旅立ち
「人生の……始発点」
「そう、お前は今から新しい人生を送る。村の事は忘れ、何処か遠い場所で生きるのだ」
「新しい人生……」
イマイチ理解していない様子のアミにオボロは簡単に説明する。
「お前を養子としてくれる場所を探すという事だ」
「でも私、村の外の事は何もわかりません」
「その為にワシがいるのだ」
オボロはアミから少し離れた場所に移動し、長い髭を身体に巻きつけて目を閉じる。
『……来とも……なる……の姿に変……を……う』
オボロが呟くと同時に風が巻き起こり、砂埃がオボロの身体を包む。
「……?」
砂埃の中から現れたのは一人の男性。細めの身体ながらただならぬ威厳を放っていた。
「ジロジロみてどうしたんだい? 娘さん」
男の手に付いている装飾品でアミは男の正体に気づく
「オボロ……様?」
「そうだよ、あの姿のままでは街を歩けないからね」
オボロは準備体操をして
「どうやら成功のようだね……さ、行こうか」
と、アミに手を差し出した。
「…………」
戸惑うアミに焦れったくなったオボロは半ば強引にアミの手を握った。
「ワタシは人間の時は口調とかが変わる、だからかしこまる必要は無いんだよ」
「でも、オボ……」
動きかけたアミの唇をオボロの指が止める。
「やっぱりオボロは無しにしよう。オボロというのは種族名のような物だからね」
「では、なんとお呼びすれば」
オボロは少し髭の生えた顎をさすって
「そうだね……ミストハルフ、略してミストでいこう」
「そんな、略称だなんて」
「ワタシとしては略称の方が嬉しいんだけどね」
ミストがそう言うとアミは少し戸惑いながらも折れた。
「……わかりました。ミスト様」
ああ、わかっていない。ミストは指を振る。
「ノンノン、様も無しだ」
「えっと、それじゃ……その……」
アミは言いにくそうにしながらも失礼の無いようにはっきりと呼ぶ
「ミスト……さん、ですか?」
「うん……まあいいかな」
欲を言えば敬語もやめて欲しいが……生贄となる為に育てられたのでは時間がかかるだろう。ミストは諦めてアミを抱きかかえる。
「ミ、ミスト様!?」
「ミストさん、だ。少し圧がかかるけど手を離さないでくれよ」
ミストは上にあいた小さな穴を見る。二足歩行の感覚を思い出しながら足に力を入れた後に……穴に向かって勢いよくジャンプをした。
「きゃぁぁぁぁ!」
アミは驚きと恐怖のあまり、目を閉じてミストにしがみつく。
一方のミストは近くなっていく小さな穴に位置を調整して、洞窟から飛び出した。
「とりあえずこの村から離れようか……ちゃんと掴まっててね」
ミストはそう言って洞窟の上から飛び降りた。
「そういえば名前を聞いていなかったね」
幾度とない大ジャンプでの移動にアミが慣れてきた頃、ミストはそう口を開いた。
「あの……アミ、です」
「……姓は?」
「あるとは思いますけど、知らされていません」
ミストが眉をひそめる。
「へえ……まあ、君がいた場所については落ち着いた所で話そう。とりあえずは今日の宿だ」
「見てごらん」とミストが視線を送った先にはアミが生まれた場所とは違う村が木々の間から見えていた。
「村……見たことない、村」
「そうだよ、今日はあそこに泊まろうか」
ミストは村の手前の森に着地した。
「あの村の名前はアルヒ。酒が名産だけど……飲めないよね」
「はい……強くはありません」
清めの為に飲まされた少量の酒で酔ってしまったほどである。
「そういう事じゃ無いんだけどな……」
ミストは苦笑して草を掻き分ける。
「ああ、ミスト様……さん。道を作るならば私が」
「いいんだよ、いまのワタシは竜神じゃないんだから」
ミストは強引にアミを後ろに歩かせ、草を掻き分けた。
「さ、着いたよ」
「あ……」
他の人から見れば酒の樽が多いだけの普通の村。しかしアミにとっては違った。
自分の村以外の知識は全くなかったアミ。そんなアミにとっては異世界に来た、そんな気分になるのだ。
「夜まで少し時間があるね、自由に回っておいで」
ミストはそう言っていつの間にか持っていた鞄から数枚の銀貨を取り出してアミに渡した。
「えっと……その……」
アミは銀貨とミストを交互に見る
「あの、分からないというか……その……」
この銀色のコインの価値も分からなければ自由に回るという事も分からない。
そんな事を訴えるアミの視線を感じたミストは「そうだね」とアミに手を出した。
「一緒に歩こうか」