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2.すべての始まり-1

 どこからか男と女の話し声が聞こえてくる。ふと目だけ開けると、廃墟の壊れた天井から朝日の光が差し込んでいた。僕、ユベール・レーヴェンツァーンは、廃墟の中で気を失っていたようだった。


「お、目覚めたようだな」


 男は女と話すのを中断すると、僕に声をかけてきた。


 体を起こし周りを確認するが、ベッドらしき家具と小さなテーブルが置かれているだけの殺風景な部屋に、人影はない。手元を見ると、年季の入った錆だらけの剣が転がっていた。

 剣の近くには、タンポポが一輪咲いている。


 何故自分はこんな場所で倒れているのかを思い出すため、僕は直近の記憶をたどった。




 僕たちの世界は、魔物で溢れていた。魔物たちは人の負の感情を原動力にして動いており、人の恐怖心や未来への不安といった負の感情が高まれば高まるほど、勢いを増していった。


 人々は自分たちの生活を守るため、今まで幾度となく魔物の退治を試みてきたが、すべて惨敗だった。魔物には攻撃が効かないどころか、魔物に近づいた者は正気を失い、家族や知人を襲った。人口はみるみるうちに減っていき、廃墟と化した街が増えていった。


 魔物たちに唯一攻撃を与えることができるのは、実在するかどうかも分からない聖剣だけだと言われていた。


 なぜか魔物から発せられる邪気の影響を受けない僕は、聖剣があることにわずかな望みをかけて、魔物の住処周辺を探し回っていた。


 今ではすっかり変わり果ててしまった、百年前は王都だった地域に足を踏み入れた時のことだった。今までも何度か来たことのある場所だったが、今回初めて少女のような声が僕の頭の中に響いた。


「そのまま、まっすぐ進んで」


 声の主の正体がよく分からなかったが、僕は声が誘導するままに旧王都を進んだ。


「その屋敷の中よ。階段を上ってすぐのところにある部屋に入ってみて」


 案内された屋敷は、他の建物と比べると比較的綺麗な状態を保っていた。部屋に入ると、部屋の中央に古びた剣が転がっていた。


「あなたが探していたのは、その剣よ。触ってみなさい」


 頭に響く声の通りに錆びた剣に触れたところ、気を失ったのだった。




「オレはグラディウス。助けてくれてありがとよ。四百年かけて蓄積された邪気のせいで、今まで身動きがとれなかったんだ」


 グラディウスと名乗った男の声は、なんだか少し嬉しそうな、弾んだ声をしていた。


「紫色の瞳をしてるってことは、やっぱりあいつの子孫か。その年までよく無事に生きられたな」


 グラディウスは独り言のようにつぶいたあと、


「お前、名前は?」


と僕に尋ねた。


「僕はユベール・レーヴェンツァーン。もしかして……君が聖剣?」


 声が少し震えた。「聖剣というものがあるかもしれない」という不確かな情報しか得られぬまま、今まで手当たり次第に探してきた。目の前に「聖剣らしきもの」があるだけで、目頭が熱くなる。


「人間はオレのことをそうやって呼ぶみたいだな。お前、オレのこと探してたんだってな」


 聖剣という名に似合わず、聖剣の喋り方はやや幼稚だった。思っていたのとは少し違ったが、僕は気にせず用件を口にする。


「お願いだ、僕と一緒に魔物と戦ってほしい。魔物を退治すべく、君をずっと探していたんだ」


 当てのない聖剣探しに何度も挫けそうになったが、諦めなくてよかったと胸が熱くなる。しかし、グラディウスから返ってきたのは予期せぬ一言だった。


「力になってやりたい気持ちはあるが、お前じゃ無理だ」


「僕じゃ力不足だってことか?」


「ちげぇよ。オレと一緒に戦うことができるのは、リーヴェス・オルヒデーだけなんだ。オレはオルヒデー家と血の契約をしていて、今の契約者はリーヴェスなんだよ」


 廃墟に転がっていた、古びた聖剣。僕は嫌な予感がした。嫌な予感をかき消したい一心で、グラディウスに尋ねる。


「リーヴェス・オルヒデーって奴はどこにいるんだ? 教えてくれれば連れてくる」


「リーヴェスは百年前に死んじまったよ。リーヴェスが契約を解除せずに死んじまったから、オレは今もこうして契約に縛られていて自由に動けねぇ」


 聖剣を見つけさえすれば何とかなると勝手に思っていたが、僕の考えは甘かったらしい。


「どれだけ小さな可能性でもいい、教えてほしい。どうにかして、魔物を退治する方法はないだろうか」


 唯一の頼みの綱だった聖剣が使えないとなると、次なる一手はもう今の僕にはなかった。しかし、死んだ家族のことを思うと、ここで引き下がるわけにはいかない。


「手を貸してあげなかったら今にも死んでしまいそうな、その思い詰めた表情……たまらないわ。特別にあたしが協力してあげる」


 突然、先ほどまでグラディウスと話をしていた女の声が聞こえてきた。その声は僕をこの部屋まで導いてくれた声と同じものだった。風もないのに、聖剣の近くに咲いているタンポポがそよそよと揺れている。


