異世界転生者による異世界転生論
皆さんは異世界転生という言葉をご存知だろうか。
今まで真っ当に暮らしていた人間が突然トラックやら何やらにひかれるが、実は神様のミスでそのお詫びに…というヤツだ。大抵の場合はパッとしない人生を送っていた人間が珍しく良いことをしたりすると起こることが多い。
テンプレとしてはトラックにひかれ、気付けば真っ白な空間で神と名乗る存在に会う。そして神様から事情を聞かされ、好きな能力を持って異なる世界に転生する、といったところだろうか。
まぁこれ以外のテンプレをあげろと言われれば、ない訳でもないが基本的には何故だか記憶を保持してそれを利用して無双するというのは変わらない。
さて、私が急にこんな話をしたのには訳がある。
私の趣味は読書だ。と言うより文字を目で追いかける行動全般だ。その為最近では金を消費せずにすむネット小説にはまっている。その中でも特に先ほどあげた異世界転生は一大ジャンルとなっている。ネット小説を読めば様々な形で様々な人間が転生している。
中には非常に共感出来る身の上の人間もいて、実は本当に転生した人間が書いているんじゃないかと思うこともある。特に何の事情もなく気付いたら異世界に転生していた人間が何事もなく順応せず、しばらくの間混乱しており今までの常識との違いに困惑したりする部分は特に共感できる。
大抵の場合はご都合主義的に気付いたら順応しているものだが、実際の場合なかなかそうはいかない。と言うより身に染みた習慣や常識と言うのは何年経ってもふとした拍子に出てくるものだ。それが完全に消えてなくなるためには、それこそ転生前の記憶がなくならないと不可能だろう。
ここまで書けば私が何を言いたいのかもう皆さんはご理解いただけただろう。
何を隠そう私こと鵜澤・レディアナはまさにこの異世界転生を恐らく経験した人間なのだ。
『恐らく』となってしまうのは非常に単純明快で、自分が転生した世界が本当に異世界なのか判断に困るような場所だからだ。
大抵の場合、転生する人間は事前に神様からの一言がある。それがなくても、多くの人は自分が以前と全く異なる環境にいることで、自分が異世界に転生したかどうかを判断していることだろう。
例えば多くの場合では魔法が存在しない世界から存在する世界へと生まれ変わったり、機械が存在した世界から産業革命以前の中世レベルの技術しか存在しない世界へと生まれ変わったりと目に見えて大きな変化が存在する。
そしてそこに加えて自分自身の容姿も変化する。中年メタボ親父が可愛い女の子の赤ちゃんになったり、典型的なモブ日本人だったのが超絶美形の金髪碧眼になっていたりする。
それに比べると私は凄まじかったと言えよう、主に負の方向にだが。
まず私自身が年齢からしてあまり変化がない。転生前の記憶は大学院を卒業し、数年社会人として生活していた程度だが、今の年齢は大学に入学した直後だ。
見た目も前までは良く言えば年をとっても老けなさそうな、悪く言えば老け顔だったが、今では良くも悪くも十人並み、印象が薄いと言うのは今の周りの弁だ。
そして私自身、自分が転生者であると気付いたのはネット小説の一般的な例から見てかなり遅い。普通は赤ん坊の時から記憶があったり、幼い時に突然記憶を取り戻して高熱にうなされて…というものだろう。どちらにせよかなり幼い時期に記憶を取り戻すのだ。
それが結果的に自分のその後の人生に大きく影響を与えていくのだが…私が完全に記憶を取り戻したのは何とつい1、2ヶ月前の大学の合格発表だ。これでは異世界『転生』ではなく異世界『憑依』と言っても過言ではない。しかし、これは憑依ではないと胸を張って言える。
何故なら私は今まで自分が異世界にいると気付かず、ただどういう訳か良く既視感を感じるなぁと思っていた上、記憶が段階的に戻っていたのだから。毎度何かしら人生の節目に合う度に何やら違和感を感じていたのだ。
例えば高校の入学式で、ぼんやりと、あれぇ?今高校入学だよな?もう高校卒業してなかったっけ?でも高校入学までの経緯は同じだし同じ高校だから気のせいかぁ…などとただの既視感ですませていたのだ。
それもそうだろう、すんでいる場所から初恋の相手から何から何まで一緒だったのだ。見た目の変化を除いて、全部が前の世界そのものをなぞっているかのような人生を過ごしていれば気付きようもない。
