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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

努力の先

作者: 島田祥介

ど‐りょく【努力】

[名] (スル)ある目的のために力を尽くして励むこと。「努力が実る」「たゆまず努力する」「努力家」  

(小学館デジタル大辞泉より抜粋)


 この日をどれだけ待ち望んでいた事か。

 もう長い事この日を夢見て、いつくるのかいつくるのかとずっと追い求めていた。

 無論、途中で諦めてしまおうかと思った事もある。しかし、自分の中ではどれだけ苦虫を噛み潰す生活を強いられようがこの日がくる事だけを生き甲斐としてずっと生活してきた。

 それだから、自分にとって今日のこの瞬間は「ようやくきてくれた」というより「きたるべくしてきた」と言った方が正解なのかもしれない。

 その為に、費やせるだけの時間を使って独学に励んだ。自分で言うのも何だが、この日の為に色々と努力は惜しまないでやってきたつもりだ。だから、遂にその努力が報われる日がきたかと思うと若干興奮してしまっているのも事実だ。

「き、君は私をどうしようというのだね?」

 古びた倉庫の真ん中に椅子で括られた男が、怯えながら僕に問いかける。

 この男の素性はとある総合病院の医学部長で、名は大沢という。

 先日その病院は医療ミスで一人の女性患者を死に追いやった事で連日騒がれていた。そんな大沢を僕は拉致し、この場所迄運んできた。

 その目的は単純明快なもので、

「さぁ…最終的には死んでもらいますけど、それ迄は何をしようかまだ決めてないんですよね」

「死んで…って、私が何をしたというのだね?」

 拉致された理由が理解出来ていない大沢は、自分が殺されると判ると更に怯えて訴えてきた。それだから、無言で医療ミスについて書かれている新聞を目の前でちらつかせると、

「それに関しては、私は十分に罪を償ったから、今こうやってだね」

 大沢の言葉に、思わず僕は「償った!?」と大きな声を出してしまう。

「社会的には制裁を喰らって痛手を負ったんだろうけど、そんなもの僕にはどうだっていいんですよ」

 連日の報道で大沢は辞職に追い込まれ、その退職金等は遺族に慰謝料という形で支払われたと聞いた。だが、そんなのは僕には本当にどうでもよかったのだ。

 兎に角、この男を追い込む事。

 追い込んで追い込んで死に追いやる事。

 それが、僕に残されたわずかな希望だった。

「社会的制裁を喰らったから何? 個人的制裁に対してまだ何の決着も解決も済んでない」

 個人的、という言葉に大沢は気付いたものがあったのだろう。僕の顔色を伺うような表情でもって、

「き、君はもしかして…」

「ええ、死んだ山下由梨花(やましたゆりか)は僕の大事な婚約者だったんですよ」

 医療ミスで死んでしまった由梨花と僕は婚約関係にあった。

 恥ずかしながら僕にとっては生まれて初めての彼女であり、冴えない童貞野郎だった僕の婚約者に迄なってくれた素敵な女性だった。

 だが、脳に腫瘍が出来ていると判って件の総合病院に入院したのが間違いだったのか、由梨花は23歳という若さでこの世を去ってしまう事となった。

「だ、だがね、その件に関しては遺族と──」

「因みに、責任をなすりつけられ自殺した看護師の上田成美(うえだなるみ)は僕の義姉だったんですよね」

「──!」

 そう、由梨花が総合病院に入院した理由のひとつとして、義姉である成美さんが看護師としてサポートしてくれるからというものだった。

 しかし、仕事に前向きで一生懸命だった彼女も自分が犯した訳ではない医療ミスの責任を負わされ、その後精神を病んで自害してしまった。

「貴方は重大な医療ミスを犯しておきながら一時はそれを部下の責任にし、その後は報道騒ぎから逃れられずに責任を負って辞職した」

「あれは、ちょっとした手違いがあってだね…」

 手違いという言葉で、この男には人を二人も死に追いやった自覚がないという事がまざまざと見てとれる。

 それもそうだ、ミスが判明した翌日から十連休も取って逃げる様にバカンスに行っていたのだから、この男には何の罪悪感すらないのだろう。

「絶対打ってはいけない薬剤を点滴指示したのが単なる手違いだというのなら、ここで貴方が死んでしまう事も単なる手違いですよ」

 そう言って、僕は大沢の左腕の血管に点滴の管を通す。

