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27.カーティスの思い出話

 レティシアとは彼女の部屋の前で別れた。カーティスと僕は、おやすみとレティシアに言い、大きなあくびをしながら部屋に入っていくレティシアを見送った。

 カーティスの部屋はレティシアの部屋のすぐ隣だった。


 僕が部屋の戸を閉めると、部屋の中にカーティスの姿はなく、代わりに銀色の羽根を持つ鳥がいた。僕と同じくらいの大きさはある、大きな鳥だった。鳥はベッドに横たわると、羽づくろいを始めた。

 銀の鳥の姿がカーティスの本来の姿なのだと、僕はすぐに気づいた。


「レティシアに関わるなと言っておきながら、なんで僕のことを助けたんだ? 君の行動、矛盾してないか?」


 僕は壁にもたれかかる形で床に座ると、カーティスに言った。


 カーティスがなぜ、邪気に負けそうだった僕のことをレティシアに助けに来させたのか、意味が分からなかった。レティシアの体にどんな負担があるか分からないからと、カーティスはレティシアに邪気を浄化させることを嫌がっていたはずだ。

 カーティスは羽づくろいを中断すると、僕を見て、嫌そうな顔をした。


「それは、私が人間くさくなってしまったということだ。人間は、お前だけを一生愛すると言って、結局は他の人間のことを好きになったり、もう自分には関わるなと他人に言いながらも、一人は嫌だと思っていたりする。今までは矛盾だらけの人間をバカにしながら見ている立場だったのに、まさか人間相手に矛盾していると言われるなんて……。この上ない屈辱だよ」


 言い終わると、カーティスはまた羽づくろいを再開させる。僕の質問に素直に答えてくれる気がないのかと思ったが、羽づくろいをしながらカーティスは話し続けた。


「お前にこれ以上、レティシアに関わってほしくないのは今も同じだ。レティシアの体に負担になるかもしれないことは、いっさいさせたくない。レティシアの悲しむ顔も見たくない。――だが、お前が邪気にやられると、レティシアが悲しむと思った。だから教えた。ただ、それだけだ」


 カーティスは羽づくろいが終わったようで、ふうと息を吐くと僕を見た。


「人間、もうそろそろ寝ろ。邪気も綺麗に払われたんだ、今日はよく寝られると思うぞ」


 羽でろうそくの火を消そうとしているカーティスを、僕は止める。


「待ってくれ。よかったら、レティシアとの思い出話を聞かせてくれないか? 君がそこまでレティシアのことを気にかけるようになったきっかけに、興味があるんだ」

「嫌だね。お前に話すことで、思い出が汚れそうだ」


 今にも火を消そうとしていた手を止めてくれはしたものの、カーティスは面倒くさそうに言った。


「わざわざ過去にまで来たのに、魔物を倒す、聖剣を繋ぐ、という目的を果たせず、僕は今にも消えそうなんだろ? 少しでも気の毒だと思うなら、あの世への土産話に聞かせてくれないか?」


 カーティスはじっと僕を見たまま、何か考えているようだった。そして顔をそむけると、羽を動かして部屋のろうそくの火をすべて消した。

 ろうそくの火は消えたものの、月明かりが窓から差し込んでいるおかげで、部屋の中は真っ暗にはならなかった。


「別に、大したことないきっかけだよ。今思い返してみても、あの時の自分がなぜあそこまで心動かされたのか、分からない。だが、実際に心動かされてしまったのだから、仕方ないだろう」


 一度は断ったものの、カーティスは僕にその時の話を聞かせてくれるようだった。


「すでに聞いていると思うが、お前たちの祖先であるアルマの血を引く人間は、大抵は生まれて間もなく死ぬ。レティシアも例外に漏れず、五歳の時に彼女の母親と一緒に誘拐事件に巻き込まれたんだ。アルマの子孫がまた死ぬのかと、私は暇つぶしでその現場を見ていた。

 レティシアの母親は、命がけでレティシアを逃した。レティシアは嫌がりながらも、母親の言いつけを守って逃げようとする。そんな時に、私はうっかりレティシアに見つかってしまったんだ。

 レティシアは、ここにいては危ないと自分のことのように心配してきて、一緒に逃げようと言ってきた。だが、私を優しく手で抱いて逃げているところ、誘拐犯に見つかってしまったんだ」


