しっぽのない恐竜
お人形売りばの、いちばんおく。
せまい棚のあちこちにクモの巣が張って、子どもたちもだれも手をつけないようなところに、その恐竜はおりました。
もうすぐクリスマス。
おもちゃ屋さんではジングルベルがなりわたり、聖なる夜にプレゼントを届けようと、サンタさんたちが毎日お目当のものをあさっていました。
「こりゃあ、いいぞ!」
プラモデル売り場で、イギリスのサンタさんがうれしそうな声をあげました。
「この飛行機は、確か、三丁目のジョーンズが欲しがっていたのう。やれやれ、やっととびきりのやつが見つかった。きっとあの子もよろこぶぞい……」
そう言ってイギリスのサンタさんは、プラモデルの棚に並んでいた『ソッピース・キャメル』を、よろめきながらレジへと持って行きました。
「良かった! もう売り切れかと思ってたわ」
また向こうでは、インドネシアのサンタさんがホッとしたようにため息をつきました。
「ちょうど、猫目のナディアにぴったりの、お化粧セットを探していたの。どこでも大人気だから、世界中探し回っちゃった。ここにあったのね!」
インドネシアのサンタさんは、流れる汗をぬぐいながら、大急ぎでレジに並びました。
「これなんてどうだろう……」
その向かいでは、ブラジルのサンタさん夫妻が、ゲームコーナーの前で何やら小難しそうに顔を寄せ合っていました。
「ミゲルはずっと前から、アメリカに行きたいって言ってただろう? このゲームなら……ホラ! きっとよろこぶと思うよ」
「ああ、でもあなた。これ、すごく高いわ……」
サンタさんの奥さんが、値札を見て目を回しました。
そんな風にして、おもちゃ屋さんでは、今日も世界中の子どもたちのためにプレゼントが運ばれて行きました。
ところが例の恐竜は、いつまで経っても、誰にも手に取られないままでした。
それはそうでしょう。
だって恐竜には、緑のしっぽがすっぽりないんですから!
クモの巣の張った棚のおくで、世界中に運ばれていく仲間たちをながめながら、恐竜は深いため息をつきました。
「はぁぁ。いつになったら、僕はプレゼントになれるんだろう?」
「そりゃあ、キミ。無理に決まってる」
棚の上にいたワシミミズクのぬいぐるみが、恐竜を憐れんだ目で見下ろしました。
「一体誰が、わざわざしっぽのない恐竜を欲しがるかい? プレゼントになりたかったら、早いとこしっぽを見つけてこなくちゃあ」
ワシミミズクの言葉に、恐竜はそれもそうだと思いました。
そこで恐竜はその日の晩から、クモの巣の棚を抜け出して、無くしたしっぽ探しへと出かけました。
「もしもし? 自転車さん?」
ある日の晩。店員さんがみんな、仕事を終えて家に帰った後。
恐竜はおもちゃ屋さんの東の、自転車コーナーに行き、そこで寝ていた自転車にたずねました。
「この辺で、僕のしっぽを見ませんでしたか?」
「しっぽだって?」
子ども用自転車は眠そうに車輪をよこに振りました。
「知らないよ。恐竜のしっぽなんて、生まれてこのかた見たことない」
「そうですか……」
がっくりとうなだれる恐竜の顔を、自転車がきょうみ深そうにのぞきこみました。
「それよりもキミ、ちょっとお願いがあるんだが」
「お願い?」
「ワシは生まれてこのかた、ベルが壊れててね。鐘を打つ部分が、どっかに行ってしまったんじゃよ」
自転車は、ハンドルのよこにつけられた銀色のベルを恐竜に見せました。自転車がため息をつきました。
「ベルがなきゃ危ないってんで、おかげで生まれてこのかた、ワシも誰かに買われたことがないのさ。しゅうりしてもらうにも、このクリスマスじゃろ? じゅんばんまちで、一体いつになることやら」
「はぁ」
「そこでお願いなんだが……キミのその二つの前足を、ワシのベルが直るまでちょっくら貸してくれんかね?」
「何ですって?」
恐竜はおどろいて自転車と、それから自分の両手を見比べました。
「頼むよ。ベルが直るまででいい。キミのその手がありゃあ、ベルが鳴らせるに違いない。な? な?」
「まぁ、そこまで言うんなら……」
恐竜はしぶしぶ自分の両手を差し出しました。恐竜の手をベルに取り付けた自転車は、何ともうれしそうにその緑の手で鐘を叩きました。
