3.すべての始まり-2
ローディが話すのを静かに聞いていたグラディウスだったが、レティシアの名前が出ると話に加わってきた。
「目の前のコイツだけじゃなく、レティシアってヤツも早死にしなかったのか。珍しいな」
「レティシアは、サナティオがずっと守っていたのよ。ユベールに関しては、レティシアの強い思いが微かに残っていて、ユベールを守っていたみたいね」
サナティオ? 知らない名前が次から次へと出てくる。
「見て、これ」
とローディが言うと、僕の胸元が光り出した。光っているのは、服の下に身につけていた、銀の羽根の装飾品だった。お守りだと言われて親に幼い頃から持たされているもので、首飾りにして肌身離さず身につけていた。
僕は光っている銀の羽根を服の下から引っ張り出す。服の外に出すと、羽根は光らなくなった。
グラディウスが驚きの声を上げる。
「間違いねぇ、サナティオの羽根だ。人間嫌いのアイツがなんでレティシアを守っていたんだ?」
「サナティオと百年前に話した時は、レティシアって女の子をえらく気に入っていたわよ」
つまらなさそうにローディが答えた。ローディとグラディウスの話に、僕が割って入る。
「紫色の瞳をしていると、短命なの?」
「え、知らないの?」
「なんだ、知らねぇのか」
ローディは驚いたような声を出し、グラディウスは意外そうな声を出した。周囲からは紫色の瞳を驚かれはしたが、短命だと言われたことは今までない。
僕の質問に答えてくれたのは、グラディウスだった。
「邪気を浄化できる力を受け継いだ人間はみんな紫色の瞳をしているんだけどよ、今までは大抵生まれて間もなく事故や病気で死んでたんだ」
「なんで?」
僕がすぐに聞き返すと、今度はローディが教えてくれた。
「人外の生き物からしたら、人間のくせに邪気を浄化するような特殊な力を持っていることが、おもしろくないのよ。特に邪気を原動力にしているような子たちからしたら、自分たちの存在を揺るがしかねない存在だもの」
二人は、僕の知らない多くのことを知っている。そう思うと、質問が次から次へと出てきて止まらなかった。
「レティシアはサナティオって人が守って、僕はレティシアが守ってくれたってさっき言ってたけど、君たちの知り合いのサナティオって何者なんだ?」
「どんな病も怪我も治すことができる力を持っているヤツだ。ただ、超がつくほどの人間嫌いで、人間の世界にはあんまり寄りつこうとしねぇ。あいつが人間を守ってるなんて、信じられねぇ」
「分からないことはまだまだあるでしょうけど、過去に行けばすぐ分かるわよ」
グラディウスは僕の質問に答えてくれたが、ローディはすっかり飽きてしまったようだった。ローディの口調からは、もうこれ以上質問しないでくれ、と言っているような圧力を感じた。
しかしどうしても聞きたいことがあり、僕は困り顔を作ってローディを見た。
「すまない、最後にもう一つだけ教えてくれないだろうか……?」
「仕方がないわねぇ、いいわよ」
僕が下手に出ると、ローディは嬉しそうな声を上げた。僕はローディの扱い方が、少しずつつかめてきた気がした。
「ローディはさっき……」
「嫌だ、ローディって。美青年に名前呼ばれちゃった!」
話し始めたものの、すぐにローディに遮られてしまった。ローディはきゃっきゃっと一人で盛り上がっている。
「気にすんな、続けろ」
グラディウスが冷めた声で僕に続きを促す。
「この国ができた当初から、オルヒデー家が魔物を退治してきたって言ってたけど、魔物はその都度退治しなくてはならないものなの? 完全に消し去ることはできないのか?」
「無理だ」
「無理よ」
二人の声はほぼ同時だった。
「魔物はただの邪気の塊だ。生き物の抱く負の感情が集まって、やがて魔物になる。魔物を出現させないためには、生き物に負の感情を抱かせないようにするか、生き物全てを殺すかしかない」
「この島はもともと、私たちのような特殊な力を持った生き物が住んでたの。昔から特殊な土地なのよ。初めてこの島に来た人間たちは、不可解なことが起こっても、自然豊かで災害も起こらないこの土地に居続けることを選んだ。だから、魔物の出現は仕方のないことなのよ」
