異世界転移?そんなことより俺はコンビニに行きたい!
目の前で自称カミサマが土下座している。
何でも、寝ぼけて天罰を落としたら俺に当たってしまったらしい。
その日は、週の始まりだった。
毎週楽しみにしている週間漫画雑誌を読むために、コンビニへと向かっていたところ、何か眩しいモノに包まれたような気がしたらここに居て、いきなり土下座からの言い訳がスタートした。
「あの、そういうのはいいんで早く戻してくれまくれませんか?」
「すまんが無理じゃ」
思わず土下座していたカミサマの顔を蹴り上げた。
ブフォッ!
鼻血を流しながらひっくり返ったカミサマが信じられぬものを見るような目で、こっちを見ていた。
「ま、待て。元世界に戻すことは出来んが別の世界になら生き返らせることが出来るんじゃ。」
「だから、そういうのは要らないって言ってるのが分からないかな、このじじいは!」
もう一度顔面を蹴る為に足に力を入れる。
「チートな力も付けてやるし、あっちの世界でウハウハな毎日を送ることもできるぞ。」
「わからんじじいだな、いいか!
天罰とやらを起こす前に俺を戻せ!この一択しかお前にはないんだって、そろそろわかれよ!」
「だからそれは無理なん」
無理と聞こえた時には、足を振り抜いていたのだがその蹴りは自称カミサマに当たることは無かった。
「おかしいのぉ」
土下座していたはずのカミサマが、目の前から消えたかと思うと数メートル先に王様が座ってそうな煌びやかな椅子にふんぞり返って座っている自称カミサマが居たのだった。
「お主、精神耐性が高すぎるようじゃの。
まさかワシの力でもすんなりと事が運ばんとはのぉ」
「あ?どういうことだ?」
「なに、先程のやり取りはお主の様にここに呼んできた者たちを気持ちよく別の世界に送る為のマニュアルに沿って見せた幻じゃ」
「何が言いたい?」
「察しが悪いな、つまりはお前が異世界に行くことは決定事項と言う事じゃ。
それとな、ワシのせいで死んだのではなくただ単に雷が落ちた所にお主が居っただけの事じゃ。誰のせいでもない…しいて言うならお前の運が悪かっただけじゃ」
「なっ!」
「それでの、そんな運の悪いお前の魂を面白半分で別の世界に渡したらどうなるかなっと思って連れてきただけの事じゃ」
「そんな、それじゃあもう一生漫画が読めないってことじゃないか」
「え?そこなの?」
「それ以外何が有るっていうんだ?」
「いや、家族とか友人とか、後は…彼女とか?」
「バカか?漫画一択だろよく考えろよ!」
「いや、バカはお前じゃろ!!」
「いいから座れ、いや最初から座っていたな!じゃぁ聞け!」
そこから4時間ほど漫画について語ってやった。
最後には「もう分かったから話を進めさせてくれ」と泣きついてくるまで続けてやった。
「それで、お主を送ることになる世界は分かりやすく言うと剣と魔法のファンタジーな世界じゃ」
「何だよ、代わり映えしねぇな」
「なんじゃ、魔法とか使ってみたくはないのか?」
「ソレは…ちょっと魅力だな」
「そうじゃろ、そうじゃろ。それでは、お楽しみの能力選択じゃ。
どんなものがいいか言ってみよ」
「異世界転移魔法一択だな」
「ソレは無理じゃ」
「どうしてもか?」
「そもそも、なぜそれを選ぶ?」
「そんなの、元の生活に戻って漫画を読むために決まってるだろ?」
「やっぱり漫画か」
「それ以外に何が有る?」
「他にもあるじゃろ、折角のファンタジーじゃぞ?
ドラゴンと戦ってみるとか魔法で空を飛ぶとかいろいろ夢が広がらんか?」
「いや、まだ終わってない漫画の続きを読むまで俺は死ねない」
「本当にお主は…」
「どうしても無理か?例えば制限を設けて一時的に地球に戻るようなことも出来ないっていうのか?」
「ふむ、そうさのぉ。
他に取得できる能力を全部捨てて週に1日だけ地球に戻ることが出来るくらいがせいぜいと言った所じゃな」
「なんだ、出来るんなら最初から言えよじじい」
「なっ!じじいとはなんじゃじじいとは!!」
「そういうのはいいからさっさとその力をくれって」
「ぐぬぬぬぬぬ!神に向かって先ほどから無礼極まりないぞ!」
「だから、あんたが神だろうと通りすがりのオッサンだろうとどうでもいいの。
さっさと力を授けてあっちの世界に送りなさいよ。
そうしたら貰った力で地球に帰って漫画雑誌読んでくるから」
「わかったわかった。
お前とこれ以上話しても無駄じゃらろうからこのまま送らさせてもらうぞ」
自称カミサマがそういうと俺の足元に魔法陣の様なものが現れて徐々に浮き上がり体を通過しながら上へと昇ってく。
魔法陣が通り過ぎた所から体が消えていく、多分向こうに送られているのだろう。
頭の天辺まで光が行ったであろうタイミングで別の場所へと転移が完了したようだ。
「おぉ、よくぞ呼びかけに答えてくれました、勇者様。
私は、聖マルコーネ王国の第2王女シル…」
「そういうの要らないんで失礼します」
「へ?待て、待つのじゃ~!」
何処かの世界の王女が喋っているのを遮り早速転移魔法を発動させる。
転移先は、自宅だ。
「どこじゃ、ここは?」
「はぁ~、付いてきちゃったんですか」
飛びつかれたせいで一緒に転移してきてしまった王女には、ため息しか出ない。
今頃お城では大騒ぎしてそうだな。
そんな事よりも俺は漫画を読みに行かねばならないのだ。
私も連れて行けと騒ぐ王女に一押しの漫画1巻を渡して読み方の手ほどきをしてやると、静かに読みだしたので本棚の本は好きに読んでいいと伝えて家を出る。
向かった先は、いつものコンビニだ。
雑誌を手に取り立ち読みを開始する。
1時間ほどかけてじっくりと読み終えるとジュースを2本買って家へと戻る。
部屋の戸を開けると王女が本棚の前に立ち渡した漫画の10巻を読んでいた。
如何やらあれからずっと読んでいたようだ。
「ただいま」
「……」
王女は、一瞬視線をこちらに向けるとすぐに視線を戻した。
どうやら完全にハマってしまったようだ。
俺は買ってきたジュースを1本渡して、自分の物を片手に台所へと向かった。
冷蔵庫の中に有った数少ない食材を使い適当に炒めモノとスープを作り王女を呼び昼ごはんにする。
「素晴らしいですわね!漫画と言う文化は!」
食事を終えて人心地ついたあと王女は興奮気味に漫画ついて語りだした。
4割くらいを聞き流しながら相槌を打つこと小一時間、要約すると漫画文化を彼方の世界でも広めたいとのことだ。
勇者召喚する必要がある案件についてはいいのであろうか?
