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魔王を屠る

 四天王とその+αを殺し、世界の果てに魔王の元へと続く道が現れた。


 魔王の(たもと)に向いた天へと向かう光の道の前、長い葉の雑草が広がる丘には勇者の姿があった。


「アハハッ! やっぱり触れるだけで死ぬ。アハハハ! おうわっ! 上ってきた! なんだよ、このお守りが気になるのか? 魔王のところに行くって言ったら美人さんに貰ったんだ。良いだろう。香袋になっててな落ち着いて戦えるようにってな。ま、蟻に話しても……って、んだもう! 鬱陶しい! こんの野郎! そんだけ気になるのならお守りの中に入れて閉じ込めてやんぞ! おぉ、なんだ、おい! どんどん入るな!」


 そんなことをしていた少し後、準備が終わった勇者は魔王の元へ歩き出した。


 ○  ○  ○


「我輩の元へたどり着くとは、さすがは勇者と言われるだけはある」


 優雅な口調で魅了されそうな声で話す魔王。顔の辺りは影に包まれてうかがい知れないが、その姿を視界に入れているだけで引き込まれる。


「それは嬉しいことで。でもな、俺からすると魔王のあんた以上に蟻が厄介なんだよな。なんかすまないね、さすが魔王みたいなこと言えなくて。あいつらダガ―に触れて勝手に死んでくれちゃうんだから」


 魔王は侮辱と受け取ったようだ。奥底の恐ろしさを掘り起こすようなオーラを発している。


「我輩を蟻と見なすか。塵芥の分際で」


 部屋の奥に進みながら勇者は言葉を交わすのを楽しんでいるように笑った。


「言っとくけど、その塵芥に今からあんたは殺されるんだ。今まで死ぬ瞬間の感覚なんて感じたことは無いだろうから楽しみにしとけ」


「戯言を。我輩に触ることなど貴様にできようか。触れたところで無意味だがな」


 勇者は不思議そうに首を傾げて「触れても無意味?」「触れても……無意味」「触れても無意味……ねぇ」と反芻するように言葉繰り返す。


 そして、魔王を見た。


「あんた、ていうかあんたらはお互いに連絡とか取り合わないのか?」


 魔王は笑った。


「面白いことを聞く。そんなことする意味があるのか?」


 勇者は答えた。


「無くはないだろ」


 魔王はカッ、カッと意思の床を踏み鳴らし勇者に近づいた。影から現れた顔には不気味に妖艶な笑顔が張り付けられていた。


「もう一度言う。お互いに情報を共有することに……」


 魔王の全身が影の中から現れる。


 勇者は直観に任せてダガ―を突き立てる。勇者は今までの戦闘経験で弱点を直観的に割り出すことが出来るようになっていたのだ。


 だが、魔王は張り付けられている笑みを見せつけるように勇者を見て言う。


「……何の意味がある?」


 勇者は驚きに声を上げた。


「……な、効いてないのか……グフッ」


 魔王には確実にダガーは刺さっている。刺した隙間からは銀色の光が漏れていて確実にダガーの能力も発動している。だが、魔王はピンピンしていた。


「無様だな勇者よ。会話途中不意を着いた気になっていたようだが、一撃必殺のダガーを使った貴様お得意の手段は我輩には効かないぞ。我輩は知っているからな」


 魔王は見下げて話す。


「我輩は共有しない。だが、一方通行に情報は入ってくる。我が子たちからな。だが、その我輩を慕う我が子たちも我輩にとってはトカゲのしっぽのようなものだ。まあ、トカゲとは用途が違うがな。それに、教育するよりも新たな知識を宿して生み出した方が早い」


「グフッ……なんだ? さっきから息が苦し……カハッ」


 勇者は魔王にダガ―を刺したままの状態でいた。それはこの苦しさのせいだった。動こうにも体の自由が効かった。


 魔王は確信していた。


「言い忘れていたが貴様に勝利は無いぞ勇者よ。我輩に弱点は無い。弱点を持っているのもまた一興かと思っていたが、このような武器があるとはな。我輩も無知だった」


 魔王はダガ―を握る勇者の体を誇りを払うように軽く吹き飛ばした。勇者は人形のように四肢を遊ばせながら転がり、うつ伏せで地に伏した。


 ダガーは突き立てた場所に刺さったままだ。


「自ら時空を歪め我輩は我輩の弱点を消滅させた。貴様に我輩は殺せない。残念だったな勇者よ」


 魔王は爽快な気分だ。こういう人間がいるから魔王をしている価値がある。魔王は内心で嗤った。


 みじめに転がっている勇者に向かってわざとらしく魔王は言った。


「言い忘れていたが先ほど貴様が刺した部分はちゃんと弱点だ。我輩が弱点として生み出し、呪いを貴様にかけるために貴様に殺させた。今頃は数多の苦しみに苛まれている。そうだろう勇者よ。幻術の類だが時間が経過するとともにその苦しみは本物になるぞ。ハッハッハ! 嗚呼、愉快だ」


