17.レティシアを守るもの-1
レストランを出ると、僕はレティシアの屋敷に向かって歩いた。
昨日今日と二日続けて気を失ったレティシアを届けるのは気が引けるが、レティシアが目覚めない以上、仕方がない。
今日は何と言ってレティシアを使用人たちにお願いしようかと悩んでいると、
「レティシアを面倒事に巻き込まないでくれないか?」
と後ろから怒った男の声が聞こえてきた。
振り向くと、銀色の髪をした男が立っていた。男の髪は日の光を反射してまばゆく輝いて見え、僕は思わず顔をしかめた。
男は足早に僕に近づいてくると、レティシアを僕から奪う。
「サナティオ!」
男を見て、グラディウスが嬉しそうに言った。
「ローディから聞いたぞ、なんで人間嫌いのお前が人間の恰好してるんだ?」
「この姿の時は、レティシアの兄、カーティス・キルシュバオムだ」
カーティスは不機嫌そうに答えた。
血が繋がっていないのだから仕方がないが、カーティスは外見上、まったくレティシアと似ていない。
人外の何かが人間に化けているのではないかと感じさせるような、神秘的な美しさがカーティスにはあった。
グラディウスは「人間の格好」と言ったが、人間の僕からしたら、カーティスの見た目は完全に人間ではない。人間の美しさとは少し異なる美しさのせいで、変に目立ってしまっている。
「なんでレティシアを守ってやってるんだ?」
グラディウスはカーティスの機嫌を気にする様子もなく、相変わらず楽しそうに話しかけている。
一方カーティスは詳しくは話す気がないようで、
「レティシアには少々借りがあるんだよ」
とだけ答えた。
二人のやり取りを見るかぎり、グラディウスとカーティスは知り合いではあるようだが、あまり仲がいいようには見えない。
「人を疑うことも知らないような、あの能天気なレティシアに借りがあるのか?」
僕は疑問に思ったままを口にした。
何も考えず、勢いだけで突っ走っていくあのレティシアが、いったいカーティスにどんな借りを作ったのか、想像できなかった。
レティシアが僕の話をすぐに信じてくれたため、彼女の信頼を得るために余計な時間をかけなくてよかったのは助かったが、突拍子もない話をすぐに信じるレティシアの素直さには恐ろしさを感じた。
ここまで素直なのは大事に育てられてきた証なのだろうが、僕と同じ時代を生きた人間から見たら、彼女はただのばかだ。人の話をそのまま信じるなんて、考えられない。
今ではだいぶ慣れてきたが、僕はレティシアと初めて話した時、彼女ののんきな性格がいらだたしくてたまらなかった。
僕の言ったことに対して、案の定、カーティスはさらに怒った。
「レティシアは疑うことを知らないわけじゃない、疑わないだけだ。レティシアの賢さが分からないのは、お前がバカだからだ」
グラディウスはレティシアのことを綺麗だと言い、目の前にいるカーティスは賢いと言う。人外のものからのレティシアの評価の高さに、僕は納得がいかなかった。
「なんで君たちのレティシア評価はそんなに高いんだ? まったく理解できないよ」
別に答えを求めていたわけではないが、僕が言ったことに対しカーティスは
「バカには分からなくても結構だ」
と低い声で言い、グラディウスは
「あんなに綺麗なのに、なんで分からねぇんだよ」
と驚いた。
きっと人外の彼らと人間の僕とでは、物事を感じる根本が違うのだろう。根元から違うから相手がなぜ理解できないのかが分からないし、分からない理由が想像できないからこそ説明もできない。
逆に僕が彼らに、なんでレティシアが綺麗に見えないんだ? と聞かれても、分からないとしか答えられない。
今までずっと不機嫌な顔をしていたカーティスだったが、グラディウスが僕に話す姿を見て、急に驚いたような顔をした。
「人間相手に話す時の、あの変な喋り方はやめたのか? オルヒデー家以外の人間と一緒にいるのも、私の知っているお前からしたら考えられないな」
「まあな。百年も床に横たわったまま何もできないと、前に持ってたこだわりとか、どうでもよくなっちまってよ」
最初の険悪だった雰囲気は一時的なものだったようで、カーティスとグラディウスは僕のことは気にせず二人で話し始めた。
「時空を超えて百年後の未来から来たんだってな。なんでまた、そんな無茶なことをしようと思ったんだ。時空を超えることで負った損傷は、私でも治すことはできないぞ」
そういえばサナティオはどんな病も怪我も治すことができる力を持っていると、グラディウスが言っていたな、と未来でした話を思い出す。
「リーヴェスがオレを後継者に引き継がずに死んじまうから、オレはリーヴェスの死後、床に寝たきりさ。動けねぇし、死ぬこともできねぇ。だからローディの力で過去に行くって言うユベールについて来たんだよ」
「契約者が死んでも契約が切れないって、バカなんじゃないか? そういうものは契約を結ぶ前にしっかり確認しておくものだ」
カーティスは心底呆れているようで、嫌みったらしく言った。
「うるせぇよ。オレはオルヒデー家と契約を結ぶ気なんて更々なかったのに――」
「お前のバカな性格が変わらないように、私の人間を嫌う気持ちも変わりない。だけどお互い、会わない間に変わったものもあるようだな」
グラディウスはまだ話したそうだったが、カーティスは遮るように話し始めた。もうこれ以上は、グラディウスと話をする気がないようだ。




