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世界を救いたいなら、騎士団長を惚れさせろ!?  作者: 緋原 悠
第一章 レティシアの物語(1)
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10.ユベールの作り笑いの威力-2

 決意に燃える私とは対照的に、ユベールは非常に冷めた目で私を見ている。


「そんな時間なんてないよ。明日、街に魔物が出るんだ」

「え、明日? ちょっと待って、私明日は予定が……」


 私は、壁に掛けてあるカレンダーを見る。明日の日付には赤いペンで大きく丸が書かれている。その赤い丸を私は毎日のように見つめ、明日という日をまだかまだかと楽しみに待っていたのだ。


「魔物退治より大切な予定ってある?」


 ユベールが鋭い目つきで私を見てくる。彼は私が「ないです」と答えるのを待っているが、私はその言葉を言いたくなかった。

 私は目に涙をにじませながら訴える。


「明日、久しぶりにバスチアンがうちに来るのよ。一ヶ月前から明日を楽しみにしてたの。いいじゃない、少しくらい」


 世界平和か自分の恋か。

 冷静に考えれば世界平和を選ぶべきなのだろうが、盲目になってこそ恋愛だ。この恋、諦めたくない。


 ユベールは黙ったままだが、鋭い目つきは変わらない。私の気持ちにちっとも共感できないようだ。

 気まずい沈黙が続いたが、ユベールも私もお互いを見つめたまま、何も喋らなかった。二人とも譲る気はなく、時間だけが過ぎていく。


 沈黙を破ってくれたのは、グラディウスだった。


「ま、いいじゃねぇか、少しくらい。魔物が出るのは昼間だし。レティシア、元気よくぶつかって砕けてこいよ」

「ありがとう、グラディウス……」


 なぜか振られる前提になっているが、グラディウスの優しさに胸が熱くなった。

 ユベールも、グラディウスには逆らえないようだった。しかし、私が自分の恋愛を優先する姿勢はグラディウスが何と言おうと許せないようで、ユベールは気に入らないと言いたげに私から目をそらした。


「街に魔物が出るって言ってたけど、私たちで退治するの?」


 私が疑問を口にすると、ユベールは再び私の方を見た。ユベールはどうやら気持ちを入れ替えたようで、不機嫌な表情は彼の顔から消えている。


「いや、魔物はリーヴェスでないと倒せないんだ。正確に言うと、聖剣グラディウスの持ち主でないと、魔物に攻撃が通じない」


 自分が過去へ来ることになった経緯を、ユベールは簡単に説明してくれた。


 ユベールは魔物に満ちた世界を救うため、魔物に唯一対抗できるという聖剣を探していた。

 運良く聖剣グラディウスを見つけることができたが、自分を使うことができるのはオルヒデー家の主だけだと、グラディウスに言われてしまう。しかも、最後の主であるリーヴェス・オルヒデーは百年前にすでに死んでいた。

 未来では魔物に対抗する術がなく、悲惨な未来を変えるために過去へ来たのだという。


「このままだと、リーヴェスはいつ死ぬの?」

「明後日だな」


 私が聞くと、グラディウスが答えてくれた。ユベールは驚いた顔でグラディウスを見る。どうやらリーヴェスがいつ死ぬかまでは、詳しく聞かされていなかったようだ。


「リーヴェスが死ぬまで、そんなに時間がないのか?」


「あぁ。明日街に出る魔物をリーヴェスが退治するんだけどよ、リーヴェスには邪気を浄化することができねぇから、邪気にあてられた人間も全員殺すはめになるんだ。それを機にリーヴェスにまとわりつく邪気もいっきに増えて、次の日にはリーヴェスも邪気に飲まれちまうんだ」


 ふいに私はユベールと目が合ってしまった。

 彼の目は「この話を聞いても、まだ告白するとか言うのか?」と不気味な笑顔で私に訴えているような気がした。私は気づかないふりをして微笑み返す。ユベールの目元は笑っているのに、視線が冷たい。