「んぁぁぁ! いいいいいい! グ、グゥ……ン! ン! ン!」


 転がることもできずに勇者は唸った。


 魔王は悦に浸っていた。


「もがくな、もがくな。……そうだ、一ついいことを教えてやろう。その呪いは我輩が死ぬまで解けることはない。言い換えると我輩が死ねば解呪される。まあ、我輩は死なないのだがな。ハッハッハッハ!」


 叫び声だ。どんな怪物にも負けない気迫と根性が込められた声が魔王以外の全てを揺らした。


「はぁ、はぁ、はぁ……少し……な、慣れ、れたぞ」


 魔王は興味深そうに勇者を見て「ほう」と言った。


「さすがは勇者と言ったところか。だが、まともに動くことはできまい」


 魔王の言うとおりだった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 魔王はうつ伏せの勇者を足で仰向けにする。


 魔王は自分の腹に手を当てた。すると弱点らしき見た目の赤黒い目は魔王から剥がれた。


「貴様が殺した弱点だ。何か分かるか?」


 それはタコだった。その姿は気色が悪いもので、タコの目の間を中心として足の先から腹までの全身で睨み殺されるような眼光を持つ目に見えるようになっていた。


「フッ、言葉も発せぬか」


 魔王はタコの目の間に刺さっていたダガーを抜き取る。手に残っていたタコの死体は手の平で吸収された。


 勇者はダガーを握る魔王を見て首を横に振った。


「あん、たには、それを使い、使いこなせない」


 魔王はダガーを力が籠めやすいような握り方にした。


「戯言を。この武器は吾輩に素直に従っている。そも、我輩にはそういう力もある。聖剣だろうと何だろうと使いこなせるのだ」


「……クッ」


「そうだ。苦しんでおけ勇者よ。わざわざくだらない戯言で時間稼ぎをしても苦しむ時間が長くなるだけだ。だがその威勢、我輩が認めてやる。貴様は危険だ。だからこそ我輩が直々に一撃必殺の貴様の武器で殺してやる」


「……ぬぅぅぅ」


 勇者は心臓を守る様に胸に右手を重ねた。


 魔王は醜悪な笑みを浮かべると狙って右手にに向けて刃を突き立てた。


 ダガ―は皮膚を突き破る。血が湧き出した。


 肉を掻き分けてダガーは進み。骨をギリギリと押し除けながら手を貫通した。



 ――ザグッ



 そして、胸に突き立てられた。




 ……




 …………




 ……………………




「グフッ」


 その声は……


「……クッ……うぐっ、うぅぅぅううううう……グアアアアア……貴様何をした! 勇者ぁ! 我輩に何をしたぁぁぁぁ!」


 魔王のものだった。


 ダガーは勇者の手の甲を突き抜け胸の奥にまで到達しているように見えた。


 だが、魔王に答える声がある。勇者だった。その身体にヒビが入っている様子はない。


「あんたは馬鹿なのか? あんたからすると俺は死んだはずだろ。それなのになんで話しかけるんだ? ……なんてどうでもいいことは良いか。そして一つ言っとくが、俺は何もしてないよ」


 勇者は左手でダガーを握り右手を貫いたまま胸から抜いた。その胸には穴が開いていたがギリギリ届いていなかったようだ。


 勇者は胸元で右手を庇うようにしながら立ち上がった。


 よろよろとしてまっすぐに立つことはできていなかったが、嘲笑うような顔で魔王を見ていた。


「たく、手ごと刺すなら骨の隙間を狙ってくれよ。すっげー痛かった。……ま、そのおかげで俺の弱点に届く前に止まったし、別の弱点に誘導もできた……って、あれ?」


 勇者は首を傾げた。


 魔王が更に驚きふためく姿が見たかったが、声が聞こえない。


 それに、先ほどまで全身に纏わりついていた苦しみも無くなっていた。


 勇者は魔王を見る。それ堂々たる立ち姿だった。


 勇者は右足で魔王を蹴った。


 ――バタン


「…………」


 魔王からの応答はなかった。


「あれ? 死んでる。あららぁ、魔王の最後がこんなショック死なんて……随分と無様というかがっかりと言うか……やっぱり無様か」


 勇者は軽く溜息を吐いた。ネタバラシで驚く姿が見たかったと肩を落とすが「あ、ショック死するほどだもんな。多少耐えられたところで会話話できないか」とまた溜息を吐いた。


