の手を握ってきた。


「本当にありがとう。君以上に美しい人を今まで見たことはない。元気になったら、お礼に伺わせていただく」


 私なんかより、今この部屋にいるリーヴェスやユベールやお兄様の方が美しいのに、何を言っているのだろうと思った。きっとシェルムなりの感謝の表し方なのだろう。お世辞だということは分かっても、容姿を家族以外には褒められたことのない私にとっては嬉しかった。

 お兄様がすぐにシェルムと私の間に入ってきた。


「お礼は不要だよ。元に戻ったみたいでよかった」


 お兄様に優しく押され、私は部屋の外へ向かって歩き出す。私は顔だけシェルムの方を向けて


「元気になったみたいで本当によかった。お兄様の言う通り、お礼はいらないわよ」

とだけ言った。シェルムに手を振ると、私は部屋を出た。


 私でも、誰かの役に立つことができた。屋敷の外へと向かいながら、シェルムがありがとう、と私に言ってくれた時の顔を思い出す。「ふふふ」と笑いながら歩いていると、

「気味の悪い屋敷の中を、よくそんなふうに笑いながら歩けるね」

とユベールが苦笑しながら言ってきた。


 私たちは足早に歩き、あっという間に屋敷の外へ出る。

 後ろを見ると、リーヴェスもついて来ていた。


「シェルムはいいの?」

と私が聞くと、


「屋敷にはシェルムの他にフィデリオもいる。オルヒデー家の本宅から使用人を何人か呼んでくる」


とリーヴェスは言った。リーヴェスは自分の馬に近づくと、馬に乗る前に私を見た。


「聖剣を次の代へ繋ぐ気がないという気持ちは今も変わらない。俺の決意は少し説得されただけで変わるような軽いものじゃない。――だが、お前には感謝する。ありがとう」


 リーヴェスはにっと笑って歯を見せた。爽やかな笑顔だった。

 リーヴェスファンの女性たちが見ていたら、キャーと声を上げて失神していたかもしれない。


「二日後の朝に俺の屋敷だ」


 馬に乗ると、リーヴェスは言った。


「え?」


 意味が分からず聞き返すと、


「魔物退治だ。来たいなら来い」

と言ってリーヴェスは去って行った。


「レティシア、この調子だよ。これはリーヴェスが落ちるのも近いな」


 いきなりユベールが後ろから私の肩を叩いてきた。あまりにも元気よく叩かれたため、私は反動で一、二歩前によろめいた。

 振り向いてユベールを見ると、今まで私が見てきたなかで一番機嫌の良さそうな顔をしている。


「お前……もしかして、レティシアとリーヴェスを引っつけようとしているのか?」


 いつも笑顔のお兄様の目が、珍しく笑っていない。


「そうだよ。レティシアとリーヴェスが引っつけば、少なくとも千年は平和が続くらしい」


 お兄様の反応がおもしろいのか、ユベールはからかうように笑いながら言った。


「冗談じゃない。レティシアをオルヒデー家なんかにやるものか」


 お兄様が悲鳴に近い声を上げている。


「お兄様、大丈夫よ。そう言っているのはユベールとグラディウスだけで、リーヴェスが私を好きになるわけないわよ」


 私はお兄様に落ち着いてもらおうと思ったのだが、お兄様の話し方はより激しくなってしまった。


「レティシア、少しは自分の可愛さに気づいたらどうなんだ。こんなに可愛いんだから、好きになるに決まっている。リーヴェスの兄だって、すっかりレティシアに惚れていたじゃないか」


 こんなに取り乱すお兄様を、私は生まれて初めて見た。可愛さに気づくも何も、私のことを可愛いと言ってくれる人は家族以外に誰もいない。

 お兄様は私のこととなると正常な判断ができなくなってしまうから、困ったものだ。


 お兄様を見て楽しそうにしていたユベールだったが、笑うのに飽きたのか、「それにしても……」と話を切り出した。


「リーヴェスじゃなくてシェルムが聖剣を継承してくれていれば、何の苦労もなく平和が続いていただろうに。もう一度過去に行けるのなら、聖剣の継承者選びが行われる前に行きたいよ」

「グラディウスはバカだが、妥協することはない。お前がどうあがこうが、グラディウスはリーヴェスを選ぶだろう。リーヴェスの素質が飛びぬけて優れているんだから、どうしようもない」


 お兄様が「バカ」という言葉を使うところも、今日初めて見た。お兄様がどんな人であるか理解しているつもりでいたが、私が知っているのはほんの一面にすぎないようだ。

 私が驚いた顔でお兄様のことを見ていると、私の視線に気づいたお兄様が微笑んできた。


「レティシア、今日は疲れただろう。早く家に帰ろう」


 いつものお兄様が戻ってきた。私は「うん」と笑顔で返事をすると、お兄様とユベールと三人で家に帰った。

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