さらに極めつけは世界観だ。私が元々暮らしていた世界には魔法やら錬金術やらは存在しないもの、よくアニメとかで出てくるビームやレーザーをどんちゃん撃ちまくる兵器なんて存在しない。そしてそれはこの世界でも全く一緒だった。
もっとも元の世界では理論上は作製出来る、あと少し技術レベルが進めば構築出来るといったレベルの技術は開発されている。有名なところでは高度な自己判断が出来るAIやゲームでおなじみのステルス迷彩だろうか。恐ろしいことに既にこの世界には人の飛び出しに対応し、人間よりも高速で反応出来るAI自動車や文字通り姿を周りの環境に溶け込ませることで姿を見えなくする能力を持った迷彩服が存在しているのだ。他にも強化外骨格自体が一般社会では浸透し始めており、そこらの建築現場でもお目にかかることが出来るなど気付こうと思えばいくらでもヒントは転がっていたのだ。
もっとも、それら全ては元の世界でも実用化されていないだけで試験研究段階では存在していたのだ。何か得体の知れない技術的特異点があったのではなく、単純に技術の発展がほんの少し、大さじ一杯分だけ早いのだ。
閑話休題、私がすぐに、と言うより周りを見ても違和感を感じなかった最大の原因はそういう分かりやすいところがなかったからではない。他の全てが今まで通りだったからだ。
言ってしまえば前の自分がいた世界の未来に転生したと言っても過言ではない環境だったのだ。以前と同じ街に以前と同じ学校、そして以前と変わらない国の境。周りの人間の名前も似たり寄ったりの名前ばかりだった。おかげで気付かなかったのだろう。
だが私が異世界と断じることができたのは非常に単純明快な理由からだ。過去の世界の最後の記憶では、世界は中東から始まり、これから世界中を巻き込んだテロ戦争が始まろうとしていたのだ。
しかし、今の世界ではテロ戦争を引き起こした組織は私の知る歴史通り某国に対するテロ攻撃と同時に名乗りを上げた。だが、『元の』世界の某国よりも遥かに事態を重く見た某国の手によって関連地域に対する絨毯爆撃を行い、さらには核攻撃までなされたのだ。
おかげで中東地域は歴史上二番目に被爆した国家を有することになった。その影響で中東およびアフリカ大陸の一部が放射能汚染に苦しむこととなる。そのおかげと言うのも皮肉な話だが、世界は核に変わる抑止力と技術を求めたのだ。
その結果、私が知るよりも発達した技術の数々が生み出されたのである。それこそ前の世界に劣る部分など何一つ存在しないくらいに。強いて言うなら、医学・薬学と言った医療に関連した技術は以前までと大差ないことくらいだろうか。
しかし改めて現状を鑑みると、厳密には異世界転生と言うよりは平行世界転生という表現の方が近いのかも知れない。
異世界というよりも単純にたった一回、歴史のボタンの掛け違え、分かれ道の別の方向へ歩き出しただけなのだ、異世界よりも平行世界のほうがニュアンスとしては近いだろう。
まぁ何が言いたいかと言うと、理想的な異世界転生ではないため、よくネット小説で見るようなチート能力を使った俺TUEEEEEE展開や、現代知識を使った内政チートが出来る訳ではないのである。
こんなことなら一生違和感という表現で終わる人生を過ごしたかったというのは決して間違いではないはずだ。何せ前世と変わっていたのは見た目だけ。頭の出来も周りの環境も全部一緒だ。恐らくこれから先の人生も前世とほとんど変わらない人生を過ごすのだろう。
お気に入り登録していた異世界転生チートもののネット小説を部屋で寝転がって読みながら、そう内心でため息をつく。
飽きもせずに前世と同様に薬学の単科大学に入学し、その入学式後の部活紹介を終えても何も変わらなかった。
違うのは前世では仲良くなるまでにしばらく時間のかかっていた面々と出会う時期ぐらいだろうか。
前世でもお世話になった先輩は果たして存在していた。部活紹介後に部室に立ち寄ると四月だと言うのにこたつでぬくぬくしていた。何人か別の部活の先輩もいる。どうやら部員勧誘は明日以降に行うつもりだったらしく、テレビゲームをしていた。それを見たら急がなくてもいいかなと思い、帰ってきてしまったのである。
「はぁ…何か面白いことないかなぁ…」
誰かに言う訳でもないのに、口から勝手に言葉がついて出る。前世から抱いていた願い、そして叶うにはあまりにも抽象的な願い。
お気に入りのネット小説は読み切ってしまい、今日はやることが何もない。そのため手持ち無沙汰なことこの上ない。
