通り雨
降りだしそうかなぁ、って思った時には既に遅かった。
突然の、雨。
朝はあんなに晴れていたし、天気予報でも雨が降るなんて事言ってなかったから、傘も持っていないし……。
仕方なく私は閉店の札をさげているお店の軒下にお世話になる事にした。
『ついてないなぁ……』
私と同時に発せられた、全く同じ台詞。
びっくりして隣に顔を向けるとやっぱり同じようにびっくりした顔があった。
違ったのは、男か女か。ただそれだけだった。
最初は驚いた顔。次に『あ』と、何かを見つけたような顔。
そして最後に柔らかな笑顔。
彼の顔は次々とその表情を変えてゆく。それを私は最初の驚いた顔のまま見物していたのだった。
「こんにちは」
彼のその声で我にかえり、私は慌てて半開きとなっていた口を閉じた。
「こ、こんにちは…」
挨拶を返してから、私は初めてその人をゆっくりと見る事が出来た。
顔は可愛い…というか、女の子だと言っても通用するんじゃないかってレベルの可愛さだ。
身に纏う雰囲気は柔らかで、この人の周りは時間がゆっくりと流れているみたい。
近くにいるだけでくつろげる人。
――そんな感じの人だった。
「雨」
ポツリ、と呟やかれた言葉。
「は、はい!」
ぼぅっとその顔を見ていた私は慌てて返事をする。
その人はキョトンとした顔をした後、「あぁ」と頷いた。
「僕の名前は『難波 恵』といいます。もしご迷惑でなければ、同じ軒下に雨宿りをする事になった者同士世間話と洒落込みませんか?」
彼は長い台詞を淀みなく言い切り私の言葉を待っている。
……というよりも普通だと嫌味ったらしく聞こえてしまうような台詞もこの人の口から紡がれると全然そう感じない。
もっとこの人と話しをしたい。そう思った私は迷わずに口を開いた。
「えっと私は『岩見 蛍』っていいます。私なんかで良ければいくらでも話相手にして下さいっ」
すると彼はニッコリと笑い「良かったです」と言った。
「それにしても偶然ですね。二人とも名前が『ケイ』というのは」
「あ、そうですね。えっと…難波さんは……」
「恵、で結構ですよ?」
「じゃあ…ケイさんのケイはどんな字なんですか?」
「恵みの恵です。ケイさんは?」
「私は蛍って書いて蛍っていいます」
「綺麗な名前ですね」
「ありがとうございます。恵さんも名前、とってもお似合いですよ」
「あはは、良く言われます。女の子みたいな顔してますからね、僕」
「あっ、いえ、そんな意味で言ったんじゃなくて…」
「分かってます。ちょっとからかってみただけです」
「……ひどいです。傷付けちゃったんじゃないかって本気で慌てちゃったじゃないですか!」
「あはは、すみません。蛍さんの顔を見ているとからかってみたくなったもので」
「ひどいです…」
「雨」
「あ…」
気が付くと雨はもう止んでいて、雲の間から青空が覗いていた。
「止んじゃいましたね」
恵さんはそう残念そうに呟いた。
雨が止んだ今、もうこの軒下にいる必要は無い。恵さんは一歩前へと足を進める。
「また会えます?」
気付くと私はそう呟いていた。多分引き止めても恵さんは行ってしまうような気がしたから、そう言うしかなかったんだと思う。
恵さんは振り返りにっこりと笑った。
「蛍さんが僕に会いたいと思っていてくれればまた、どこかで」