表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昭和怪談その壱<前世>  作者: 仙堂ルリコ
8/8

追憶

兄嫁の前で出来る話では無い。

会社の帰りに外で会うことにした。


兄は怪訝がらずに、喜んだ。

勤務先に近い、浜松町のオシャレな店に連れて行って呉れた。

天ぷら専門店の個室。

窓から、タワーが見えた。

高級そうな店で常連扱いされている兄は、随分立派に見えた。


ずんぐりとした体型で色黒、細い目をしているが

身なりと雰囲気は東京の、一流企業の人だった。


「コレ、堀川の奥さんが」

それだけ言って、ハガキの束をテーブルの上に置いた。

兄の表情を見逃すまいと身構えて。


「へっ? 何、これ」

不思議そうに、手を取り、ぺらぺら、めくって、

「おーう、これ、あれ、やんか。こんな、よおさん書きよったんか」

と、驚きすぎて濃い関西弁になっていた。


その顔に後ろめたさは微塵も無い。


「で、なんで、お前が、こんなモノ、貰ってきた?」

まるで年賀状でも見るように一枚ずつじっくり眺めてから聞く。


悪びれていない様子に安心した。


「お兄さんに、お返しします、って渡された」

 ストレートに答えた。

 兄は、

「えーっつ、なんで?」

 と腰を浮かし、ハガキを放り投げた。


「兄貴が書いたと、思ってるみたいで、」

 言いかけたら

「どういう事? なんで俺? 俺は書いてない。それがなんで、」

 興奮して、質問攻めにする。

 しかし、口ぶりから、ハガキの存在も、誰が書いたかも知っていると分かった。

 私としては、先にそれを聞きたい。


「死人の悪口、言いにくいけど、彼は、堀川厚志は、男子の間では嫌われ者やった」

 嫌われ者? 

 学校のアイドルだった厚志君が?

「たとえば、漫画の本とか、シャープペンとか、バラまくんや。要らないと言っても無理矢理くれる。それで自分が上に立とうとしてた」

 金持ちのお坊ちゃんらしい振る舞いが、浮いてたのか。


「問題は、その後。なぜか、貰ったモノが盗んだとされる。母親がねちねちと家に電話かけてくる」

「何、それ?」

「厚志が、盗まれたと母親に嘘を付くんや」

「……なんで、そんな嘘を?」

「人にやったと言えば母親に叱られるからな」

 それなら……兄が厚志君のプラモデルを勝手に作ったというのも、


「半泣きで頼まれた。せっかく買ったのに1つも作ってないと、母親に叱られたらしい。多分、俺が作ってるのがバレて嘘ついたんや。そういう奴やった」

 厚志君の、綺麗な笑顔を思い出す。

 見かけ倒しのセコい男だったのか。

 皆に嫌われていたなら、このハガキは皆が書いたんだろうか?


「厚志が珍しく学校を休んだから、不幸の手紙を出して、呪い殺そうという話になったんや」

 不幸の手紙にはルールがある。

 呪いを逃れるには同じ文面のハガキを指定された枚数送れば良い。

 しかし、一度に大量に届いたらどうだろう?

 厚志君は、234枚のハガキ一枚につき20枚書かなければいけなかった。

 三日間で4680枚。

 不可能だ。

 厚志君が死んだのは昭和四十七年、

 テレビでは連日のように、

 超能力、スプーン曲げ、ノストラダムスの予言……のちにカルトと呼ばれマイナーになるジャンルがメジャー扱い、だった。

 テレビでやる事だから、私たちは疑わなかった。

 インターネットもスマホも無い時代、……テレビが私たちの世界、だった。

 だから、不幸の手紙のルールを、皆が信じていた。

 本気で厚志君を殺せると考えての結束だ。

「ついでに、ウザい母親も、と盛り上がった。」

(お前)(母親)(死)

 3つの言葉は、血で書くと、アイデアは膨らんだ。

 針で左手の小指を刺して自分の血を使うと、マニュアルも出来た。

 他のクラスの男子にも声を掛けたという。

 それほどまでに、堀川厚志は嫌われていた。


「でも、兄貴は書かなかった?」

「ハハ」

 短く笑う。

「家にハガキなんか無かったやろ? わざわざ郵便局で金だして、買ってまですることか?」

 成る程、ただそれだけの理由。

 家には一枚のハガキも無かった。

 兄は234枚のハガキを買う金も持っていなかったのだ。


 しかし、兄はハガキの存在を知っていた。

 兄は、厚志君がこのハガキの束を見たとしたら、一人が書いたモノではないと、分かった筈だと言う。

 私は、死ね、と書かれれる程に自分と母親が皆に憎まれてると、厚志君は言えなくて、

 それで、犯人が兄一人と嘘を付いたのかも知れない……そう思った。


 皆の呪いが通じたかのように厚志君が死んだ。

 そして私たちの母が死んだ。

 前世の母と名指しされたのだから、ハガキの文面の、お前と母親が死ぬ、は現実になったと解釈できる。

 ハガキを出した仲間は、どう思ったのだろうか?

