34.リーヴェスの小さな家-2
私が出入口の前に立っているにも関わらず、リーヴェスは無理やり私を通過して家の外に出ようとした。リーヴェスの迫力に押されて突破されてしまいそうになったが、ユベールがすかさず加勢してくれた。そのおかげで、なんとかリーヴェスの足止めに成功する。
「いつ退治する予定なのかだけでも教えてよ。じゃなきゃ、毎日朝と夜にこの家に押しかけるわよ」
日にちさえ分かれば、ユベールならリーヴェスの後を追うことも可能だろう。確かに魔物退治に関して私たちは見ていることしかできないが、きっとユベールは魔物がすべて退治されるところを自分の目で確認したいに違いない。
リーヴェスは、出入口の前から意地でも動こうとしない私たちを見て、大きなため息をついた。
「グラディウス、魔物はいま全部で何体いる? 急いだ方がいいのか?」
少しの間があったあと、
「邪気の塊はまだ三体しか出現しておらぬ。急がずとも、問題なかろう」
と声が聞こえてきた。グラディウスの声に間違いないのだが、ユベールと一緒に来たグラディウスの話し方を知っていると、頑張って背伸びして話しているようで滑稽だった。
「グラディウス、なんでそんな変な話し方してるのよ。その話し方、全然似合ってないわよ」
私は我慢ができず、吹き出した。しかしグラディウスは、反論してくる様子がない。
「この時代のグラディウスは、自分の継承者であるリーヴェス以外とは話す気がないらしい」
ユベールはすねたように言った。ユベールの顔は、どことなく寂しそうだった。
そんなことを言われると、グラディウスに何としてでも口を開かせてやりたいと思えてくる。少し考えたあと、これだったらグラディウスも食いついてくるかもしれない、という話題を思いついた。
「グラディウス、恋愛話好きでしょ? 私つい最近、十年片思いしていた相手に失恋したばかりなの。気にならない?」
「じゅ、十年!?」
裏返ったグラディウスの声が聞こえてきた。やっぱり、どれだけお高くとまっていても、グラディウスはグラディウスだ。人の恋愛話が好きというのは変わらないらしい。
「やったわ! グラディウスが喋った!」
私は嬉しくなり、ユベールを見た。一緒に喜んでくれるかと思いきや、ユベールは呆れ顔で私を見ている。
リーヴェスを見ると、彼も呆然としていた。私たちを出迎えてくれた男の子も、どのような反応をしたらよいか困っているようだ。
三人の表情を見て、今さらながら自分の醜態に気づく。グラディウスに喋らせたい一心で、本来であれば他人には内緒にしておきたい過去を、あろうことか失恋とは無縁そうな異性の前で大きな声でさらしてしまった。私は顔中が熱くなるのを感じた。
そんな私を見て、ユベールは声を立てて笑い出した。ユベールはすでに私の失恋を知ってはいるが、この状況でいきなり私が自分の失恋について話し始めるとは思っていなかったようだ。
私が体を張って失恋したことを暴露したにも関わらず、グラディウスが喋ったのは一言だけで、それ以上は口を聞いてくれなかった。必死で見ないようにしていた傷口に自ら塩を塗るような行為をしたわりに、得たものはほとんどなかった。
「――一週間後だ」
軽く咳払いをしたあと、リーヴェスが言った。
「一週間後、魔物を退治する。だからさっさと帰ってくれ」
「一週間も先なのか?」
ユベールが焦った顔をして聞き返した。
「俺にも都合がある。急ぐ必要がないんだ、いいだろう」
リーヴェスは、早くそこをどけという目で私を見る。
音がしたので門を見ると、門の外に馬車が止まっていた。御者がリーヴェスに手で合図を送っている。どうやらリーヴェスを迎えに来たようだ。
まだ話し足りないのだが、リーヴェスの仕事の邪魔をするわけにはいけないと思い、
「じゃあ最後に、あなたの兄弟のいるところを教えて」
と私は切り出した。
「は? 何の用だ?」
「聖剣の後継者選びの時以来、二人の兄弟が家にこもりっきりって言っていたでしょ。邪気を払えば、元気になるんじゃないかと思って」
リーヴェスの話を聞いた時から、もしかしたら私が力になれるのではないかと思っていた。仮に力になれなかったとしても、状況が悪化するわけではないのだし、部屋から出られる状態にないという兄弟たちに会いに行ってみる価値はありそうだ。
「だから言ってるだろう。お前はこれ以上、邪気に近づかない方がいい。邪気が浄化できるからといって、お前の体が大丈夫だという保証はどこにもないんだぞ」
リーヴェスは私を睨み、強い口調で言った。だが私も譲る気はない。
「体に負担がかかっているかもしれないってだけで、絶対危険って言い切れるわけではないんでしょう? 不確かな未来を恐れて、いま自分ができることをしないで見ているだけなんて、私は嫌よ」
「忠告はしたからな。勝手にしろ」
リーヴェスは不機嫌な顔で言い、出入口に向かって歩き出した。勢いに押され、私はうっかり道を譲ってしまう。
「ルカ、行ってくる」
とリーヴェスは男の子に声をかけると、家を出て行った。
「ちょっと待って、それであなたの兄弟の場所はどこなの?」
私はリーヴェスの背中に呼びかける。
「教えるわけないだろ」
とだけリーヴェスは言うと、馬車に乗り込み、さっさと出発してしまった。
「あの、よかったら中でお茶でもどうですか?」
ルカと呼ばれていた男の子が、丁寧に声をかけてくれた。いきなり押しかけてきたにも関わらず、ルカは私たちを客人のように扱ってくれる。
「ありがとう。でも、今日は遠慮しておくわ」
と私が言うと、
「また来てくださいね」
とルカは微笑んだ。リーヴェスにいくら嫌がられようとまた来る気でいたので、ルカにそう言ってもらえるのは嬉しかった。
ユベールと二人、街中を歩く。
「あいつ、俺には関わるな、みたいな態度をとりながら、一人で困っている子を見かけたらほうっておけないんだな」
ユベールはリーヴェスとルカのことを言っているのだと、すぐに分かった。リーヴェスがあの家に使用人を誰も置かないのも、人との関わりを極力避けたいがためなのだろうか。
「嫁の貰い手がないと泣きつけば、あいつ、レティシアと結婚してくれるんじゃないか?」
いつものように冗談を言う口調で言ってくれればいいのに、ユベールは真顔で私に提案してきたので困った。
「嫁の貰い手がないってところは当たってるけど……余計なお世話よ」
とユベールを睨むと、ユベールはけらけらと笑った。