普通なら明日からの大学生活に胸を躍らせて興奮のあまり眠ることが出来なかったりするのだろう。
だけど、私は知っている明日の午前中に健康診断を行い、昼休みに柔道部の強面の先輩に見学を勧められることを。それを振り切るために全く興味のなかった部活の見学に行き、成り行きで入部することを。友人とはそこで別れるが、そこが転換点となり気付けば彼らだけで水泳部に入部することを。
そして、その後も漫然と大学を過ごし、適当に選んだ研究室に所属し、必死に研究活動に打ち込んだ結果、研究で成果を出し、自分には不釣り合いなほど素晴らしい恋人も出来る。
だが、それら全ては自身の引退に際して教授が失言することにより、音もなく一瞬で発破解体されるのだ。
私は研究の世界で生きていく事が出来なくなり、恋人はしおれた菜っ葉みたいになった私を見捨て、失意の中で慌てて始めた就活で失敗を繰り返し、最後に縋り付いた会社で心をすり減らしながら、目的も意味もなく働いていく。
そして最後の瞬間、光に包まれて終わりを悟るのだ。
全ては予定調和なのだ。何一つとして特別なことなど起こることもなく、スケジュールをこなすように淡々と日常を消費するだけ。
なまじ未来を知っているせいで前世よりも面白いことがおこる可能性が低くなっていることが苦痛だ。
きっとここまでの人生が全く同じだったのだ、これからも全く同じだろう。
「何も起こらないんだろうな…」
そう、世界中がひっくり返るような事件でも起こらない限りは。
私がこの世界に転生してきた意味は何だったのだろう。もし神様とやらがいるのなら何を目的としたのだろう。
私には理解も出来ない。今も昔も何一つ変わらない私の世界、
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「あー彼女欲しい。」
「お前なぁ…そんなに言うなら鵜澤で良いじゃん。アイツ、フリーだろ確か。」
吉澤がタバコの火をつけながらボヤいたのを聞いて、ほぼ脊髄反射のように答える。
場所はなんて事ない校舎裏の人気の少ない喫煙所だ。
昨今の健康増進云々の兼ね合いで喫煙所はどんどん減っていっており、ここもそのあおりを食らって来月末には撤去される予定だ。
「冗談言うなよ。アイツってどの男にもめちゃくちゃ距離近いから勘違いさせまくってるけど、告白された事にも気付いてない事ばっかだぜ。」
「マジかよ、こないだのショーヘイの時もまさか気付いてなかったのか?」
「ありゃ可哀想だったよな…『付き合ってください』に対しての回答が『いいよー。で、何買いにいくの?』だぜ?後で本人に冷やかし半分で聞いたら、本気で気付いてなかったぞ。」
「ショーヘイ、しばらく家に籠ったからなぁ…逆に気付いてた事あるのかよ?」
「一回だけあるよ。別のヤツがさっきと同じボケかまされた後に改めて男女の恋人として付き合って欲しいと言い直したらしい。」
吉澤の言葉に思わず身を乗り出して聞き返す。
手元のタバコが既にほとんど灰になっているので灰皿に捨てるのを忘れない。
「ほう、で、結果は?」
「『ごめん、何かの罰ゲーム?』だとさ。否定して本気で好きだって言っても信じない挙句に『冗談はやめろ、からかってるなら怒る、嘘に決まってる』で聞く耳持たずだよ。流石に周りで見ていた女性陣があまりにあまりな剣幕で言い返してる鵜澤を連れ出してなだめたらしい。」
「女性陣っていっつもつるんでる小野澤とか日佐川とかか?アイツら、見た感じは鵜澤と仲は良いけど、そんなに好いてなかったよな?鵜澤が居ないところ結構言いまくってたじゃん。」
「そうだったらしい。だけど、鵜澤が自分への告白を受け入れない理由聞いたら『自分には好きな人が居る』『私みたいな十人並みを可愛いだなんて嘘に決まってる』『男に告白されても嬉しくない』だとさ。」
「嘘だろ…そりゃハーフとしちゃ普通かもしれないが外人補正かかって日本人から見たら美人だっての。挙げ句の果てに男に告白されても嬉しくないって…」
「まっそういうことだろうな。小野澤とかがどんなに言ってもさっきの3つは覆らなかったらしい。それで、アイツらも流石に鵜澤が哀れに思えたのか潜在的敵対派から擁護派に回っちまいやがった。」
吉澤はそこまで言うと残ってたタバコを灰皿にぐりぐりと押し付けて火を消す。
まだ十分に吸える量は残っていたはずだが、彼がこうするのは大抵もう少し話したい時だ。
これは長くなるかもしれない、そう感じて俺も胸ポケットから新しいタバコを出す。
