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ラストスノー

作者: 気象情報

「なあ、俺と一回だけキスするのと、これから俺と付き合うのだったら、どっちがいい?」

 今日は私たちが三年間通った高校の卒業式。式典もホームルームも終わって校舎は少しずつ静かになっていくけど、私は入学以来三年間所属してきた天文部の後輩が追い出し会をしてくれるというので、同じく天文部で今日卒業を迎えた三井くんと一緒に閑散とした中庭でそれを待っているところだ。

「え、なんでそんなこと……」

「なんか暗い顔してるから、景気づけに」

 どこか飄々としていて変人の風も吹く三井くんだから言動がまともでないのはいつものことで、こんな妙な質問も理由づけも、普段ならさして驚くようなことではない。

 かなりマニアックな活動もしているうちの天文部は、もう理学部宇宙物理学科に進学を決めた私も含めそちら方面志望の人も多いけど、その中で三井くんはひとり、文系。天体関係の知識は私も勝てないほどにあるけどさほど情熱を傾けているようにも見えず、でもどことなく星空が似合うような、とにかく不思議な人だ。

「せっかくの門出の日なのにこんなどんよりした天気でしかもこんなに寒くて、その上待たされたりなんかしたら、暗くもなるわよ」

 言ってから、説明的で言い訳がましいセリフだったと気づいた。暗く見えるのなら、理由はそんなことじゃない。

 一年付き合った彼氏と、別れてきたのだ。

 嫌いになったわけじゃないけど、一緒に一生を過ごしていくような強い思いはなくて、しかも進学の関係でこのままいくと遠距離恋愛になる。好きな分野で大学に進めるんだからちゃんと勉強もしたいし、そもそも自分は遠距離恋愛なんてできそうもない。まあ、理由としてはそんなところ。

 うすうす感づかれていたみたいで、彼氏は意外とすんなり受け入れてくれたけど、今まで見たこともなかったあの寂しげな顔はさすがの私にもちょっとこたえた。

「それだけ、じゃないでしょ?」

「えっ、いや……うん」

 しかもバレてる。これは気まずい。

 三井くんとは入学以来なんだかんだで三年の付き合いになるわけだから、無理ないのかもしれないけど。

「まあ、とにかく景気づけだよ。答えてよ、質問」

 そう言って三井くんは顔をのぞき込んでくる。私は思わず、目を逸らした。

 三井くんは顔は悪くない、むしろいい方なのにその独特の性格のせいで女の子に、というか人に好かれるたちではない。私の勝手な思い込みでなければ彼女なんてできる感じでもないし、いたこともないと思う。

「キス……って?」

「そこ気にするところ? じゃあえーと、すっごく本格的なやつ」

 事もなげにそんなことを言うけど、多分自分はしたことないはずだ。


 例えば付き合うとして、まあ悪い人ではないというのはこの三年間で解ったし、趣味が合うわけだから話もそれなりに合うだろうけど、でもやっぱり遠距離恋愛になっちゃうし、そもそも好き、なんていうくくりで三井くんをとらえられないし。

「うーん……」

「なんだよ、そんなにマジメに考えなくていいよ?」

 もしかしたら本当に、変人なりに私を景気づけようと冗談を言っているのかもしれないけど、そうだとしてもなんだか茶化してしまうのも悪い気がして、でもどちらとも答えられずに結局私はうつむいてしまった。

「早くしないと、追い出し会始まっちゃうってば」

「うん、わかってるけど」

 どうせ本当にするわけじゃないし、適当に言ってしまえば終わるんだし、そもそも相手は三井くんだし。

 そんな感じで開き直るまでに随分時間のかかった私の周りを三井くんはずっとうろうろしていたけど、しばらくしてようやく私は、ガラにもなく頬を赤らめたりなんかしながら斜め後ろに回った三井くんのほうに首だけで振り向いて、

