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世界を救いたいなら、騎士団長を惚れさせろ!?  作者: 緋原 悠
第三章 レティシアの物語(2)
31/45

31.悪役令嬢への第一歩?-1

 朝食を食べ終わり、席に座ったままお父様、お兄様と談笑していると、侍女のコレットが

「レティシア様、お客様です」

と声をかけてきた。噂好きのコレットの目が輝いている。


 私に会うためにわざわざ家まで来てくれる人は、今まではバスチアンくらいしかいなかった。バスチアンであれば、コレットは事務的に私を呼びにくるだけで、こんなにも嬉しそうな顔をするはずがない。


 リーヴェス? でもリーヴェスはもう私に会う気はないらしいと、つい先ほどお兄様が言っていたばかりだ。


「どなたなの?」


と私が聞くと、コレットは私を押し倒さんばかりの勢いで近づいてきて、


「イレーヌ・ヴィンデンブリューテ様です」


と言った。


 イレーヌ? 聞いたことがある気がするけど、誰だったっけ? と、考えていると、なんでそんなことも知らないの? と非難するような口調でコレットが囁いてきた。


「リーヴェス様の婚約者ですよ。二人とも、社交界では知らない人がいないくらい有名な方たちです」


 イレーヌが私のところに訪ねてくるなんて、リーヴェスに何かあったのかしら。そういえばイレーヌは、昨日もうちに来ていた。

 私がグラディウスを浄化できたのも、すべてイレーヌのおかげだ。彼女がリーヴェスの隙を作ってくれなければ、私が自力でグラディウスを浄化することは難しかっただろう。


「お父様、お兄様、お先に失礼するわね」

と言うと、私は食堂を後にした。




 私が客間に入ると、イレーヌはソファに座りもせず、客間の出入口のすぐ近くに立っていた。

 よく眠れていないのか、顔は青白く、目はやや赤い。しかしこんなに朝早くにも関わらず、髪は綺麗に結われ、ファンデーション、チーク、アイラインに口紅と、化粧も抜かりなくされていた。

 一昨日はリーヴェスとデートだったから頑張って綺麗に着飾っていたわけではなく、イレーヌはいつもおしゃれな格好をしているようだ。毎日おしゃれにどれだけの時間を費やしているのだろう。私からしたら信じられない。


 イレーヌは私が部屋に入るとすぐ、背筋を伸ばしたまま膝を曲げてあいさつしてきた。


「朝早くに、いきなり押しかけてしまってごめんなさい。私の名は、イレーヌ・ヴィンデンブリューテ。リーヴェス・オルヒデーの婚約者です」

「はじめまして、レティシア・キルシュバオムです。どうぞ、ソファにお掛けになって」


 私も慌ててあいさつするが、イレーヌほど綺麗な姿勢ではできなかった。私がソファに座るよう勧めても、イレーヌは首を横に振って座ろうとしない。


「今日はお願いがあって参りましたの」


 イレーヌの華奢な体が震えている。気高い女性のめったに見せないであろう弱った姿に、彼女の肩を抱いて励ましてやりたい気持ちになった。きっと私が男性であったら、この場で恋に落ちていただろう。


「何? 私にできることなら、何でも力になるわ」


 私はイレーヌを支えようと手を伸ばしたのだが、イレーヌは私の手を避けるかのように後ずさった。


「ぶしつけなお願いだということは分かっているのだけれど……」


 イレーヌは腰の前で組んだ自分の手をじっと見つめたまま、低い声で言う。


「私からリーヴェスを取らないでほしいの」

「え?」


 イレーヌは私のことを、敵でも見るかのような鋭い目で見ている。彼女の目は潤んでいて、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。


 イレーヌは何を言っているのだろう? 私がリーヴェスのことを好きだとでも思っているのだろうか。仮に好きだったとしても、リーヴェスがイレーヌでなく私を選ぶと考える人は、街行く人百人に聞いても誰一人いないだろう。美人の考えることはよく分からない。


「九年よ。リーヴェスと初めて会った時から、ずっと側にいて彼を支えてきたの。彼の一番近くにいるのは、いつもこの私。いつかは私を頼ってくれるものと信じてきたのに……」


 私なんか、十年だ。バスチアンとは婚約することもなく、自分の思いを伝えることもできず、一昨日失恋した。考えないようにしていた傷口が、意図せずえぐられた気分だ。


「リーヴェスは他人に興味を示すことなんてほとんどなかったのに、あなたのことは気になるみたい」


 それはたまたま私に、邪気を浄化する力があるからにすぎない。リーヴェスは私に興味があるのではなくて、私の邪気を浄化する力に興味があるのだ。

 しかしリーヴェスが聖剣については他言するなと言っていたので、彼の婚約者と言えど、本当のことを伝えるわけにはいかなかった。


「ちょっと待って、思い詰めすぎよ。リーヴェスが私に好意を抱くわけがないわ」


 私はなんとかイレーヌを落ち着かせたかったのだが、私の言葉は彼女に届かない。


「彼をずっと見てきたから私には分かるの。あなたに会ってから、リーヴェスの顔色は今までにないくらい良くなったわ」


 それは、私がリーヴェスの邪気を浄化したからだ。決して、リーヴェスが私に好意を寄せているからではない。すべてを話せば誤解は解けるのに、言えないことがもどかしい。

 私は朝、お兄様から聞いたことを思い出した。


「そういえば、リーヴェスはもう私と会う気はないって言っているらしいわ」


 イレーヌの表情が急に和らいだ。


「そうなの? もう二度とリーヴェスとは会わないのね?」


 いや、今から会いに行こうとしている。

 思ったことが、すぐに顔に出てしまったらしい。私が不意に作ってしまった少しの間が、イレーヌの怒りに油を注ぐ。


「これからも会うつもりでいるのね」


 美人の怒った顔は迫力があった。黙りっぱなしでいるのは何としてでも避けたい一心で、私はしどろもどろになりながらも話す。


「大丈夫よ、イレーヌとリーヴェス、とってもお似合いだもの。私、二人がうまくいけばいいなって思っているのよ」


 話し終わってから、下手に話すよりやっぱり黙っていた方がよかったと後悔した。しかし、口から出てしまった言葉はもう取り消すことができない。

 イレーヌの顔がさらに険しくなった。

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