まぁ、聞いたところでどうにか出来るとは思えない。
なにせこの力以外は、何も持っていないのだから。
それでも触れているモノについては彼方と此方のモノを行き来できるというのは凄いことかもしれない。
幸い一人暮らしなので荷物は少ない一月欠けて荷物を彼方に持って行ったあと部屋を引き払えば特に此方でお金がかかることもないだろう。
荷物をまとめて箱に詰めて引っ越しの準備を始める。
ここには2年くらい住んでいたが、こんなに早くこの場所を離れるとは思わなかった。
まして移転先が異世界になるなんて思ってもみなかった。
あと一応自分のニュースが流れていないか確認したが特にそう言ったものもなく、実家に電話しても何かあったかと聞かれる始末だった。
家族には仕事の関係で毎週月曜しか連絡が取れなくなったと伝え、明らかに怪しまれたが別に法に触れるようなことはしないから安心してくれと言って強引に電話を切った。
職場へは一身上の都合でやめさせて頂くことを伝えた。
幸い抱えている仕事もなく業績不振による退職希望者の募集もあってか、あっさりとその日のうちに辞めることができた。
こうしてみるとこちらの世界への未練って漫画くらいしかなかったことに気が付く。
何とかあっちでは安全に暮らして週一回の漫画ライフを謳歌していきたいと心から願いつつ段ボールを抱えながら王女に抱き付かれて転移魔法で戻ることとなった
。
戻ってからは大変だった。
王女が攫われたと騒ぎになって城の中はかなり荒れていた。
そんなところに、王女が抱き着き段ボールを抱えた状態で帰還した俺は、槍を突きつけられてそのまま牢屋に入れられそうになったところで、何とか王女に助けられて事なきを得た。
此方の世界に来てから既に十数年が経った。
此方で生きていくことを覚悟した後は、城の一室を与えられてひたすらに漫画を読むという生活が待っていた。
王女の漫画愛の暴走により集められた絵描きたちによって書かれた漫画を編集者的な立場で読みながら助言をしてより良い作品にしていくのがこの世界での仕事だ。
印刷技術や植物産の製紙技術のないこの世界の為に、戻った時にはその手の専門書を買い漁って持ってくる。
そうして地球で数百年掛かった技術の発展をたった数年で遂げてしまったこの世界でも歪な成長を見せる聖マルコーネ王国は、世界屈指の漫画大国になっていた。
中でも人気なのが、この世界では一週遅れで発行される地球産某有名週刊誌だ。
俺が毎週買って帰ってくる週刊誌にハマった王族たちが、著作権なんか気にせずコピーして大々的に売り出してしまったことが切っ掛けで瞬く間に広り、危うくこの世界で出来つつあった漫画文化を食い尽くしてしまうのではないかと言うほどの広がり具合に一時、発行が取りやめられて読者が暴徒化しそうになったのは懐かしい思い出だ。
明らかに途中からの話ばかりなのに付いてくる読者たちに某有名週刊誌の凄さを見せつけられた。
ついでに言うと漫画の題材になっていたスポーツがこちらでも流行り出したことは言うまでもない。
ただスポーツ漫画の中でもトンでもネタな感じの必殺技が、魔法をもとに再現されてしまいもはや元のスポーツを冒涜してるんじゃないかともとれる様相を呈してきてはいるのが問題だ。
そうそう、元々この世界に呼ばれる原因となった魔国の存在も元首である魔王へ信書として送った俺のイチ押し漫画のお陰で今ではすっかりオタク友達になってしまった。
そんな事もあり召喚されてからは、なんとか大きな戦いもなく戦争の火種も小さくなりお互いの文化交流が進んでいく中で、漫画外交により聖マルコーネ王国と魔国が姉妹国となり、そして紆余曲折があって魔国産の漫画雑誌デビルーンが発行されてからは、徐々に魔族文化も人族側に浸透していき今まで有った魔族=悪みたいな考え方が薄れてきている。
こうして俺は、安全に漫画を読める環境をこの世界で手に入れたのであった。
王女が漫画愛の暴走により腐女子化してしまい王様に泣き付かれるのは、…また別の話。
お読みいただきありがとうございました。
神様のミスで、死んで異世界に行くことになった割にすんなり受け入れる主人公というテンプレ的展開に、何か神様側から「怒れない」「許す」「異世界に思いを馳せる」的な精神操作されてるのでは?
そんな妄想から作って見ました。
実際、読みかけの漫画が完結するまでは死にたくはないですね。
とか言いながら、新しいモノにも手を出してると不老不死になるしかないわけですが。