 怖い、恐ろしい行いをしたと、後ろめたさはなかったのか?


「罪悪感はなかったやろ。呪いが成功した達成感はあったみたいやで。オカンの死も、皆にしたら、面白かっただけやろ」

 クラスメイトの死、クラスメイトの母の死、ちょっとしたイベントにすぎないとも。

 でも、母はハガキが発端で、前世の母にされて、そのせいで狂い、死んだ。

 私と兄にとって、このハガキの束は憎々しい不幸の元凶ではないのか。


「お前、このハガキを俺が書いたから、だからオカンを身代わりにしたと、あのオバハンに言われたんか?」

 奥様に聞いた悲しい真実を話すと、兄は大きく目をむいて、何度も聞き返したのだ。

 母が哀れで、新たな涙が溢る。

 私は、ただ頷いた。


「成る程な。あのオバハンのこしらえそうな筋書きや」

 えっ? 違うというの

「厚志は、オカンの手を握って死んだ。本当のおかあさん、って呼んで。いよいよ時ぬ時に、そんな嘘付いて、名演技出来るか?」

 自分の母親を守る為なら、出来たかも。

「厚志は嘘つきやった。しょーもない嘘ついたんは、全部母親のせいやと、今は思う。母親から自分を守る為の嘘や」

 兄はそこで黙った。

 酒を飲み、深く考え言葉を選んでいる。

「奥様から聞いた話の方が、辻褄が合うよ。 母さんは厚志君と話したこともない筈。それが前世の母なんて、不思議で、間違いが潜んでいる気がしてた。……私は、厚志君がハガキの呪いから自分の母親を守るために、母さんを身代わりに仕立てたと聞いて、悲しいけど、すっきりしてるの」

 ムキになって声は上ずっていた。

 兄は、黙ってタバコに火を付けた。


「厚志は、オカンを知ってたで。厚志の母親と同じくらい目立ってたから。授業参観に作業服着て、化粧もせんと汗だくで来てた。目立つ存在やったから」

 中学時代の恥ずかしい思い出が蘇る。

 灰色の作業服、黒いズボン。色黒で目鼻立ちの曖昧な顔。背の低い太った身体。

 授業参観の度に恥ずかしかった。

 私は母が恥ずかしかった。

 そんな母だったから、厚志君の前世の母の話は信じられないのだ。

 事実、母の見栄えが良くないから、厚志君の前世の母で有るはずが無いと虐められたでは無いか。

 不幸の手紙まで届いたではないか。


「つまりお前は自分の母親を卑下してた。何でか? 余所のお母ちゃん達と並べて、どうも見劣りした。そういう事やな?」

 その通りだ。

 私の母は、余所のお母さんに比べて、地味で惨めったらしいイメージだ。


「それは平均から外れてると思ったからやな。外れてるといえば厚志の母親も一緒や。授業参観ごときに着物で来てたから、目立ってたで」

 兄は笑った。


「厚志は嫌がってた」


「本当に?」

「うん。俺はな、作業服着て立ってるオカンが、何か迫力あって凄いと思ってた。笑われても平気やった。けど、厚志の母親は気味が悪かった。過剰に着飾った自分自身を見せびらかしに来たみたいな、完全場違いなオーラが不気味やった」

 何が言いたいのか?

「厚志は、最後の最後に母親から逃げたかったんや」

 まさか、そんな。

「その気持ち、お前にもわかるやろ?オカンが変になってから、そう思ってやろ?」

 確かに、あの頃の母は家族を捨て、自分の殻に籠もっていた。

 冷たい、感情のない眼差しと自己陶酔しきった、見るに堪えない自信満々の顔。


「あの当時の、俺とお前のような嫌悪感と恐怖を、厚志はずっと抱えてたと、俺は思う」

 あの人に会う前なら信じられない言葉だ。

 しかし、生々しく記憶に残ってる印象は、上品で美しい人、だけでは無かった。

 情の薄い、怖い感じは私にだけ向けられたというより、性分だと思った。


「厚志君は母親が側に居るのが嫌で、前世の母の夢を見たと嘘を言ったの?」


「嘘ではないやろ」

 前世の夢が本当だと、兄は思うのか。

「そう。前世は無いけど、夢は本人の脳みその中で作られるものや。知らない人は夢に出てこない。厚志の夢にオカンが出てきても不思議はない。喋った事はないけど、何回も見て知ってた」


「それなら、堀川の奥様は、なぜ私に嘘をついたの?」

 再びハガキの束を手に取り、考えてみた。

 改めてみると一人で数枚書いたのか、同じ筆跡のがある。

 郵便局の消印があるのや、無いのやら。

 しかし、一人で全部を書いたのではないのは一目瞭然だ。

 これだけの筆跡を一人の人間が変えて書けない。

 兄が一人で書いたと、奥様は何故、(今となっては)見え透いた嘘を付いたのか?


