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世界を救いたいなら、騎士団長を惚れさせろ!?  作者: 緋原 悠
第一章 レティシアの物語(1)
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15.街に魔物出現-2

1100PVありがとうございます。

 リーヴェスと婚約者の女性の間に、黒い霧のようなものが集まっていた。何度(まばた)きして確認しても黒い霧はそこにあるので、見間違いではないようだ。


 黒い霧は集まることで黒い塊になり、渦を巻きながらさらに大きくなっている。


「来たか」

とユベールがつぶやき、静かに席を立った。ユベールは私を守るかのように、リーヴェスたちと私の間に立ってくれている。


「イレーヌ、離れろ」


 リーヴェスは言うと同時に椅子から立ち上がった。店内のざわめきが、少しずつ悲鳴に変わってきている。


 婚約者の女性は驚きのあまり体が動かないのか、こわばった顔で椅子に座ったままだった。

 リーヴェスは黒い渦を注視しながらも婚約者に近づくと、彼女の腕を優しく引いて黒い渦から遠ざけた。


 少しずつ大きくなっていた黒い渦の動きが止まったかと思うと、渦の中から豊満な体つきをした黒髪の女性が現れた。女性の年齢は、少なくとも私より十歳は年上に見える。


 悲鳴が上がってもいいはずなのに、店内はなぜか静まり返っていた。誰一人として、何も喋らない。


 女性は大きな胸を強調するかのように胸の下で腕組みをし、妖艶な笑みでリーヴェスを見つめていた。

 もともと顔色の悪かったリーヴェスだが、女性が黒い渦の中から出てきて以来、さらに苦しそうな顔をしている。


「あのお色気ムンムンな女の人は誰?」


 これから魔物が出るとあらかじめ知っていたとは言えど、非常事態に私の心臓の鼓動は早くなった。


「あいつの名前はテネブライ。魔物の核の部分だ。あいつにはリーヴェスの攻撃でさえ効かねぇけど、魔物を全部倒せばテネブライも消える。そんで、ある程度邪気が集まって魔物が復活する時、テネブライも一緒に復活するんだ」


 私はユベールとグラディウスの二人に聞いたのだが、ユベールはリーヴェスたちを見つめたまま固まっていて、私の質問にわずかな反応さえしてくれなかった。

 一方グラディウスはテネブライの出現に焦っている様子はなく、のんびりとした口調をしている。グラディウスの声を聞くと安心できた。


 テネブライに続いて、私が森で見たのと同じ、黒色の生き物が渦の中から出てきた。


 相変わらず誰も叫ばない。店内は、近くの人が息をする音さえ聞こえるのではないかと思えるほど静かだった。


 幸いにも、出現したばかりの魔物はすぐに動く気配はない。


 テネブライはリーヴェスにゆっくり近づくと、リーヴェスの顔を自分の両手で覆う。


「ねぇ、私と一緒に闇の中で過ごしましょうよ。こんなに心に闇を抱いているのに、光を見ようと思うからつらいのよ」


 テネブライはなまめかしい笑みを浮かべながら、リーヴェスに言う。リーヴェスはテネブライの手を払うこともせず、ただ睨んでいるだけだ。


「やめて」


 リーヴェスの後ろにいた、婚約者の女性がつぶやいた。女性は、なんとか頑張って声を絞り出したような様子で、目には大粒の涙がたまっている。

 テネブライは意地の悪い笑みを浮かべながら、挑発するかのように女性を見た。


「何度も何度もしつこいな」


 リーヴェスがテネブライに吐き捨てるように言った。どうやらリーヴェスとテネブライは今日が初対面というわけではないようだ。

 リーヴェスの反応を見て、テネブライは嬉しそうに笑っている。


「えぇ、だって私、あなたが欲しいんだもの。何度でも誘いに来るわ。――暗闇の中で、二人で目を閉じていましょうよ。落ち着くわよ。何もつらいことなんてないんだから」


 テネブライはそう言うと、リーヴェスの背後に回りリーヴェスに抱きついた。リーヴェスの婚約者の目が殺気立つ。リーヴェスは顔をしかめているだけで、抵抗するような素振りは見せていない。


 私は周りを見渡した。店内の様子は異様だった。みんな苦しそうな顔をしているだけで、身動き一つしない。


「この状態が続けば、死人が出るのよね?」


 グラディウスが教えてくれたことを覚えてはいたのだが、いまいちまだ信じられていない自分がいて、私は再度ユベールとグラディウスに確認した。


「そうだ」


 ユベールはリーヴェスたちを見たまま、いらだった口調で言った。


「魔物はリーヴェスにしか倒せないのよね?」

「そうだ。昨日話しただろ」


 言うと同時に、ユベールは私の方を見た。店内は暑くもないのに、ユベールの顔は汗でびっしょりだった。何度も聞くなと目が私を責めている。


 ごめん、そんなに怒らないでよ、と私は心の中で謝った。実際に口にしてしまうとユベールを余計に怒らせてしまう予感がしたので、口には出さない。


「分かったわ」


と言うと、私は大きく深呼吸した。私のやるべきことは一つ。リーヴェスの浄化だ。

 人を避けながらも、リーヴェス目指して全力疾走する。


 私が近づいて行くと、テネブライが驚いたようにリーヴェスから離れた。


「しっかりしなさい!」


 リーヴェスに十分な距離まで近づくと、私は勢いよく跳び、リーヴェスを両足で蹴った。


 蹴られたリーヴェスは後ろに転び、私は華麗に床に着地する予定だったのだが、想像通りにはいかなかった。リーヴェスを蹴るところまでは上手くいったが、リーヴェスではなく私が後ろに跳ね返ることになった。


 驚いているリーヴェスと目が合ったかと思うと、急に視界が真っ暗になった。




「よくも邪魔してくれたわね」


 悔しそうなテネブライの声が聞こえてきた。声は聞こえているのに、姿は見えない。そもそも辺り一面真っ暗で、自分の手足さえ見えなかった。


「あら、あらあら……」


 急にテネブライが嬉しそうな声を上げ始める。


「なんだ、あんたにもあるじゃない、黒い感情が。変な力持ってるから驚いちゃったけど、あんたたち二人ともちょろそうね」


 私の黒い感情? あんたたち二人って、私とあと誰?


「リーヴェスの前にまずはあんたたちね。楽しみにしてて。その感情、私が増幅させてあげるから。もうあんたは、自分の心の闇から目が離せなくなるわよ」


 テネブライは声高く笑いだした。テネブライの高笑いは徐々に遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。




 目を開けると、私はなぜかお兄様の腕の中にいた。


「あれ? 魔物は? リーヴェスはどうなったの?」


 辺りをきょろきょろと見回すが、私はもうレストランにはいなかった。お兄様は私を抱いたまま街の中を歩いている。おそらく家に帰っている途中だと思われる。


「問題ないよ。リーヴェスが魔物を倒した」


 お兄様は心配そうな顔で私を見ると、口元だけ笑った。


「レティシアの活躍のおかげで、怪我人なども出なかったようだよ」

「そう、よかった……」


 安心したら、また急に眠くなってきた。


「お兄様、私ね、邪気を浄化する不思議な力があるみたいなの……。元気なことしかとりえがなかった私でも、役に立てることが……あったのよ……」


 お兄様に話したいことはいっぱいあるのに、まぶたが重くて目が上手く開けられない。我慢できず、大きなあくびをした。


「またあとで聞くよ。今はゆっくりお休み」


 お兄様の優しい声が聞こえてきた。

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