22.オルヒデー家という人柱-1
レティシアは客間にリーヴェスを案内すると、人払いをしてくれた。侍女たちはお客様にお茶もお菓子も出さないのは失礼だと主張し部屋から出て行くことを嫌がったが、レティシアの勢いに押されて渋々部屋から出て行った。
戸が閉まるのを確認して、僕は窓から部屋の中に入る。
リーヴェスは僕を見ると、
「お前は昨日もいたな。お前が持っている、その錆びた剣は何だ? ――まさか聖剣か?」
と聞いてきた。
「よぉ、リーヴェス、久しぶりだな。と言っても、実際に話すのは初めてか」
グラディウスが元気よく話し始めると、リーヴェスは目を少し見開いた。彼なりに驚いているようだが、表情にはあまり変化がない。
「――俺の持っている剣と同じか?」
リーヴェスは僕に近づいて来た。僕はリーヴェスに見やすいようにグラディウスを手に持つ。
リーヴェスは顔だけ近づけてグラディウスを確認すると、
「――状態は悪いが、同じ剣のようだな」
と僕の目を見て言った。僕と一緒に未来から来たグラディウスのことが気になるようで、リーヴェスは僕の手元にいるグラディウスにまた視線を戻すと、食い入るように眺めている。
「僕は、百年後の未来から来たんだ。これから百年の間に、魔物のせいで多くの人が死ぬ。そんな未来を変えたくて、この国の人たちを救うために来た。この剣は、君の聖剣の百年後の姿さ」
リーヴェスの反応を確認しながら話すが、僕が未来から来たと言っているにも関わらず、リーヴェスは眉すら動かさない。あまりにも表情が変わらないので、本当に僕の話を聞いているのかと心配になるほどだ。
「僕のいた未来では、君は聖剣を引き継ぐ前に死んでしまったんだ。邪気は昨日レティシアが払ったから、もう君は大丈夫だと思うけど。オルヒデー家が聖剣を引き継いでいかないと、悲惨な未来が待っている。未来の平和のために聖剣を繋いでほしい」
黙って僕の話を聞いていたリーヴェスだったが、僕が聖剣を次の代に繋ぐ話をした途端、すぐに
「断る」
と無表情のまま言った。
「ことわる?」
すぐに意味を理解することができなかった。
「ことわるって、聖剣を引き継ぐ気はないということか?」
「その通りだ」
念のため確認してみたが、言葉の通りだった。
聖剣を継承している以上、聖剣でないと魔物退治ができないことくらい、リーヴェスも理解しているはずだ。状況を知っているくせに聖剣を引き継ぐ気がないだなんて、どういうつもりなんだ。
仮にレティシアとリーヴェスを引っつけるのに失敗したとしても、リーヴェスさえ死ななければグラディウスは途切れることなく次の代に引き継がれるものだと思っていた。
せっかく助けてやったのに、元気になったところでそもそもリーヴェス自身が聖剣を引き継ぐ気がないなんて、意味が分からない。
思い通りに進みそうにない現実に、僕は叫びたい気持ちになった。怒りの感情を自分の中でうまく制御できず、意識して作っていた穏やかな表情を保つことができなくなった。
僕の憤りはリーヴェスにも伝わっているのだろうが、リーヴェスは気にする様子もなく淡々と話す。
「俺が生きているうちは、魔物は残らず退治する。だが、オルヒデー家は俺の代で終わりだ」
表情の乏しいリーヴェスの隣で、思っていることがすぐ顔に出るレティシアが心配そうに僕たちを見ていた。レティシアの目は大きく見開かれ、口は半開き状態だ。
僕は今にも怒りが爆発しそうだったが、レティシアのまぬけ面が視界に入ったことで少し怒りがさめた。
レティシアが頼りない以上、僕が冷静さを欠くわけにはいかない。グラディウスが言うように、リーヴェスがなぜそのように考えるのか、理由を聞いてみることにした。
「魔物を攻撃できるのは君の剣しかないんだ。普通の剣で攻撃しても、魔物にはいっさい攻撃が通じないのは知っているだろ? なのになんで、聖剣を自分の代で終わらせようとするんだ?」
「お前は聖剣の継承について何も知らないからそんな事が言えるんだ」
冷静さを保ってはいるものの、リーヴェスは眉を寄せ、やや強い口調で言った。
「次の継承者は、聖剣が選ぶ。今までのオルヒデー家の主は、聖剣を繋ぐために複数の女性と関係を持ち、多くの子を残そうとしてきた。
オルヒデー家しか聖剣を使うことはできないが、聖剣はこの国で一番強い人間でないと継承者に選ばない。オルヒデー家は多くの犠牲を払って、今までなんとか聖剣を繋いできた。
――俺の母親はオルヒデー家の特殊な家庭環境になじめず人が変わり、最終的には何もない寂しい家で、一人で死んだ。
九人いる男兄弟のうち、聖剣の後継者選びの時に七人が死に、残りの二人は人目に触れないようにオルヒデー家の別宅に隔離されている」
今まで口数が少なかったので気づかなかったが、リーヴェスの話し方には人を惹きつける何かがあった。
リーヴェスは途中何度も間を置きながら話していたので、話の途中で口を挟むことはできたのだが、彼が話し終わるまでは、誰も何も言わなかった。
リーヴェスは気に食わない奴だが、グラディウスが自分の継承者にと選んだだけあって、人の上に立てるだけの魅力があることは認めざるをえなかった。
自分との格の違いをリーヴェスに見せられた気がして、僕は一人みじめな気持ちになった。
オルヒデー家の男たちが背負わなくてはならない運命には同情するが、魔物を一撃で倒せるほどの大きな力が得られるのだから、ある程度の犠牲は仕方がないように思える。
リーヴェスが何と言おうと、僕は彼に次の代へと聖剣を繋いでもらわなくてはならない。どう返事すべきか考えていると、
「継承者選びって、死人が出るくらい激しく戦ったりするの?」
と、今まで無言だったレティシアが口を開いた。この部屋の緊迫した雰囲気を壊すような、のんびりとした声だった。
「違ぇよ。ただ、オレを握るだけさ。オレが選んだ継承者が握ると、剣のつばの部分についている石が光るんだ」
グラディウスが答える。
「握ればいいだけなんて簡単そうなのに、なんで死人や重症人が出るのよ」
「この時代のオレは邪気がまとわりつきすぎてて、魔剣みたいなものになっちまってるからな。よっぽど力のあるやつが握らない限り、人間は狂っちまうんだよ。肉体がダメになるか、精神がダメになるかは、それぞれだな」
とグラディウスが笑いながら答え、
「そうなの、それは大変ね」
と、グラディウスの笑いにつられてレティシアも笑いそうになっていたが、途中でおかしいと気づいたのか、
「ちょっと待って、全然笑えないんだけど」
と、いつもより低い声でグラディウスに突っ込みを入れた。
話の内容は別として、レティシアとグラディウスの間だけ穏やかな雰囲気に包まれている。
そんな二人を、リーヴェスは呆れたように見ていた。