「何をしているんだ!」

といっても、管は何もつけられている訳ではなく空気がそのまま血管に入る様になっている。同様に、針を刺された血管からは血が垂れ流しになるのだ。

「成人男性の失血死量って、当然貴方はご存知ですよね」

「そ、そんなの、き、聞いてどうするつもりだね?」

「成人男性で体重の約八%の血液が失われると失血死に至るそうですが。さて、この小さい針程度だと何時間かかるんでしょうね?」

 僕は医者じゃないから正確な事は知らない。ただ、独学で得た知識が正しければこの方法でやれば真綿で首を絞める様にじわじわと大沢を追い込んでやれる筈だ。

「そんな事はどうでもいいから、兎に角それを外したまえ!」

 大沢の叫びに、僕は「何故?」とわざと素呆(すっとぼ)けてみせる。

「貴方には同じ苦しみを味わってもらいますよ」

 医療のミスがきっかけで由梨花は死に、それを押し付けられる形に追い込まれた成美義姉さんも死んだ。

 彼女達の苦しみなんて、この男が味わう何倍もの辛さだったに違いない。

「い…嫌だ、わ、私は…」

 事の重要さにようやく気付いたのだろう、大沢の表情がどんどん曇っていく。このままだと、失血死の前にショック死でしなれてしまいそうだ。そうなると僕の目的からは離れてしまう。

「じゃぁ、告白して下さいよ」

「何を…だね?」

「貴方が犯した罪を、全てね」

 成美義姉さんから、由梨花が大沢に性的悪戯をされていると訴えられたと聞かされた。

 相手は医学部長なだけに、一般人の僕ではどうすることも出来やしなかったのは事実だ。そこで、義姉さんは自分が師長にかけあいそこから打開策を見出すから、その間転院先なりさがしておいてほしい、と言われた。

 しかし、その後すぐに由梨花も義姉さんもこの世をさる。どう考えたって、大沢の証拠隠滅が何らかの形で仕組まれたとしか思えない事態でしかなかった。

「な、何の話だね?」

 大沢は、さも当然の様に素呆ける。

「いえ、由梨花の件も上田成美の件も貴方が仕組んでるのは判っているんです。それをきちんと僕に向かって話して下さい」

 ハッタリではあったが、大沢を唸らすには十分だった。しらを切ろうとしても、その場から動こうとしない僕を見て観念したのだろう、

「わ、判った、喋るよ。だからだね、この管を外してくれないか」

「貴方が真実を全て話してくれたら、その時は何とかしましょう」

 そう言うと、胸ポケットに忍ばせておいた小型の録音機をちらつかせる。

 最初は抵抗気味だった大沢も、僕が無言で圧力をかけているのが判ったのだろうか、ぽつりぽつりと自分の犯した罪を認め、由梨花も成美義姉さんも自分が殺したも同じだと断言した。

 その言葉を録音ししっかりと確認した僕は、大沢に向かってニッコリと微笑むと奴もホッとした表情を見せてきた。だが、僕は大沢から少し離れると、スマホを取り出し世間で一番信用性のおける新聞社に電話をかけた。

「あの、そちらの新聞社で医療ミスについての真相を世間に公表していただきたいのですが」

 大沢から得た真実が録音データとして手元にあると伝えると、電話応対した記者の声が裏返ったのが判る。

「ええ、ええ、そうです。なので二日後のこれくらいの時間帯に指定された場所で落ち合えたらと思いまして…」

 記者の喰い付きが余りにもよかったので、僕はこの場所を指定して電話を切った。

 よし、これで全ての御膳立ては揃った。

「よかったですね、大沢さん。運がよければここに来る新聞記者が貴方を助けてくれる筈ですよ」

 そう言って、僕はおもむろに胸ポケットから一本の医療用メスを取り出すとそのまま自分の右頸動脈を躊躇うことなく切り裂いた。

 鋭い痛みと共に生暖かいものが一気に放出されている事が判ると、そのまま崩れ落ちる様に地面に倒れこんだ。

 この倉庫は僕が結婚資金として貯めた預金を使って買い取ったから、ホームレスが暖を取りに来る様な事がない限り人の出入りはない。だから、僕が死んだとて大沢が助かる道は二日間何としてでも生き延びる事だ。

 縛り上げられた椅子から脱出して録音データを持って逃走…果たしてそれが出来るかどうかなんて僕には知る由もない。

 でも、奴がどうなろうと僕の知ったこっちゃない。

 僕は復讐を遂げて由梨花の元に逝けるのだから、それで満足なんだ…

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