「今の君が五歳児の手のひらに乗るとは信じがたいんだけど?」


 気になった僕が口を挟むと、


「せっかく話してやってるんだ、話の腰を折らないでくれ。こんな目立つ姿をしているわけがないだろ。その時は小鳥の姿だったよ」


とカーティスは不機嫌そうに言った。カーティスは少し黙ったあと、また話し始める。


「五歳のレティシアにとって、誘拐犯を振り切って逃げることは困難だった。あの子は母親が自分にしたように、私に向かって逃げろと言った。私を手から離すと、無我夢中で誘拐犯に向かって走っていくんだ。

 思わず笑ってしまいそうになったよ。五歳児に助けてもらわなくてはならないほど、私は弱くない。遥かに弱い存在が、命がけで私のことを守ろうとしている姿が健気でいじらしくて、不覚にも愛しいと感じてしまったのさ」


 暗闇の中、カーティスの表情まではよく見えないが、彼の声は当時を懐かしむような、温かい声色だった。


「もともとは傍観しているだけの予定だったのに、私は結局レティシアが逃げるのを助け、あの子を父親のもとに届けてやった。――母親の救出には間に合わなかったがな」


「レティシアの母親は幼いうちに殺されているのか? レティシアにそんなつらい過去があったなんて」


 お人好しで素直なレティシアは、家族みんなに愛されて、大事に育てられてきたのだろうと勝手に思っていた。

 彼女のあどけない笑顔は、そんなつらい過去があるなんて少しも感じさせない。幼い頃に誘拐されたことを、レティシアはもう覚えていないのではないかと疑いたくなるほどだ。


「そうさ。今のレティシアを見ると、信じられないだろう。あの子は強さと優しさを兼ね備えているから、無邪気で明るく振る舞うことができるんだ。

 ――だが当時は、大事な家族が減ってしまったと嘆き悲しむ彼女の姿を見るのは、耐えられなかったよ。逃げるのを助けてやるだけのつもりだったのに、見るに見かねた私は、存在しもしない兄の姿になってあの子を慰めた。そうしたら、とても喜んでくれたんだ。

 当時はここまでレティシアの近くに居続けることになるとは、思ってもいなかったよ。人間の世界で働くなんて御免だからね、それまでに姿を消すつもりだったのに、結局いまはバカ王子の家庭教師さ。

 このままいけば、人間の女と結婚させられるはめになる。さすがにもう別れ時だと思っていたら、今度はお前たちがやってきた。また離れるタイミングを逃してしまったじゃないか」


 言葉のわりに、カーティスは嬉しそうだった。きっと彼は、なんだかんだレティシアが死ぬまで近くで見守ることになるのだろう。


「レティシアは、母親を助けることのできなかった無力な自分を悔いている。だからあの子は今、邪気を浄化する特別な力が自分にあることに、そしてその力で人の役に立てることに喜んでいるんだ。私はあの子を危険な目に遭わせたくないんだがね、さじ加減が難しいよ。――私の話は終わりだ、さっさと寝ろ」


 カーティスは自分が喋りすぎていることに話の途中で気づいたようで、急に話すのをやめた。


「レティシアの良さに、僕はさっき初めて気づいたよ。確かに君の言う通りだった、僕がバカだったから今まで気づけなかったみたいだ」


 僕はレティシアの表面を少しだけ見て、今まで自分が出会ってきた人に重ね合わせ、レティシアという人間すべてを理解したような気になっていた。

 人間一人一人違って当たり前なのに、彼女自身をよく見ようとしていなかったみたいだ。僕は今までの自分の考え方を恥じた。


「は?」


 ベッドの方から、非常に冷たい声が聞こえてきた。


「あの時はこうも言ったはずだ、バカには分からなくて結構だ、と。レティシアの良さは、私さえ分かっていればいいんだ」

「まいったな」


 僕は笑いながら言った。


「その『まいったな』という言い方……やめてくれ。お前、レティシアに変なちょっかい出すなよ?」


 出すわけがない。僕はもうじき消えてしまうのだから。

 僕はカーティスの言葉には特に答えず、そのまま瞼を閉じた。久しぶりにぐっすり眠れそうな気がした。

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