まずグラディウスが説明し、続いてローディが補足してくれた。二人の言うことに、僕は何も言い返すことができなかった。
僕たち三者の間に沈黙が流れた。
僕は心を落ち着かせるため、大きく息を吸い、そして吐く。肩の変な力が抜けた気がした。
「ローディ、僕をぜひ過去へ連れて行ってほしい」
僕の最後の質問につまらなさそうに答えていたローディだったが、僕が彼女の名前を呼ぶと、また嬉々として話し始めた。
「いいけど、大きな代償が伴うわよ?」
「構わない。魔物を倒すことができるのなら、それでいい」
ローディの問いかけに対し僕が迷うことなく返事をすると、ローディは
「いいから、とりあえずどんな代償なのか聞きなさい」
と説教口調で言った。
「代償は二つよ。まず、過去に行くことはできても、今の時代に戻ってくることはできないこと。そして、一定時間経過すると、あんたの体も魂も消えてなくなること。消える日は、百年前の世界に着いたその日かもしれないし、怪我や病気で死んだあとかもしれない。いつ消えるかはあたしにも予測できないわ。時空を超えるのって、体に大きな負担がかかるの。一度しかできないし、超えた時の負担はやがて体に現れる。この二つを受け入れられるなら、過去にあんたを送ってあげる」
「問題ない。魔物が全部退治されるのを見るまでは、過去にとどまってみせる」
代償を聞いても僕の決心が揺らぐことはなかったが、慌てた様子でグラディウスが口を挟んできた。
「ちょっと待て、本当にいいのかよ? 過去に連れて行く代わりに、死ねと言われているようなもんだぞ。命がけにも関わらず、お前の願いが叶う保証はない。すべてはお前の実力と運次第だ。それでも百年前に行きたいと思うのか?」
「命がけであることは、今までと変わらない。ただ今までは、魔物退治の手がかりがなく、やみくもに自分の身を危険にさらしているだけだった。だけど、今回は魔物退治の確かな可能性がある。可能性があるだけまだましだ」
自然と声に力が入った。グラディウスは少し黙ったあと、
「なぁ、オレも連れて行けよ。少しは役に立てると思うぜ」
と言った。
僕にとっては、ありがたい申し出だった。過去で何が起こったのか詳しく知っているグラディウスがいてくれれば、現地で情報収集する手間が省ける。現時点で僕は、聖剣の使い手であるリーヴェス・オルヒデーについて、名前以外は何も分からない。
「この上ない申し出なんだけど……。ローディ、大丈夫かな?」
許可してほしい、という願いを込めて、僕はローディを見た。ローディはくすくす笑った。
「私はいいわよ。時を越えることによる代償はグラディウスも同じよ。あとあんたの場合、百年前にいるグラディウスが目覚めたら、あんたは消えるわ」
「構わねぇよ。オルヒデー家はもう誰もいねぇのに、契約がとけねぇんだ。身動きがまったくとれねぇし、床に転がってるだけなのに邪気はどんどん溜まってく。近くに誰もいなくて暇だし、最悪な気分だ」
「あんた、本当にばかね」
ローディが呆れたように言った。「ばか」の部分をわざとらしく協調して言っている。
「うるせぇよ、そもそもオレが人間に力を貸さなきゃいけねぇ状況になったのも、元はと言えばお前のせいだ」
「何言ってるのよ、あんたがばかだっただけでしょ。私は、私を探す死にそうな美青年の前に姿を現しただけよ。あたし、自分の失敗を人のせいにする男って嫌い」
急に僕とグラディウスの体が光り出したかと思うと、すぐに視界が真っ白になった。
「もうこれ以上、あんた達と話すことはないわ」
ローディの言葉が頭の中に響く。
真っ白だった視界が、少しずつ和らいでいく。王都にいたはずだったが、気がつくとそこは僕の兄、ダヴィドが管理していた、レーヴェンツァーン家の領地の前だった。
「ユベール、家にレティシアが書いた日記がまだ残っているわ。過去に行く前に読んでおくと、少しは役に立つかも。準備が整ったら私の名前を呼びなさい」
ローディの声はこれを境に聞こえなくなった。