「嘘というより、自分が傷つかないように解釈したんや。息子は臨終に前世の母を呼んでくれというし、不幸のハガキが大量に届く。オバハンにとっては屈辱やで」

厚志君の死後、母が堀川家に通い出したのも、耐えがたかったと兄は語る。


「オカンが死んで、オバハンは、不幸のハガキの文章を思い出した。息子は自分を助けるために前世の母と言い出したと、頭の中に、自分に都合のいい物語が出来上がった。コレが俺の推理や。ハガキの呪い通り、厚志が死んだ。次は自分や。でもオカンが身代わりに死んでくれた。だからな、ご褒美に、色々施してくれたんや」

 私は、兄が熱く語る推理に納得できなかった。

 ……何かが、欠けている。

 何だろう?

 あ、

 兄は、厚志君がハガキを見なかったと前提して、喋ってる。


「そうやで。ハガキを書く話になったのは土曜日や。オカンが夜呼ばれて行った、あの日や。皆が厚志の家の郵便受けに入れたのは、早くても土曜の午後や。日曜に行ったヤツもおったかもしらん。消印があるのはもっと後、葬式の最中に届いたかも。厚志は土曜に危篤状態で、日曜の昼に死んだ。だから、絶対に見てない」

 兄は暗い目をして語った。

 20年前、厚志君の死を聞いたときと、同じ目だ。

 堀川の奥様が言った、厚志君が熱が出て二日目にハガキが届いたというのは、事実では無かった。

 実際には……臨終の時に合わせたように届いたのだ。

 残酷で胸が締め付けられる。


 厚志君がハガキを見てないなら、

 母は呪いの身代わりに選ばれたのではなかった。


「熱で頭やられて、変な夢、見ちゃったんだね」

 夢に出てきたのが別のひとなら、母はあんな死に方はしなかった。

 私たち家族の運命も大きく違っていただろう。


「お前、厚志がな、オカンが母親やったらいいのに、そう思ってたから、最後に呼んだと、考えた事はないのか?」

 店を出る間際に、兄に聞かれた。

「なに、それ?」

 意外な問いに笑ってしまった。

「それは無いよ。だって、あり得ない」

「……やっぱりな」

 兄は笑ってない。


「俺は、単純に、そう思ってたで。オカン言うてたやンか、厚志の手をずっと握ってたって。……お前、このずっとは長いで。夜の十時から明くる日の、昼過ぎまでや。最低でも20時間やで。想像したことあるか?」

 ……ない。

 母が厚志君の手を握ってる光景はイメージしたことはある。しかし、20時間という長い時間には無関心だった。

「オカンは厚志に20時間、見つめられてたんや。強烈な愛情表現や。俺もお前も、オカンの顔をじっくり見たことも無かったよな」

 ……ない。

 母は工場のパートと家事でいつも忙しそうにしていた。

 父が毎晩酒を飲んで良く喋り、母は、無口だった。

 ぶっきらぼうで地味な人だった。

 不細工だと思っていた顔を、長く見つめたことはない。

 でも口うるさくも無かったし、叱られた記憶もない。

 女だからと家事手伝いを強要されもしなかった。

 記憶にある晩年の母は、ただ黙々と家事をこなしていた。


 ……不意に涙が溢れてきた。

 私は何の落ち度も無い母を、蔑視していたと気付いたからだ。

 それでも母は愛してくれていた。


 私は厚志君に負けたと、初めてわかった。

 厚志君ほど、母を求めていなかった。


 兄は伝票を持って立ち上がり、優しく私の肩を叩いた。

「俺は、厚志が、オカンをあの世へ呼んだと思ってる。オカンも厚志のところへ行きたかった。オカンは惨めな死に方したんじゃない。なあ、思いたいように思うしかないで」


 涙は止まらない。

 母への懺悔なのか

 今になって二人の死に悲しんでるのか

 自分でもわからない。


「化粧直してこい。顔、グシャグシャや」

 兄に言われて化粧室に行った。


 鏡に映る、母に似た顔がなぜか誇らしい。

 細い目の平べったい顔がコンプレックスだけど、

 今は正視できる。


「お母ちゃんに似てきたなあ」

 笑みが、こぼれて、この顔にそっくりなのを、最近見たと気づく。

 堀川屋敷で見た、厚志君の妹の子供、ミキちゃんに

 輪郭から目鼻立ちから、そっくりだ。


 ヒヒヒ、と

 引きつるような笑いが勝手に出てくる。

 可笑しい。

 何が可笑しいのか?


「前世も、生まれ変わりもあるかも」

 大きな声で鏡に語りかけていた。


 私の母は20年前に死んだ。

 心神喪失状態で国道に飛び出し、車に轢かれた。

 享年三十六歳。

 名前は

 山田三岐。


最後まで読んでいただき有難うございました。


仙堂ルリコ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