表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昭和怪談その壱<前世>  作者: 仙堂ルリコ
3/8

不幸の手紙

 母は、次の日、パートの仕事を休んだ。

 厚志君の通夜に行ったのだ。

 翌日の葬式にも行ったらしい。


 私は学年が違うので兄のように葬式には行かなかった。

 が、厚志君の死は月曜の全校朝礼で校長が報告した。

 女子の数人がヒステリックな声を出し、泣き出した。


 厚志君と自分の母親との間に起こったことは誰にも話さなかった。

 人に知られたく無かったのだ。


 しかし、

 次の日、本当かと、教室に入るなり聞かれた。

 親しくない他のクラスの女子も、休憩時間に聞きに来た。


 皆の話から、

 通夜の夜に、「前世の母」の話は弔問客に拡がっていたようだ。


 私は曖昧な返事しか出来なかった。

 嘘ではないので否定もしなかった。


「堀川君と全然、似てないやん」

 すれ違いざまに何人かに言われた。


 私の母が厚志君の前世の母なら、私も関係があると連想し、

「なんで、あんたなんか」となっていったらしい。 


 学校で一番有名人だった厚志君。

 お金持ちで優秀で綺麗で優しい性格だった。

 彼は学校中から愛されたアイドルだった。

 厚志君の死が皆に与えた悲しみは、興奮でもあったのか、

 中学全体に高揚感をもたらした。

 それは、多分気持ちの良いモノだったらしい。

 だから 

 より長く味わい、共有したがった。


 おかげで私は、長い間、彼の死に関わった者のように扱われた。

 貧乏で地味だったので、憎みやすかったのだろう。

「天と地や」

「月とすっぽんや」

 様々な言い方で、私と厚志君が比べものにもならない、と言われた。

 ただ黙って頷いた。

 確かにそうだと本心から思っているから。


 家は豪邸と、風呂も電話も無い文化住宅。

 父親の職業は市会議員と鉄工所の工員。

 スラリと背の高い綺麗なお母さんと、丸顔で色黒、背中が丸い、母。


 兄は勉強は出来たが運動は苦手、猫背で手足は短く、一重で細い目をしていた。細すぎて、目元が暗い雰囲気だった。

 私自身も母のコピーで、小柄で地味な顔立ちだった。


 わかっているから何度も言わなくて言いやン、と言い返したら泣きそうで、黙って耐えた。

 私がそんな目にあったのだから、彼と同じクラスの兄はもっと酷い侮蔑の言葉をあびせられたのかもしれない。

 聞きたかった。

 でも元々心の内を喋り会う習慣がなかった。

 

 その頃、兄は家に居るときは勉強しているか

 少学生の頃からの趣味、飛行機のプラモデルを作っていた。

 メッサーシュミット、グラマン。

 そんな名前の戦闘機だった。


 次第に、私への虐めは悪口から具体的なモノに変化した。


(幸福の手紙)と朱書きが入ったハガキが、届くようになった。

 

 ……これは重い病気で手術するA君を励ます手紙です。

 ……このハガキが届いた人は十日以内に十九人とA君に同じハガキを出して下さい。


 確か、そんな文面だった。

 最後にハガキを出さなかった人がA君と同じ病気になって死んだと書いてあった。

 善意を装ってはいるが、(不幸の手紙)だった。


(不幸の手紙)が何なのかは知っていた。

 このようなハガキが着ても無視するようにと学校で指導されていた。


 最初の一通は、コレが噂に聞く(不幸の手紙)かと妙な感慨を受けた。

 しかし次の日も、また郵便受けに入っていた。

 三日後、五日後……も、ハガキは届いた。


 何だか気味が悪かった。

 差出人の名は書いていない。

 筆跡は全部違う。


 七通目のハガキを父が最初に見つけた。


「学校の誰かが入れていきよったンや。しょーもない」

 父は、一読して破り捨てた。


「何で、そうやと、わかるんや?」

 居合わせた兄が

 私の聞きたかった事を先に聞いた。


 「消印が無いからや。郵便屋さんが配達したんやない。誰かが直接入れていった。そんな事するのは中学校のアホな連中に決まってる」


 兄は暫く瞬きもせず父の顔を見つめていた。

 意外に賢いと驚いていると思った。


 その後もハガキが入れられていたのか覚えていない。

 学校でも意地悪は多分、続いていた。


 覚えていないのは、それらの事は実害の無い些細な厄介ごといえるくらい、

 家の中が、滅茶苦茶になっていったのだった。


 母が、なんかもう変になってしまっていた。

 ずっとハイテンション。


 厚志君の手を握っていたときの事を、聞いてもいないのに喋る。

 一日に、何度も何度も、喋る。

 入手先は知らないが厚志君の写真を持っていて、語りかけたりもする。

 そうかと思えば突然泣き出す。


「うちは厚志の母親や。前世も、その前もそうやったに違いない。今、ここにおるのは神様が間違えはったんや」

 家族への愛も関心も波にさらわれたように、無くなってしまった。

 そんな感じだった。

 父は

「もう厚志君のことは忘れや」

 と意外に優しく言い続けていた。

 おざなりな食事にも文句を言わなかったし、同じ話をするのを咎めもしなかった。

 そうして酒の量が減っていった。

 母の変化を、子供である私たちより深刻に受け止めていたのだろうと思う。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