 勇者は魔王に目を向けた。


「魔王よ。死体のあんたに話しかけるのも馬鹿馬鹿しいが、何が起こったのか冥途の土産にくれてやるよ」


 勇者は胸からお守りとして持っていた香袋を取り出した。


「結果論だが、俺もアンタと同じように本体とは別の弱点を装備してたんだよ」


 その袋には穴が開いていた。そこからは蟻の死骸がぽろぽろと零れ落ちてきた。


「そんで、言ってなかったがこの武器にはもう一つの力があってだな「殺すたび使用者には殺した相手の痛みがそのまま返ってくる。そんで殺した数だけ痛みは蓄積されて、次殺した時に今まで積み重なった痛みがまとめて返ってくる」ってやつなんだ」


 能力説明したところで勇者は右手に刺さっているままのダガーを見て身振るいした。


 今このダガーを使えば大体の奴はショック死するほどの痛みが蓄積されている。


 そんなものをよく自分が耐えられるのかと今になって震えが出てきたのだ。


「四天王のカノンを殺した時は驚いたよ。何十……いや何百か? 急に痛みが加算されたからな。さすがの俺も気を失ったよ。まあでも、それで力には限界があるのが分かったんだ。あの能力が無限大じゃなくてよかったよ。それならさすがに俺でも死んでた」


 想像なんてしたくもないな、と勇者は頭を振った。


 憐れむような眼で魔王を見た。


「でもあんたの限界は間違いなくそれ以上だろ。もしかしたら無限大の多数になれたのかもな。でも、それが仇になったみたいだな」


 勇者が見るのは目の前にいる今の魔王だけではない。幾つもの時間に存在する魔王を頭の中に浮かべていた。


 勇者は魔王をもう一度蹴飛ばして確かめた。


「ちゃんとあんたは死んでる。てことは、今まで蓄積されて痛みを今だけじゃなくすべての次元で受けたんだろ。一つの存在でもあるのに重なる次元にも存在できたから結果痛みを普通の何倍も受けることになったんだな」


 勇者は不憫だったなと考えながら魔王に微笑みかけた。


「普通に殺せばあんたの勝ちだったし、こっちが殺せても俺は死んだだろうから引き分けだった。ま、一瞬でも痛みに耐えていたみたいだからやっぱり魔王は魔王だな。末恐ろしいよ」


 勇者は右手のダガーを引き抜いた。


 骨が擦れ、肉が抉れ、神経が擦り切れた。血は止めどなくボタボタト溢れて止まらないが、気にする様子もなく勇者は倒れている魔王の横に回った。


「てことで土産はこんなもんだな。このダガーもあんたにやるよ。てか、こうした方が都合いいんだ」


 勇者は左手で魔王の胸倉に深々とダガーを差し込んだ。


 このダガーはもう並みの力では抜けない。そう確信できるほど深々と差し込んだ。


「これで俺の役目は終わりだ」


 勇者は血の溢れる右手を包帯で巻きながらぶつぶつと口を動かし、天井で見えない天を仰ぐ。


「邪神様よぉ~見てんだろぉ。終わったんだからダガ―を回収しに来ないのか? 死んだことを確認した時点で来ないならやっぱり来ないよな……まあ、そういう後始末をしっかりしないから邪の神なんだろうけど。はぁ……魔王にちょこっとボコされたからってムキになりすぎだ」


 勇者は魔王に刺さっているダガーを見て苦い顔になる。


 魔王の胸に刺さっているダガーとはちょっと苦い思い出があったらしい。


「あのダガー、強度を試してみようとしてみたんだけど、何をやってもどうしてもどうにもこうにも壊れなかったんだよな。そのせいで随分な金額を請求されたんだよな。「うちのカッター全部だめにしてやってからに!」って言われたのは怖かった。俺も邪神さんに処理できるように言えばよかったかぁ……考えなしだったな。これからはもっとものを考えて生きてこう」