「おぉ! こりゃすごい! ありがとう、どうもありがとう!」
そうしてしっぽのない恐竜は、両手もない恐竜になってしまいました。夜中だというのに、チリンチリンとベルを鳴らす自転車に別れを告げて、恐竜は次のおもちゃコーナーに向かいました。
「もしもし? ロボットさん?」
次にしっぽも両手もない恐竜がやってきたのは、おもちゃ屋の北の、変形ロボのコーナーでした。
男の子が大好きなロボットのコーナーなら、自分のしっぽがどこかにまぎれているかもしれないと思ったのです。ずらりと並んだロボットのパーツを前に、恐竜がたずねました。
「誰かここで、僕のしっぽを見ませんでしたか?」
「しっぽ?」
変形ロボの、足の部分が答えました。
「見たことないねえ。恐竜のしっぽなんて」
「そうですか……」
「それよりもキミ」
今度はロボの右手の部分が恐竜に声をかけました。
「いい顔してるねえ!」
「はぁ?」
「キミ、悪役にぴったりだよ!」
「悪役?」
首をかしげる恐竜の元に、ワラワラとロボットたちが集まってきました。
「そう! 僕たちロボットがやっつける悪役! 言われない?」
「いや、あんまり……」
「ロボット対恐竜なんて、僕ら相性バツグンじゃないか!」
「いいねそれ! 燃える!」
「ねえキミ、ちょっと僕らと戦わない?」
「ええっ!?」
そう言うと、恐竜の目の前で右足や左手が次々に合体して行き、巨大なロボットが完成して行きました。自分の背より二倍も三倍も大きくなったロボットを前に、恐竜はおどろいて後ずさりしました。
「いや僕はちょっと……しっぽを探してるんで。ホラ、今両手もないし……」
「そうなの?」
「お願い、そう言わず少しだけ!」
「わぁ、待って!」
ビームを打とうとするロボットから、恐竜はあわてて逃げ出しました。
それでも追ってくるロボットに、恐竜はとうとう折れて、自分の頭を貸し出すことにしました。
「なるほど。頭にこれをかぶせれば……『恐竜ロボ』に見えないこともない」
ロボットが、恐竜の頭を自分たちにつけてはしゃぎ出しました。
「こりゃ面白くなりそうだ」
「ありがとう!」
「しばらくキミの頭、借りておくよ」
そうして恐竜はとうとう、しっぽも両手も頭も無くしてしまいました。
自分の頭をつけたロボットたちが、夢中になって戦っているのを何とも不思議な感覚で見送りながら、恐竜は次のコーナーへと向かいました。
「やれやれ。僕のしっぽ、どこに行ったんだろう?」
恐竜は夜中じゅう、自分のしっぽを探し回りましたが、かわいそうにどこにも見つかりません。
とうとう外は朝を迎え、店が開く時間になってしまいました。
しっぽも、両手も頭も無くした恐竜が、トボトボと元いた棚に帰る途中。
恐竜はおもちゃ屋の西の、釣り具コーナーにさしかかりました。
そこでキラキラと朝日にてらされた、魚の形をした『ルアー』を見上げ、恐竜は大きな声を出しました。
「あっ!」
何とガラスケースの中に、『ルアー』に混じってかざってあるのは、緑色した自分のしっぽではありませんか。
「おっ、これなんか良さそうだな」
恐竜がおどろいていると、向こうから日本のサンタさんがやって来て、ルアーをながめて白いおヒゲをなでました。
「この緑のルアーはゴツゴツしてて、食いつきも良さそうだ。下町の太郎が欲しがっていたっけな。プレゼントにぴったりだよ」
そう言って日本のサンタさんは、満足そうに恐竜のしっぽをレジに持って行きました。
※
「ヤァ、おかえり」
それから恐竜は元いた棚に帰りました。
クモの巣の棚に戻って来た恐竜をみて、ワシミミズクが目を丸くしました。
「何だい? その格好は? 手と、頭はどうした?」
「いろいろあったんだよ。話せば長くなるけど……」
恐竜は少しくたびれた声を出しました。ワシミミズクは首をかしげました。
「それでしっぽはあったのかい?」
「あぁ……あったよ」
「どこに?」
「欲しがっていた人のところさ。手も、頭もね……」
「返ってくるの?」
「さぁ……どうだか。やれやれ、メリークリスマス」
そう言って恐竜はゴロンとよこになりました。
しっぽだけでなく、両手も、頭も無くなってしまった恐竜でしたが、その晩はいつもより良い夢を見れましたとさ。おしまい。