五人目を屠る
天を割るように聳える頑強な砦。ここには四天王最後の一人が待っていた。
勇者は単身突入した。階ごとに待ち構える魔物を一撃で屠りながら最上階へとたどり着く。
階段の先には高さが三メートルほどの両開きの扉。
最上階にはこの一部屋しかないようだ。と、そんなことを思いながら勇者はその扉に触れる。
すると、ひとりでに扉が開いた。
扉の中はとても広い。
見通しの良すぎるその部屋に特に臆することなく、躊躇することなく、またその心も平安なまま勇者は足を踏み入れた。
奥の壁、その面全をカンバスにして巨大な絵画が描かれ、中心の辺りには仁王立ちしている像が見えた。
像の背後には光を殆ど吸収している真っ黒な玉が浮き、その周りにはその黒さと対比するかのように神々しい光の槍が玉に切っ先を向けて囲んでいた。
像が動いた。
目を見開き勇者を見ると、瞳孔を開いた赤々とする双眸で勇者を睨んだ。
「とうとう来たか勇者よ。我が名は魔王軍が四天王アウトナンバー五人目のラ=ベスド=カノン様だ。お前の旅もこれが最後になるだろう」
像に見えていたのは最後の四天王。
だが、勇者は部屋に入る時と同じく臆する様子はない。
「あ~これも五回目かぁ。あんたら四天王は何でこう、なんというか……ひねりが無いんだ? 名乗り以外の文言がさ、一文一句イントネーションから全く同じなんだよ。四天王って言うんだからさ、もっとキャラクター出してけよ……あ、四天王なのに五人目なのがツッコミどころか」
四天王五人目のカノンは腕を組み、その右の手を自分の顔に重る。
そして、勇者に悟られぬように呟いた。
「敵をを迎える時の文句が被っているのは仕方ないのだ。四天王五人で考えて決めたんだ。台詞を順に決めても、誰の砦から攻められるのかが分からないのだから尚更だ」
「ん、何か言ったか?」
反応した勇者に内心驚いた。だが、驚くだけで焦りはなかった。
それはカノンが絶対的な自信を持っているのが故。何をされてもカノン自身敗北は無いと自負していた。
だからこそ、カノンは勇者からすれば絶望であろうカノン自身の自負を叩きつける。
「ふっ、我がアウトナンバーなのは、我が初代の四天王でもあるからだ。時代ごとの我は一人であり、また多数である。われは重なる事象に存在し、今の我が殺されてもコンマ一秒先の時に存在する我は生きている。多数でありまた個の我はこの力を利用し、時の復元力によって死ぬことは無い」
どうだ絶望は、と勇者を睨むカノン。だが、勇者の口調は一向に変わる様子はなかった。
不審に思うものの「理解が追い付かんのか」と、内心で嘲笑った。
勇者はキョトンとした顔で息を吐いた。
「無視かい。まあいいや。でもそんな力を持っているなら何であんたは魔王になっていないんだ?」
カノンは薄気味悪く嗤った。
「魔王様はわれらの父であり母。魔王軍の全ては魔王様から生まれたもの。それこそが理由だ。勇者ならこれで理解できるだろう」
「てことは、魔王はあんたら四天王やら他の魔人とかの力を持ってるってことか」
「そう、いかにもその通りだ勇者よ。分かるだろう魔王様に敵う生物なんてものは存在しない。いや神でさえ敵わないだろう。この世に敵う者など存在しない! 魔王様は無敵! 痛みの一つも感じたことは無いだろう」
カノンの語り口調は熱くなり、部屋の奥に向かって拳を掲げていた。
向けた先には巨大な絵画。それは魔王の姿を描いたものなのだろうと勇者は思った。
「ふ~ん。そうか。それならさ、軍を作っていろんな生き物やら俺たち人間やらに意地悪するのは単なる暇つぶしだったりするのか? …………てかさ、そう考えるならあんたらも使い捨てにするために作られたものみたいに俺は感じるんだけど」
カノンは横顔だけを勇者に向け、口角を上げた。
その顔に不愉快な感情は一切感じられなかった。むしろその表情から感じるのは喜びだった。
「そうだ、どちらもその通り。魔王様に使われるのならば、我らにそれ以上の幸福は無い。さて、御託はここまでだ勇者よ……」
喜びに塗れた顔を臨戦体制へと徐々に変えながらカノンは振り向こうと動き始め……
――油断……大敵っ! ダァァァ!
――ッ……クッ、ゴハッ!
……た瞬間に、勇者はダガーを抜いて真っ黒な玉に深々と突き刺していた。
さらに深くへと力を込めながら勇者は言う。
「敵に背を向けるなんて、弱点が弱点の意味を成さないあんたらしい弱点だな。だが、無防備すぎだ。俺からすればな」
「俺からすれば、だと。世迷言を……だが、無意味だ。何をしようと、何をされようと我は死な……!」
カノンは違和感を感じた。普通ならダメージを受けたと同時に来るはずの次元が歪む感覚が訪れない。
それに、痛みもあった。殆ど感じたことないもの、感じても一瞬だけだったものだ。カノンは改めて痛覚が存在を認めさせられた。
カノンにとってこれらの事は異常だ。加えて、カノンが感じている異常はもう一つ。現在進行形で痛みが全身を走っていることだ。
肉体を砕かんとするその痛みはダガーを差し込まれた場所から広がっている。他ならぬカノンの弱点から。
勇者は混乱の只中にいるカノンを見て口角を歪ませる。
「ああ、分かってるさ。ラ=ベスド=カノン。お前は死なないんだろ。時間の復元力のおかげでむしろ死ねない存在だ」
勇者はカノンを嘲笑い、嘲笑するようにカノンに笑いかけた。
「だからあんたの冥途に土産として『死』を俺からのプレゼントにするよ」
「……勇者…………勇者あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ラ=ベスド=カノンは叫び、喚き、咆哮した。
勇者は刺さっているダガーを一度強引に動かす。そして力任せに抜いた。
弱点に残ったダガーのヒビは唐突にカノンの全身に広がる。そのヒビからは銀色の光が溢れ出した。
「なぁカノンさんよ、もう一つ冥途の土産をくれてやる。俺の持つこのダガ―は『相手の弱点に突き立てると必ず殺すことが出来る』つまり一撃必殺の武器なんだ。さすがボスキャラだけあってあんたの弱点は分かりやすかったよ。まあ、四天王のデザインは似たような感じだったのもあるか。魔王が手抜きでもしたのかね」
勇者はダガ―を納刀した。
その時カノンの叫び声が何重にも重なり、次元を揺らがさんばかりの咆哮として部屋中に響く。
その声と同時にカノンはヒビの通りに砕け砂のように散り、その身体があった場所には靄のように銀色の光を残した。
「うるせッ……でも、ハハッ! タイミングばっちり決まった。……でも、すげーよなこの武器。今のあんた……俺と同じ時間にいるあんたをを殺すために時間ごと存在しているあんた全員を殺したんだからさ」
銀色の靄は風が吹いてもいないのに流れ出してダガーの元へ集まる。その靄はダガーに吸われていた。
――バタン
何も残らず完全に靄が消えたその瞬間、勇者は気を失い重力のまま床に叩き付けられていた。