 これからの生き方を決心したところで右手の止血が終わった。


 勇者は魔王の部屋を後にしようと一歩踏み出す。


「あのダガーは魔王を封印した武器だという事に……へっ?」


 足に力が入らなかった。


 勇者は平衡感覚が崩壊するような感覚に襲われ、めまいが起こり世界が回った。


「ああ、血ぃ流しすぎたか……さっそく考えなしだな。それに苦しみ、主に痛みか……慣れ過ぎてもあんま良くないなぁ」


 薄れ行く意識の中で勇者は見る。魔王の部屋に入ってくる人たちの姿を。


「天使か? 随分と綺麗な人だなぁ」


 勇者はその中の一人を天使か何かと勘違いしているようだ。


 一人目に入ってきた勘違いされた女、略して勘違い女は倒れている勇者の肩を抱き起こし揺さぶった。


「大丈夫! ねぇ! ねぇ! 返事しなさいよ! 返事してよ! ねぇ!」


「おい勇者! そんな男にかまうな! ただの蛮勇を振るった馬鹿だろ。目の前には魔王が……」


 二人目に入ってきた大柄でガタイのいい男は、女の事を「勇者」と呼び暗い影の部屋の奥に構える。


 そして、三人目四人目と部屋に突入。同じく構えた。


 何もいない部屋の奥に向かって敵意を向けるのは計五人の男女。


 勘違い女は息を吐き勇者を揺さぶるのを止める。潤んだ目で彼らを見た。


「アタシのパーティに入っているのにあなた達の目は節穴なのね。魔王は……死んでるわよ」


 彼女の言い分に彼らは目を見開いて、二人を残し三人は部屋の奥に向かった。その行動に迷いが無く、彼女の言葉を心から信用しているのが分かる動きだ。


 「勇者」と呼ばれた勘違い女は肩を抱いている勇者に目を向けた。


「多分、この男のおかげで……アタシ達なのに……アタシ達が、アタシ達だけが命懸けで戦うはずだったのに……アタシ達だけでよかったのに……あの魔王を、一人でなんて……あの草を結んだつまんない罠もあんたの仕業ね……アタシのパーティーアホなのも入ってるから時間食われて……なんでそんなこと……意味分かんない!」


 勘違い女もとい女勇者は安らかに目を閉じていた勇者の唇に自分の唇を重ねた。


 警戒体制の残っていた二人はその行動にまたもや目を見開く。


 こいつらのリアクション方法は目を見開くしか存在しないのかというツッコミ待ちなのか、その目はとんでもなく開かれていた。


 そんな様子を気にすることは無く女勇者は接吻を続けた。次第に彼女には光が集まり、その光は意識のない勇者に注ぎ込まれた。


 勇者の体が少しの光に包まれ、女勇者は口を離した。


「……あんただったのね。勇者の偽物を名乗ってたのは。勝手なことされて勝手に死ぬなんて許さないから」


 女勇者がしたのは加護の譲渡。自分がもらい受けた女神の加護の一部を勇者に譲渡したのだ。


 この女勇者は魔王の討伐の後、国の王子の妻に迎え入れられることになっておりその時に加護の譲渡をすることになっていた。


 加護の譲渡とは、した者とされた者に女神の力で(えにし)が繋がれるというものである。


 その縁というのは、幸運と呼ばれるものに始まる数多の(さち)を呼び寄せるものだ。


 女神には「加護を与える相手は自分で決めた相手に」と言われており、女勇者は国の繁栄のため妻に迎えられるのを受け入れていたのだが……


「女神さまから魔王討伐の力を授かると同時に貰ったの。危険な運命に向かう対価として加護をね。お味のほどはどう? 偽勇者さん」


 魔王を倒すのに間に合わなかった自分への怒り。裏でほくそ笑んでいるであろう、だが見ないふりをしていたはずの利用としてくる国への怒り。その他もろもろ合わさって……


「お、こわ…………はい、大変、美味です」


 勇者を名乗っていた男を生き永らえさせ、思いつく限りの嫌がらせをする事にした。


 勇者もとい偽勇者は恐る恐る女勇者に話しかけた。


「あの……俺を怖い顔で見てくる大変美味な美人さん」


 ご乱心な女勇者は応えた。


「はい、大変な美味な私に何の用ですか?」


「あんたのにおい袋が、最後の決め手になったんだ。ありがとうな。あんたが居なけりゃ魔王は倒せなかった」


「あ、そう。あなたが馬鹿な事を言っていたから冷静になる香りのする香りを仕込んでいたのに、意味がなかったようね」


「……そうだったのか。でも、蟻たちは随分と冷静さを欠いていたような……」


 偽勇者はボソッと呟いた。


「……蟻?」


 勇者と付くものは地獄耳なのか女勇者は聞き返し、偽勇者を睨んだ。


「いえ、こっちの話です」


 女勇者は突然偽勇者の腕をつかみ引っ張った。


 偽勇者は加護のおかげで回復していたようだ。


 女勇者は言った。


「行くわよ」


「へっ、どこへ?」


 女勇者は不思議そうな顔をした。


「遊びによ。もうやることないんだし。あ、そうだ。私のパーティーも今日の今で解散よ。自由に生きなさい。それと、妻に迎えられる話は無くなったって言っておいてくれる? 一度しかできない加護の譲渡もやっちゃったし。てことで……じゃ、さようなら」


 そうして偽勇者は女勇者との二人旅に。


 正確には女勇者の腹いせの旅に付き合わされるのでした。

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