愛に近く、恋には遠い。
私――まりこは久しぶりに学生時代の一人の友達とランチをしていた。
女二人が集まれば、食事より会話がメインになることは当然である。
初めはお互いの近況を報告しあって、今は仕事または仕事場の愚痴に変わっていた。二〇代後半の女性としては恋バナもあってもいいものだが、現在独身彼氏なしであるため、わざと触れないでいた。
友達はだいぶんストレスが溜まっていたらしく話が止まらない。私は自分の話はあきらめて聞き役に徹していた。
「もー、あの子仕事もまともにできないのに、男あさりは一人前にするのだからーーー」
後輩にかなり不満があるらしい。私も職場にも似たような同僚がいるから、共感してしまう。
「で、男性社員が庇うのよ。その子を。まるでわたしがいじめているように思われているのよ。わたしは指導しているだけよ。嫌いだから、多少冷たい言い方になっているとは思うけど。でもね、仕事仲間だと思って普通に接するように心がけているわ」
彼女は食後のコーヒーを飲み干していたので、代わりに水を飲んだ。
「んで、仕事でしか関わらないようにしていたの。それが、男たちにとって『ぼっち』でかわいそうとなっていたのよ」
「なにそれ」
相づちがが声に出てしまった。
「でしょ。わたしだけじゃなく他の女性社員もあの子を嫌っているから、余計にそう見えるのでしょうね」
コップに残っていた氷を含みガリガリと噛んだ。
友達の後輩はさらに男にくっつくようになって、余計に女から反感を買うようになっているようだ。
「そして、ついに男性社員の中から一人捕まえて結婚することになったわ。技術職の主任だから出世するでしょう。最高の男とは言えないけど、将来性は十分よ。別にその人が好きだった訳じゃないけど、なんかすごく悔しい」
先超された感が半端ないわね。それもよく思っていない女ならなおさら、思ってしまう。『私の方がいい女なぜ?』
二〇代後半の私たちには結婚の話は微妙だ。いくら日本だ晩婚化が進んでいるとはいえ『そろそろじゃないの』というプレッシャーを掛けてる。
「ここ1年ほど彼氏がいないわたしには辛いわ」
「あなたはまだいいじゃない。私はもうすぐ二年よ。私が何が悪いのってかんじ」
「まりこは誘いがあっても断っているだけでしょう。わたしにはなにも色っぽい話がないのよ」
お互いに深いため息を付いた。
いけない。幸せが逃げていく。
時計を見るとランチの時間は過ぎていた。近くの席にいた幸せそうな男女二人組はもういなくなっていた。
今ここにいない友達の名前を出す。
「次会えるのは、彼女の結婚式かしら」
独身同盟の裏切り者を祝う必要がある。
「そこで男を物色しましょう」
友達は強い口調で決意していた。
それは、とても大切な行事だ。
※ ※ ※
今すぐ結婚したいわけじゃないけれど、ちゃんと結婚が考えられる人を探さなきゃだめね。
いい男は女豹に食われて、日に日に減っていく。
いいなと思った人は既婚者が多い。不倫なんてリスクの高い恋愛なんてしたくないから、当然諦めているけど。
私に声を掛けてくれる人は遊びなれているような人が多い。私としては将来を考えられる人がいい。
そうなると、
※ ※ ※
「おばさん。こんにちわ」
私は幼なじみの家にきている。
「いらっしゃい。まりこちゃん」
子供の頃はよく遊びに来ていた。というか、預けられていた。
私の両親は共働きで、おばさんは専業主婦、おばさんと母親が友人同士ということもあって、小学校終わり家で一人になる私の面倒を見ていたくれていた。
そこで、おばさんの息子とも仲良く過ごしていた。年も同じで友達にからかわれたりしていたこともあって、年が上がるにつれ疎遠になってしまったけど。今でも会えば普通に話はする男友達だ。
今日はその息子拓真に会いに来た。
友達と別れた後、いろいろ考えた。そして、周りにいる独身男性の中で、私に一番合っているのではないかと思った。
私の今までの彼氏とは気に入らない部分ができたら、側にいることに耐えられず直ぐに別れていた。
それに引き替え拓真とは幼なじみだから長所短所を初めから知っているから、急に嫌になって別れることもないでしょう。
拓真なら喧嘩することになっても、きちんと仲直りすることができる。という、確信がある。
知りすぎて、情熱的な恋愛はできないけれど、信頼し合える関係になれる。
長く連れ添うにはそういった者の方が大事よね。
さらに、友達の言葉を借りると『最高の男ではないが、将来性は十分』な男だ。
彼の仕事は現場作業者のリーダー。若手でなったのは拓真だけらしいから、出世だって期待できる。
気になる欠点は背の低さかな。
でも、総合的に考えて結婚相手として、ありね。
それでも、男女の関係になるとまた違うかも知れないので、お試しでお付き合いしてみないかと提案しに来たのだ。
どう話をもっていこうかな。
おばさんが言いづらそうに話し出した。
「拓真ね。結婚することになったの」
えっ、なんて、どういうこと。
いい話なのに、おばさんの表情が暗い。
「彼女のお腹に子供がいるらしいから、反対できないのよ」
「………………そういう事はきちんとしていると思っていたわ」
避妊は正しくできる人だと思っていた。辛うじてそう返した。
「母親の私もそう思っていたの」
ああ、これは告白する前に振られてしまった。
彼女のいる場合も想定していた。順調なら諦めるつもりだったけど、少しでも関係に陰りがあるようなら、奪うつもりだった。
子供は私にその選択肢を無くした。
「お嫁さんにはまりこちゃんになってほしかったの」
おばさんには拓真の彼女が気に入らないようだ。
私もです。
形に、言葉にできなかった思いが溢れてくる。
とても今、拓真に会えない。
ああ、私は自分が思っていたより拓真を好きだったみたい。
愛していたのね。
玄関先で物音がした。
たぶん拓真が帰ってきた。帰るタイミングを逃してしまった。
自然に振る舞える自信はない。
拓真が私たちのいる部屋に入ってくる。
「母さん、あの」
母親に話しかけたが、私がいることに気がつき、黙ってしまう。
一ヶ月ぶりに会った彼は日に焼けてたくましくなった気がする。
心からの祝福ができないから、ここは聞かなかった事にして、早々に帰ろう。
立ち上がり掛けた私を呼び止めるように、おばさんは言う。
「結婚の話はまりこちゃんに言ったわ」
これで、知らないふりはできない。……………難しくても、ここはお祝いを言わないと。
「そうか、………………その話は無くなった。子供は俺の子じゃなかった」
えっと。ちょっと待って。
いろいろ、ついていけない。
拓真に私を押していいのかな。
「しばらくは、女はいいや」
そうつぶやき、自分の部屋に入っていく。その後ろをおばさんが追いかけて言った。
これは、迫っても断られる、感じね。
でも、ほっとくと変な女にまた騙されるかも知れない。
今動くべき、やめるべき。
ドッチ。