「……じゃあ、」

「えいやっ」

 ぱこっ。

 せっかく思い切って答えようとした私の頭頂部を、三井くんはそんなかけ声とともに隠し持っていた卒業証書の筒でいきなり叩いた。

「いたっ、何するのよお」

「雪が落ちてきたから、つかまえた」

 していることも言っていることもまるっきり子供なのに、三井くんはふざけている様子でもなく、かといって真剣でもない、星空の下でよく見せていた顔をしていた。

「はあ? 雪なんか降るはずないじゃない、もう三月なんだから」

「でも寒いし、天気良くないし、そもそも降ったし」

 私の反応がそんなに面白かったのか、三井くんは大人びた顔立ちを崩して子供っぽく笑った。一発かましてやろうとして手を伸ばすけど、三井くんはそんな私の手もひょいひょいとかわして数歩逃げてしまう。

 結局最後まで振り回され続けた自分にため息がこぼれたとき、すぐそこで窓が開いて後輩の男の子が顔を出した。

「谷口先輩、三井先輩、準備できましたあ」

 おーす、とすぐに三井くんは行ってしまって、私も急いでそれに続く。

 天文部のイメージとはまるで違う華やかに彩られた部室で、ジュースとピザの小さな宴会が始まった。


 後輩に囲まれている三井くんを私は会の間じゅう挙動不審にちらちらとうかがっていたけど、その三井くんはもうすでにへっちゃらな顔をしたいつもの三井くんに戻っていて、やっぱりあれは冗談だったのか、と拍子抜けした私がいた。

 しばらくして会も終わり、花束なんか渡されたりなんてしつつ、私と三井くんは少なくともしばらくは来なくなるだろう部室を後にした。

 私が追いかけるような形になりながら、こちらはもう本当に使うことはないであろう三年の靴箱へと向かう。

 それなりにしみじみしつつ、履き潰し気味のスニーカーに手を伸ばそうとすると、まだあの“冗談”にとらわれたままの私の気を知ってか知らずか、とにかく私に対してはずっと黙ったままだった三井くんが突然声を上げた。

「見ろよ、ほら」

 その三井くんが指さした先、ガラス張りのドアの向こうでは、相変わらずのどんよりと曇った空がアスファルトの地面に真っ白なわた雪を降らせていた。

 ぼうっと目を奪われていた私を見て三井くんはへへっ、と笑って、もう一言だけ付け加えた。

「じゃあ、元気でな」

「え、ああ、うん」

 言って三井くんは、ためらいもなくドアを開けて寒空の下に出て行く。私はドアがまた閉まってしまうまでそちらをぼうっと見つめていたけど、少しして何かに突き動かされるようにドアを開け、玄関先に飛び出した。

「三井くん!」

 傘も差さずに去っていく背中に力いっぱいそう叫ぶと、三井くんは振り向かずに歩き続けながら、すっ、と右手だけを挙げた。

 その妙な潔さのようなものが、私の目にはやけに格好良く映った。


 もしキスしたら、好きになって付き合っていたんだろうな。

 付き合ったら好きにもなって、結局はキスもしていただろう。

 この冬最後で、そしてこの冬一番の雪を肩と心に積もらせながら私はそんなことを思い、思いながら見送る背中は、すぐに雪の向こうに消えてしまった。


 それからいくらか積もった雪も次の日には晴れて跡形もなく溶けてなくなったけど、雪と一緒に私の心に積もった何かは、少なくともしばらくは私の中で消えそうにない予感がする。そしてきっと、その予感は的中する、そんな確信がある。


 春から住むことになる町は、三井くんと出会ったこの町よりずっと寒い。

 こことは違った町並みの中で雪を眺めたとき、私は三井くんのことをまた、思い出すだろう。

                       <了>


最終選考に残った、ということは、結局そこから落選した、ということです。

選外だと著作権が向こうに帰属したりしないらしいので掲載しました。


実は「きみがくれた星」との関連があったりする……つもりです。

整合がとれない部分もまだあったりしますが、ゆくゆく修正します。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは。拝読させて頂きました。 文法などの技術的な面では「おお〜っ」と、文句ナシでした。なので☆をいっぱい。 とするとストーリー面で(ちなみにこちらの作品だけで読ませて頂いたのですが)。…
[一言] 面白かったです。 三井くんというキャラクターをもう少し掘り下げてもよかったかも。けっこう魅力的なキャラクターだと思うので。 たとえば外見的特徴とか、三年間のうちのエピソードを一つ書いたりとか…
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