「君が僕をここまで連れてきてくれたのか?」


 女は「そうよ」と短く答えると、くすくす笑った。


「コイツはローディ。百年に一度、三日間だけ咲く花で、何でも願いを叶えられる力があるんだ」


 いまいち状況を把握できていない僕に、グラディウスが説明してくれる。魔物を倒すために今まで情報を集めてきたが、そんな花があるなんて初耳だった。


「ただ、コイツは癖のあるやつで、どんな願いも叶えられる力を持ってはいるが、どんなヤツのどんな願いを叶えるかは、かなり選り好みをする」


 グラディウスが文句を言うような口調で言うと、すぐにローディが反論する。


「当然でしょ。自分の力を、自分の使いたいように使う。誰かに文句を言われる筋合いはないわ」


 今までおっとりした口調で話していたローディだったが、急に勢いよく喋り始めた。


「私が願いを叶えてやるのは、死にそうな美青年だけよ。弱りながら、苦しみながらも頑張ろうとしている姿にそそられるの! そして、私が助けてやった時の、私だけに向けられる嬉しそうな顔。たまらないわ」


 自分が「死にそうな美青年」に分類されたことは気に入らないが、聖剣の場所を教えてくれたローディには感謝しかなかった。まさか聖剣がこんなにも錆びた剣だとは思ってもいなかった。仮にグラディウスが視界に入っていたとしても、通り過ぎていたかもしれない。


 ローディの話す勢いは落ち着き、元のおっとりした口調に戻った。


「ユベール、あんたの『聖剣を見つけたい』という願い、叶えてあげたわよ。特別にもう一つの願い事――魔物を退治したい、というのにも力を貸してあげる。今までどんな美青年にも、一つしか願い事を聞いてこなかったんだから。感謝なさい」


 僕が「ありがとう」とお礼を言うと、ローディはまたくすくすと笑った。


「あんたがもし望むのなら、グラディウスの最後の継承者である、リーヴェス・オルヒデーが死ぬ前――百年前に連れて行ってあげる」


「百年前!?」


 僕が驚いた声を上げると、ローディは愉快そうに声を立てて笑う。まさか過去に行くことを提案されるとは、思ってもいなかった。


「この国ができた当初から、オルヒデー家が陰ながら魔物を退治することで、人間たちは平和を保ってきたの。この国は、オルヒデー家がいないとだめ。オルヒデー家最後の主であるリーヴェスは百年前に邪気に飲まれて死んでしまったんだけど、過去に行ってリーヴェスを救いなさい」


 「オルヒデー家」という家名は、グラディウスから名を聞くまで、耳にしたことのないものだった。建国当初から大きな役割を果たしていたのなら歴史書に名前が載っていてもおかしくないはずだが、目にした記憶がない。おそらくオルヒデー家が聖剣を継承しているのは、ごく限られた者のみしか知らないことだったのだろう。


「リーヴェスを救って、彼に魔物を退治してもらえということ?」


 僕はローディの機嫌を損ねないように、言葉を選びながら尋ねる。


「そうよ。ただし注意してほしいのは、リーヴェスを救うだけだと一時的な解決にしかならないってことよ。また三百年したら、この土地は魔物だらけになる。そうならないために……」


 ローディはもったいぶって、その先をすぐに言おうとしなかった。


「そうならないために?」


 僕が聞き返すと、ローディは待っていましたとばかりに、くすくすと笑った。


「聖剣の継承者であるリーヴェス・オルヒデーと、あなたの先祖、レティシア・キルシュバオムの仲を取り持ちなさい。そしたら、少なくとも千年は平和な世が続くことを私が保証するわ」


「取り持つって、結婚させろってことか?」


「そうよ。あなたとレティシアの先祖に、邪気を浄化することのできる特別な力を持った女性がいたの。彼女も紫色の瞳をしていてね、あなたもレティシアもその不思議な力を受け継いでいるのよ」


 レティシアという名には聞き覚えはないが、何代も前に僕と同じ紫色の瞳をした女性がいたことは聞いたことがある。


 自分に邪気を浄化する力があると言われたことには、あまり驚かなかった。魔物に近づいても自分だけ大丈夫だったのはこの力のおかげだったのかと、ようやく理解できた。

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