アップルパイと未来
「やってみたい事は……」
「……わかりません」
「だよね」
ミストは少し考えて
「じゃあワタシが行きたい所でいいかな?」
「はい、大丈夫です」
「こっちだ。 ついておいで」
ミストがアミを連れて向かったのは村にあるパン屋だった。
「どうも、ハンナはいますか」
ミストが店に入りそう声をかけると奥の方から小麦色の肌をした少女が飛び出すように出てきた。
「ミスト! 久しぶりー!」
「ハンナ、元気にしてたかい?」
「うん! すっごい元気!」
ハンナと呼ばれた少女は嬉しそうにミストの手を握って上下に振る。
「あたしね、あたしね、アップルパイを焼けるようになったんだよ! ね、お母さん!」
「なにようるさいわね……まあ! ミストハルフさん」
「どうも、ハンナはいい子にしてますか?」
「そりゃあもう少し無邪気すぎるけどそれもまた……」
母親と呼ばれた女性がハンナについて語り出す。
「ねぇねぇ」
ハンナが店の奥から手を振っている。ミストはまだ母親に捕まっている。
「ねぇってば、君よ君」
アミは指されてようやく自分が呼ばれているのだと気付いた。
「私……?」
「そそ、ちょっと来てよ」
アミは伺うようにミストを見た。ハンナの母親からしばらく解放されそうに無いミストは苦笑いで「行っておいで」と合図した。
アミは頷いて店の奥に入る事にした。
扉を抜けると甘酸っぱいリンゴの匂いがアミを包み込む
「あ、こっちこっち」
エプロン姿のハンナに手招きされ、アミは更に奥へと進む。
「えっと……名前は?」
「アミです」
「そっか、分かってるだろうけどあたしはハンナよ。よろしく」
アミは差し出された手を眺める。
「……握手よ握手」
「あっ……はい」
ハンナに言われてようやくアミも手を出す。強く握られたのでアミも握り返した。
「うーん、アミちゃん力無いね……アミちゃんリンゴは好き?」
「……はい」
リンゴは何度か食べた事があった。アミの村の名産だと聞かされていた。
「よかった、リンゴはここら辺一帯の名産だからね。特にうちの村のリンゴは特別甘いんだよ!」
どうやら村によってリンゴは違うようだ。
ハンナは慣れた手つきでリンゴパイを作り始めた。
「……さてと、呼んだのはリンゴの話じゃなくてね」
ハンナの声が真剣な物へと変わる
「アミちゃんは……龍神様の生贄?」
「その……はい」
「そっか……あたしもなんだ」
ハンナは手を止めてアミを見る
「見覚え無いなぁ……供物所の子かな?」
「そういう名称は知りませんが、私は生贄として育てられました」
「やっぱりそうか……じゃあ年数的にアミちゃんが初めて供物所からきた生贄になるんだね」
「……そうなんですか?」
それはアミも初耳だった。
「うん、あたしは五年前の生贄。あたしが生贄になる前に五年後から供物所が動き出すって言ってたからね」
「私が……最初」
ならば来年からはあの供物所の子供が生贄となるのだろう。移動時に少しだけ見えたあの子達が……
アミの思考はハンナが手を叩く音で途切れた。
「さ、暗い話はここまで! ここからは未来の、明るい未来の話ね」
ハンナはリンゴパイ作りを再開した。
「あたしも今のアミちゃんと同じでミストと村を出たんだ。そしてこの村にきた」
ミストは毎年同じことをしているのだろう。
「そこで出会ったのがここのお母さんとお父さん。あたしはすぐに決めたんだ、ここで人生を始めるって」
ハンナはリンゴを切りながら続ける。
「ミストは元の村が近いからって止めたけどね、あたしがここに決めたって押し通したんだよ」
「…………」
反応の薄いアミにハンナは苦笑いを浮かべる。
「何が言いたいかっていうとね……」
苦笑いが笑顔に変わり、心底嬉しそうにハンナは言った。
「あたしはミストのお陰ですっごく幸せ……アミちゃんもミストが幸せにしてくれるから……」
「安心していいと思うよ」とハンナは優しく言う。
「……はい」
頷いたアミだったが、ハンナの言葉で何かが変わるわけでもなく
「ああ、この人は幸せなんだな」
ただ、そう思ったのだった。