「魔物はリーヴェスにしか倒せないってことは、明日私たちがその場に行ったとして、何ができるの?」


 乙女の恋路を邪魔しようとしてくるユベールには聞かず、私はグラディウスを見た。


「レティシア、お前には邪気を浄化する力がある。今リーヴェスは自分にまとわりつく邪気に悩んでる。お前の力でリーヴェスの邪気を浄化してやってほしい」


「邪気を浄化する力? 私にそんな力があるの? どうやったらリーヴェスを浄化できるの?」


 自分にそんな特別な力があるなんて、今まで聞いたことがなかった。そして実感もない。


「あぁ、間違いねぇ。この屋敷を見れば分かる。気持ちのいい気で包まれてる。浄化するのは簡単だ、リーヴェスを触るだけでいい」

「触るだけでいいの? 案外簡単なのね」


 私は目を輝かせて自分の手を見る。


 今日初めて魔物に遭遇した時は自分の身すら守ることができなかったが、次は私も役に立つことができる。私がいくら剣の腕を磨いても誰かを守ることには繋がってこなかったが、今度は救うことができる。そう思うと、嬉しくなった。


「だけど気をつけろよ。魔物は邪気の塊だが、そもそも実体がねぇからお前が触りに行っても意味がねぇし、邪気にあてられて正気を失った人間も、浄化するにはまずは気を失わせる必要がある。むやみに突っ込んで行くんじゃねぇぞ」


 グラディウスが慌てて補足してきた。まさに、次魔物に会ったらとりあえず突っ込んで行ってみようと考えていたところだったので、グラディウスに自分の考えが伝わっていてぎくりとした。

 私は笑ってごまかす。


「それより、リーヴェス・オルヒデーって人、どれくらい強いの?」


 惚れ落とそうという気はさらさらないが、唯一聖剣を使用できる人物と言われると、興味が湧いてくる。


「オレが選んだ男だからな、この大陸にいる人間の中で一番強いぞ。近衛騎士団の団長もしてる」


 グラディウスは誇らしげに話す。


「近衛騎士団って、国王直属の騎士団で、剣の腕が立つ、選りすぐりの騎士数人で構成されているっていう噂の?」


 近衛騎士団があるということだけは知っているが、国王を守護する騎士団は私たちの生活とは直接的な関わりがないため、誰が近衛騎士団員なのか、また何人いるのかなど、詳しくは知らされていなかった。


「近衛騎士団の騎士団長は、この国最強の騎士だ。この国ができた当初から、近衛騎士団の騎士団長はオルヒデー家の主が務めてる。別に騎士団長はオルヒデー家って決まってるわけじゃねぇんだけどよ、オレ、最強の騎士じゃねぇと継承者に選ばねぇから」


 近衛騎士団についての話なんて、めったに聞ける機会がない。

 私が身を乗り出して聞いていると、ユベールが

「リーヴェスに心惹かれてきた?」

とうわべだけの笑顔で私を見てきた。


「近衛騎士団に興味があるだけよ」

と私も作り笑顔で返す。


 すると急に、ユベールが立ち上がった。物音を立てずに窓へ近づくと

「とにかく、明日の朝また来るから」

と小声で言い残して、窓から出て行く。


 意味が分からず、私は開いたままになっている窓を見つめていると、部屋の戸が叩かれる音がした。


「レティシア様、夕食の時間です」


 侍女のコレットだった。


「今行くわ」

と答えて戸を開けると、戸の外にはまだコレットがいた。


「レティシア様を家まで連れて来てくださった男性、お知り合いですか? とっても美しくて、笑顔も素敵で……侍女たちは大騒ぎだったんですよ」


 コレットは私と年齢が近く、噂話が大好きだ。職務中の私語の多さから、私の教育係でもある侍女長のポリーヌからよく注意を受けている。

 ユベールの話を聞きたいがあまり、コレットは私を戸の外で待っていたようだ。


「知り合いと言えば知り合いだけど……」


 コレットの話に付き合うと、私までポリーヌに怒られるはめになる。だから私はあまりコレットと話したくないのだが、コレットはそんな私の気持ちを感じとってくれない。


「どうやって知り合ったんですか? 羨ましい!」


 話が長くなりそうだったので、私はコレットから逃げるように食堂へ向かう。さすがのコレットも、私を追ってくることはなかった。


 それにしても、私が薄っぺらいと感じているユベールの外面だけの笑顔が、コレット達からしたら素敵な笑顔に見えるというのには驚いた。

 ほんのわずかな時間で侍女たちを虜にしていくなんて、ユベールの作り笑顔の威力は恐ろしい。

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