それとほぼ同時に吉澤もタバコを取り出して火をつけるなり、また口を開く。
「まぁここまでは小野澤とかがもらしてた訳じゃねえし、別のヤツらが聞き耳立てて聞いたのを又聞きした話だ。だけどな、ここからは小野澤から直接俺が聞いた話だ。」
「これだけで十分衝撃なのに、まだあるのかよ。」
「まぁそう言うなって。小野澤によるとな、鵜澤は自分のことを男だと思って過ごしているらしい。まぁ髪はいつも伸ばし放題、セットも化粧もしない、男友達には妙に馴れ馴れしくて、女友達にはめちゃくちゃ優しいけどそこまで馴れ馴れしくない。ここだけ切り取ると確かに男と言われても違和感ないレベルだ。」
「おいちょっと待て、アイツいつもスッピンだったのか?!」
「食いつくところそこかよ。まぁ小野澤も本人から聞いて怒りを通り越して呆けたらしい。で、話を戻すが鵜澤はそういう中身だったから、今までの告白はそういう意味で捉えてなかったらしい。まぁそうだよな、俺もお前から付き合ってくれって言われたら、悪い冗談か買い物かタバコだと思う。」
「そりゃ確かにな…そうするとアレか?アイツの距離感近いのは…」
「まっ同性の友達だと思ってるからだろうな。」
「ショーヘイが哀れで仕方ねぇな…ん?そういやさっき好きな人がいるって言ってたよな?それってまさか…」
「小野澤ではねぇぞ。ただ小野澤が俺に話してきた原因もそれでな…誰が好きかは言わなかったらしいが、小野澤はアイツの視線を見てて気付いちまったらしい。それで俺に自分はどうすりゃいいと泣きついてきた。」
「お前に泣きついてきた理由がよく分からんがお前はどう返したんだ?」
「知るか、知らなかったと思え。これしか言えねぇよ。大体、相談してきた理由からして俺の事をゲイだと思ったからだぞ?同性を好きになる人間なら、似たような悩みを持っているんじゃないか?だとさ。」
その言葉に俺はタバコの煙が違うところに入るのを感じてむせ返る。
確かに吉澤はなよなよしたところがあり、一部ではゲイ疑惑が出る程男とつるんでばかりで女を寄せ付けない。
それがまさかこんなことを生み出すとは…世界とはままならないものである。
「勿体ねぇなぁ…鵜澤が自分を男だなんて思ってなきゃもっと色んなことに挑戦出来るのに…」
「そりゃどうしようもねぇさ。俺、鵜澤が調子に乗って酔いつぶれたときに一度途中の駅まで送ったんだがな、そん時にふざけた事をぬかしてやがった。アイツが言うにはアイツは二度目の人生なんだとよ。一度目と何も変わらない人生に何の意味があるのかとぼやいてやがった。」
「二度目の人生って…そっちの趣味の挙句に電波ちゃんかよ…」
「俺もその時はそう思って聞き流してたんだがな。アイツが言ってた事が本当なら、アイツ、一度目の人生で男だったんじゃねぇか?それでああいう中身なんじゃねえのかな?と思ったりもしたのさ。だから俺は男を好きになれないから告白しない。」
「なんだその理由。まぁでもお前のおかげで俺の爆死を逃れられて助かったぜ。」
校舎裏の潰れる直前の喫煙所にふさわしいくらい意味も花もない話だ。
そう思いながら俺は二本目のタバコを灰皿に押し付けて、吉澤に別れを告げる。
吉澤は何かまだ話したそうにしていたが、俺も次の講義の時間が迫っている。
残りの話は今度聞けば良いさ、そう思って喫煙所を後にすると真正面を金糸がウェーブをたなびかせて走る。
その軌跡にはバサバサとプリントをまき散らしながら。
「おい鵜澤、プリントこぼれてるこぼれてる。」
「うぇ?!あーもー!」
俺の言葉に若干黒みがかった金髪に黒目と言う何ともアンバランスな美女が面倒臭そうに後ろを振り返り、髪の毛をぐしゃぐしゃと乱暴にかきむしる。
その姿を見て、さっきの吉澤の話が本当にせよ嘘にせよ、コイツと付き合うのはないな、と思ってしまった。
さっきの話のせいもあるのだろうが、どこをどう見てもものぐさな男子大学生にしかみえなくなってきたのだから。
「ちょっ!出貫も手伝ってよ!!もー!絶対遅刻するわ!!」
「講義遅れるなよー。」
後ろから聞こえてくる動物の咆哮じみた絶叫に俺はヒラヒラと手を振って返事する。
きっと彼女が二度目の人生だろうと電波ちゃんだろうと、以前も似たような事をしながら生活していたのだろうなというのだけは想像出来た。
初めて小説らしきものを書き散らしました。プロットとか考えてみたのですが、自分が何をかきたかったのか…どんどん分からなくなっていきますね。