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昭和怪談その壱<前世>  作者: 仙堂ルリコ
2/8

前世の母

父は、

「えらい遅かったなあ、何してたんや、」と早速聞いた。


当時、私の家に電話は無く、連絡の取りようがなかった。

 電話を引くのには、二十万費用かかった。

 父の月収が十万足らずで、ローンのない時代だ。

 月賦払いというのはあって、電化製品や布団を月賦で買っていた。

 電話は月賦では買えなかった。


 昭和四十七年、

 私は中学二年生だった。 


 母は、父の問いには答えず、ふん、と鼻で笑った。


「何しとったんや、え? 晩飯は? え?」

 再び尋ねる父の声は前より大きかった。

 母はにやにやしながら風呂敷包みを開けた。

 中身は折りに入った豪華な弁当だった。

 ちゃぶ台に四つ並べると、湯飲み茶碗を置くスペースがないくらい、大きな弁当だ。


「もうてきたんか、これは、志乃屋の仕出しやな。上等やで」

 料亭志乃屋は堀川家の並びにある。

 私は行った事はない。

    

 母が一番先に飢えていたように箸をつけた。

 父は酒をコップに注いできた。


 私は、二段の折りに入った弁当をそれまで食べた事がなかった。

 だから、とても嬉しかった。

 刺身に天ぷら、綺麗なかまぼこ。今でも覚えている。


「ご馳走や、どうや、旨いやろ?」

 父はまるで自分が与えたかのように何度も言った。


「ほんで、何させられたんや」 

 今度はいたわるように母に聞いた。


 母は父ではなく兄にまず、

「勝也、厚志君死んだで。明日お通夜で、明後日葬式や」と言う。

 私は心臓がドキドキしてきた。


 ……あの厚志君が死んでしまった。

 とても現実とは思えない。

 夢でも見ているのだろうか?

 こんなご馳走を食べてるのも変だ。

 でもおいしいから夢ではないのか。

 兄は母の言葉が聞こえなかったように、黙って食べ続けている。

 兄は普段から無口だった。

 男がそういう性分は悪くないと父は言っていた。

 兄に対しては、返事をしないから叱るということもなかった。


「ああ、こっちの肩が凝ってるわ、」

 母はわざとらしく、大きく肩を回した。

 厚志君の家で、一体何をしてきたのか、話をするのに、もったいをつけている。


 さっさと喋ればいいのに。

 でないと、父に殴られるのに、と私はいらいらした。


 案の定父は怖い目つきになっていた。


「はよ、俺に言わんかい」

 これで終わると思っていた。

 ところが母は小馬鹿にしたように笑った。

 そして

「アタシのことや。アンタには関係ない。言う必要無いわ」

 あまりにきっぱりと言われて父は一瞬、呆けたような顔をした。

 母が父に逆らうのは珍しい展開だった。

 父は母の胸ぐらを掴もうとするかのような格好で腰を上げた。

 が、食卓のまだ半分残っているご馳走を見やって、力が抜けたように、すぐ腰を落ち着けた。


 そして酒を飲みながら堀川家についてしゃべり出した。

 元地主で県会議員出してる、とか医者が親戚に居るとか。

 そんな堀川家に母が呼ばれていき、土産を貰ってきた。


 何だか知らないが母は堀川家の役に立った。

 つまり、手柄を立てたのだ。

 父は、これは良い事だと、段々思い始めたようで、ニヤニヤし出し、

「お前も一杯飲まんか」

 母の機嫌を取ることにしたらしい。


「けど、あした通夜に呼ばれてるからなあ。風呂にいかなアカン」

 と言いながらも、湯飲み茶碗に父が酒を注ぐのを止めはしなかった。

「手伝いしてきて疲れたんやろ。飲んでちょっと寝たらどうや。風呂屋は遅うまで開いてる」

 初めて聞く父の猫なで声だった。

 また、これは夢かしらと疑う。

 母は酒を飲み、黙って食べ、そしてまた飲み……笑いだした。


「一人で笑ろてんと、ええ話やったら、喋ってみんか」

 一層父は下手にでて、また酌をした。

 厚志君が死んだのに、どんないい話があるというのか。

 何故母は上機嫌なのか不思議だった。


 兄は何も感じないのかと顔を覗いてみた。

 とっくに食べ終わっていたようだ。

 俯いて静止していた。ちゃんと暗い目つきなのに、ほっとする。

 私の視線に気づいたのか、気まずそうに席を立って、隣の部屋へ行ってしまった。


 母は横目で兄が居なくなるのを確認すると、

「前世ってほんまに、あるんやで、」

 声をひそめて話し始めた。

「ぜんせい?」

 父が素っ頓狂な声で聞き返した。

 私も何を言い出すのだと心の中で父と同じ反応をしていた。


 母は、自分と厚志君は前世で親子だったと言いだした。

 気が違ったのかと最初はびっくりした。


「厚志君はな、前世をみたんやて」 

 死期を悟ってから、まどろむ度に、前世に戻っていたという。

 自分は海の近くで暮らしていた。父親は漁師で兄弟が五人いた。

 自分も漁師になって海へ出たと、ありありと語った。

 大男で丈夫で八十まで生きた。

 幸せな生涯だったと嬉しそうに語るので、家族はただ黙って聞いていた。

 

 不意に(あっ、山田勝也のオバチャンや)叫んで身体を起こした。

前 世の母……その面影が、うちの母にそっくりだと気がついたのだ。


「おかあちゃんを呼んできてって、泣いたんやて」

 枕元の母親に向かって、(アンタとはたった十五年、前世の母とは四十年ともに生きたンや。今、側に居て欲しいのは前世の、おかあちゃんや)とも言ったらしい。

 別人のような大人びた口調で。


 それで、母が呼ばれて行った。

「ずっと手を握ってやったんや。お母ちゃん、本当のお母ちゃんって、何回も、そればっかり繰り返してた」

 母は興奮していた。

 嬉しそうでもあった。

 私は最初、信じられなかった。

 母が前世で厚志君と親子だったなんて、あり得ない。

 だって、いくらなんでも、そぐわない。

 テレビに出ている歌手のように綺麗な厚志君と母に

 共通点は何もない。

 言葉を交わした事もない筈だ。

 しかし、不可解だからこそ、神秘的で、つまりは霊的な信憑性があるように、次第に思ってしまった。

 厚志君の両親も同じように受け止めたにちがいない。

 死んでいく人の言葉は重い。

 しかも美しい若者だ。(最後の願い)とも言ったという。

 聞き入れてやって欲しいと決断したのは厚志君のお母さんだったという。


 父は母の話を聞きながら頭を振っていた。

 聞いている自分の正気を疑ったのかも知れない。



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