三人の家
実は、
私はベランダから、母の残骸を見た。
父の言いつけに背いたのだ。
家を飛び出した父と兄が余りに長い時間帰ってこなかったせいだ。
一人で座っているのに耐えられなかった。
母は腹で半分に割れ、内蔵が散乱していた。
大型トラックの運転手が、自分に非がないと喚いている。
父は頭を下げていた。
仕方なく停まった車から出てきた人がグロい光景に甲高い声を上げていた。
救急車とパトカーが来るまで半時間は要った。
うちに電話はないので、誰が、いつ通報したかもわからない。
私は、半時間、母親の死骸と集まってくる人々の興奮を、離れた位置から見物したのだ。
前に野良犬が同じ場所で潰れていた。
大きな白い犬だった。
避けられなかった車が轢いていく度に、内蔵がブシュッと飛び出るのを見た。
さすがに人間だと、全ての車は停まるのだ。
そんな風に思ったことだけ、ありありと覚えている。
母の葬式も、長い夢ではないかと疑ったことしか記憶にない。
厚志君が危篤の夜に母が呼ばれてからが、実は夢なんだと。
葬式では涙も出なかった。
父も兄も同じだったと思う。
あたふたと、母の死がもたらした現実の後始末に対応するのが精一杯だった。
父は、自分のしでかした失敗を謝るように誰にでも頭を下げ続けていた。
私も兄も優しい言葉をかけてくれる先生や学校の友達に、なぜか恐縮して身が縮こまった。
数日家に泊まっていた父の姉、冴子伯母さんが帰って三人だけになったとき、寂しさや悲しみはなかった。
これで、騒ぎは終わりだと、ほっとした。
「なんや、しんどかったなあ」
父は三人だけの初めての晩ご飯、カレーを作りながら呟いた。
「野球みてもいいか?」
と兄に聞いた。兄は黙ってテレビをつけた。
「お、阪神勝ってるやんか」
父は嬉しそうに、私たちに解説を始めた。
野球の試合は案外面白かった。
父は好きな阪神が逆転負けしたのに大笑いしていた。
テレビや小説で知っている母親が死んだ暗い悲しい家にはならなかった。
父が努力して、いい父親になったのか、それとも狂っていた母と過ごした二か月の日々が、実は父にとって地獄で、三人のほうがずっと良かったからなのか、
真偽はわからない。
その頃私は、不意に母が家に居ると錯覚して震えた。
つまり母が怖かったのだ。
厚志君のことばかり話す母がとても怖かった。
一家の主婦を失って、家の中は乱雑に不規則に落ちていった。
しかし実害を感じる程度ではなかった。
父は母の名を口に出さなかった。私も兄も父に習った。
母の話題を始めたら、自殺だったのか、とか厚志君の側に行きたかったのか、とか近所や学校で噂になってるのに触れないわけにはいかなくなる。
狂っていたのも、どうして狂ったのかも村中、学校中の評判になっていた。
厚志君と母の死は奇妙な物語として他人には面白いだろう。けれど父は悲劇の脇役にうんざりしていたのだと思う。
そのせいなのか四十九日も納骨も終わった年の瀬に、父は仕事を変わって引っ越すことになると言い出した。兄の高校受験があるので急がなければと言う。
私は、この家から出て行ける、転校出来ると知り、嬉しかった。