23.オルヒデー家という人柱-2
レティシアの質問をきっかけに話がそれてしまったので、ため息をつくと僕は話を戻した。
「聖剣さえあれば簡単に魔物が倒せるのに、君は多くの人を見殺しにする気か?」
リーヴェスを挑発するような言い方になってしまったが、リーヴェスは少しも動じなかった。
「他の大陸に移動すべきだと、国王にはかなり前から進言している――王は聞く耳を持たないがな」
「この国に住んでる人間全員を他の大陸に? 戦争でも起こす気か? むちゃな話だ」
国民全員で他国に移動するなんて戦争に発展しかねないだけでなく、そもそもそんなに簡単に他国へ行ける距離でもない。
島国であるこの国は、他の大陸から離れた場所に位置している。一番近い国に船で移動するだけで、少なくとも一か月はかかる。その間、事故に遭遇したり、船の上で体調を崩してしまったりすると、命取りになりかねない。
外国人は王都にはちらほらいるようだが、今の平和な時代であっても、あまり多くはないようだ。
「オルヒデー家という犠牲なくして、この大陸では人々の生活が成り立たない。いまこの地に住んでいること自体がそもそもおかしいんだ。だが、この大陸の良いところしか知らない奴らは、他の大陸へ逃げようなどと考えない。昨日までは、そんな都合のいい奴らはみんな死んでしまえばいいと思っていたが――さすがに疲れていたらしい」
リーヴェスは鼻で笑ったが、目は真剣そのものだった。
「待て、まだ話は終わっていない」
帰ろうとしているリーヴェスを僕は呼び止めたが、
「少し話せば分かる。お前とはいくら話しても、分かりあえることはない。話すだけ時間の無駄だ」
と言い、部屋の外へと向かって歩く足を止めようとはしなかった。リーヴェスはレティシアや僕を見ることもせず、歩きながら話す。
「聖剣についての話は、国家秘密だ。国内に混乱を生じさせないためにも、他言はするな」
僕はレティシアに、リーヴェスを止めるよう目で訴える。今回レティシアは、リーヴェスを客間に連れてきたこと以外、何の役にも立っていない。僕がリーヴェスを説得しようとしている時も、だんまりだ。
僕の視線に気づくとレティシアは困ったような顔をして、
「リーヴェスは聖剣を次の代に繋ぎたくないんでしょ? 決意は固いようだし、他の方法を探しましょうよ。人を変えることってなかなかできないわ」
と言ってきた。リーヴェスは
「その通りだ」
と言って、レティシアの横を通り過ぎる。
味方だったはずのレティシアが、このわずかな時間でリーヴェス側に寝返った。これだからあまり深く物事を考えない奴は嫌いなんだ。自分の頭で考えていないからこそ、他人の意見にすぐ左右される。
僕はいらいらしながら言う。
「聖剣以外の方法? 今まで探してきたけど、何も見つからなかったよ。魔物を倒すには、聖剣しかないんだ」
急にレティシアが、彼女の顔には似合わない真剣な表情をしてきた。
「魔物が手に負えないくらい増えてしまった未来と、まだ魔物があまり出現していない今とでは、とれる手段が同じだとはかぎらないわ。他に方法はないのか、探してみる価値はあるはずよ」
何を悠長なことを、と思ったが、頑固そうなリーヴェスを説き伏せるのもなかなか時間がかかりそうなので、すぐには反論できなかった。
ただ、僕に残された時間があまり長くないというのは現時点で唯一確かなことで、僕は焦りを感じた。
レティシアは真剣な表情のまま、次はリーヴェスを見た。
「ねぇ、リーヴェス。最後に一つ教えてくれないかしら?」
「なんだ?」
リーヴェスはドアノブに手をかけようとしていたところだったが、立ち止まってレティシアを見る。
「聖剣を継承する気がないって話、今まで誰かに話したことある?」
「お前たちが初めてだ」
「婚約者はいるんだから、結婚はする気なのよね?」
一つ教えて、と切り出したのにも関わらず、レティシアは遠慮なく二つ目の質問をした。
「イレーヌには婚約前から、結婚する気はない、そちらから婚約破棄をしてくれ、と言ってある。なかなか聞き入れてくれないが、俺自身が結婚する気がない以上、時間の問題だ」
リーヴェスはこれ以上質問に答える気はないようで、部屋を出て行こうとした。
「そうなのね。考えを変える必要はないんだけど、でもとりあえず、いろんな違う立場の人の意見を聞いてみてもいいと思うの」
言い終わるや否や、レティシアはリーヴェスに歩み寄る。
「だから、あなたの聖剣、浄化させてもらうわね」
と言いながら、レティシアはリーヴェスの腰元にある聖剣に手を伸ばした。しかし、リーヴェスは軽々とレティシアの手を避ける。
「最初にした話を忘れたのか? もう邪気を浄化しようなどと思うな。今後、お前の身に何が起こっても知らないぞ」
リーヴェスはため息まじりに言った。しかしレティシアは夢中で聖剣を追いかけており、何も答えない。
リーヴェスの身体能力を考えると、レティシアが簡単に聖剣を触ることができるとは思えなかったが、グラディウスとの別れの時が近づいているため、レティシアにこの場は任せ、僕は一時的に離れることにした。
「レティシア、何としてでもこの時代のグラディウスを目覚めさせろ。少ししたら戻る」
僕が窓から外に出ようとした時だった。
リーヴェスはレティシアを軽くかわし、戸を開けた。そうしたら部屋の外にはなんと、リーヴェスの婚約者が立っていた。
表情に変化のないリーヴェスも、この時ばかりはさすがに驚いた顔をした。
彼女は今にも泣きそうなこわばった表情をしており、リーヴェスと目が合うと
「あなたがキルキュバオム家に行ったと聞いて、いても立ってもいられなくで……。はしたないと思いながらも、後を追って来ましたの……」
と、かぼそい声で言った。
レティシアはチャンスだとばかりに、リーヴェスに飛びつく。
僕は慌てて部屋の外に出て、人目のない場所を探して走った。




