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6-1:英雄の子ら

この作品は【Die fantastische Geschichte】シリーズの一つです。設定資料集や【FG 0】と合わせてお楽しみください。

 闇を煌々と照らす篝火。燃え盛る炎は周囲の醜悪な存在たちを赤く染め上げる。

「集いし同胞たちよ。時は来た」

篝火に背を向けて立つ一人の女は、ゆっくりと首を巡らせ語り始める。暗がりから彼女を見つめる不気味な光は、その場所に(ひし)めいている魔物たちの瞳だ。それらを同胞と呼んだ彼女は血のように紅い瞳をぎらぎらと輝かせ、蠱惑的に口元を歪めた。大仰な動作で訴えかける度、艶めかしい肢体に長い赤髪が纏わりつく。

「二十年の時、我らは偉大なる主を戴かぬまま、闇への潜伏を余儀なくされた。全ては忌々しい人間どもが、我らが魔王様を死へと追いやったがため」

――オオオオォ、オオォ

魔物たちは女の言葉に同意するかのように唸る。怨嗟(えんさ)の声が低く響きわたる中、女はなおも言い募る。

「我らの栄華を奪った者どもを恨まずにいられるものか。魔王様に刃を突き立てた英雄どもを憎まずにいられるものか。そう、人間どもはあろうことか奴らを讃え、栄光の名を与えたのだ!」

 魔物たちの怒りは燃え盛る炎の如し。声高に叫ぶ女は天まで届くかのような炎を煽り立てる。復讐をとざわめく魔物たちは、世界のどこかにいる「英雄」への憎悪を滾らせた。

「今この時より、魔王様復活のため我らは立ち上がるのだ! 愚かな人間どもを、再び恐怖の谷へと突き落としてやろうぞ!」

――オオオオオオォォオオ!!

 女は陶酔の眼差しを篝火へと向ける。天を焦がすものは焔か、それとも。

「待っていなさい、英雄ども。リード、ヘクセ、ブリージット、そして――グランディア」


【Die fantastische Geschichte 6】


――――――――――


【6-1:英雄の子ら】

 二十年前、この世界は未曽有の危機に曝されていた。魔物の大軍を率いた魔王が世界征服に乗り出し人間を虐殺、破壊の限りを尽くしたのだ。強大な力を持つ魔王の前に人間たちの連合軍は苦戦を強いられ、もはや成す術は無いと思われていたその時、戦況は唐突に覆される。無名の戦士たちによる快進撃。彼らは勢いのままに魔王軍を撃破し、ついに魔王を死闘の末に討ち取った。長年の戦を人間の勝利で以て終わらせた彼らには栄光の名が与えられ、人々は勝ち取った平和を謳歌し現在に至る。

 人魔大戦と呼ばれるようになったその戦争の傷跡は今尚残っている。人間軍の中心となったこのフィアナ王国も例外ではない。しかし二十年という月日の中で、人々が平和記念の祝祭を催すだけのゆとりを取り戻しているのも事実である。

「いつ見ても王都の祝祭は凄いな。見渡す限り人だらけで、何が何だか分からない」

 祭の熱気に圧倒されている少年は、その琥珀色の瞳を丸くして呟く。先ほどまで王国騎士として国が催している式典の警備に駆り出されていたのだが、ようやく交代の時間になり晴れて彼も祭を楽しむ側になったのだ。横で同じように人波を眺める少女に向かって、少年――フィリオンは興奮冷めやらぬままに捲し立てる。

「なあエミル、二十周年記念で世界中から人が集まってるらしいぞ。珍しい物とかも見れるだろうし、里帰りの土産に良さそうな物も売ってるよな? 俺まだ王都の地理を把握しきれてないから、隅々まで回るには君の案内が必要なんだけど、まさか置いて行ったりしないよな!?」

「落ち着けよ田舎モン。変なことしでかして白い目で見られても知らねぇぞ」

詰め寄られたエミルの方は、彼へ醒めた眼差しを向け乱暴な口調で諌める。ただでさえフィリオンは黙って立っているだけでも目立つのだ。

 幼子のように無邪気な表情を浮かべる顔立ちは精悍で、鍛えられた身体は細すぎず厳つすぎない程度に引き締まっている。釣り気味で鋭い眼つきも普段は持ち前の明るさで和らいでいて、親しみやすい雰囲気の邪魔をすることはない。くすんだ銀色の髪がこの国では珍しいことを差し引いても、特に女性から熱い視線を送られるに十分足る容姿だろう。そんな彼が左右を見回しはしゃいでいたら、注目してくださいと言っているようなものだ。そして更にあることを知られれば、どんな反応が返って来るか容易に想像できる。

「ハァ、お前を見てると色々悲しくなるぜ。憧れの『グランディア』の息子が、まさかこんな奴だなんて」

 フィリオンの姓はグランディア。それは人魔大戦で活躍した英雄たちの内、魔王に留めを刺した男に与えられた名であり、フィリオンはその実の息子である。更に彼の母もまた共に戦った仲間の一人であるため、両親ともに救国の英雄というとんでもない存在だ。しかし当の本人は自分の特殊さに気づいていない――両親の偉大さは分かっているが、それと自分を完全に切り離している――ので、何の躊躇いも無く「グランディア」を名乗った上で情けない所を見せることがある。英雄に憧れる者たちの幻想を壊すような彼に、エミルはやれやれといった様子で肩を竦める。

 しかしそれに関してはフィリオンも黙っていない。エミルもまた、似たような境遇にあるからだ。

「エミルだって『リード』だろう。せめて外見だけでも女の子らしくしてほしいのに、とうとう髪まで切ったって、リード団長が嘆いていたぞ」

「う、うるせぇな、短い方が楽なんだよ! それにあたしは格闘家なんだから、着飾ったって似合わねぇだろ」

 リードもまた、現在フィアナ王国騎士団長を務める英雄が授けられた姓だ。その娘エミルは艶やかな黒い髪が美しい貴族令嬢だ、と言えたら良かったのだが、実際はドレスより鎧が着たいと言い出す男勝りな少女だ。胸部の控えめな膨らみや細い腰回りのおかげで性別を間違うことはまず無いが、適度に筋肉のついた手足から繰り出される強烈な一撃に伸された男は数知れず。漆黒のくりくりとした瞳に可憐だと心を動かされた次の瞬間に、淑やかさとは真逆の荒々しい口調で淡い思慕の念を打ち砕かれた者はもっといる。年頃の娘がこれでは嫁にも行けなくなるのでは、と父親は頭を抱えているらしい。

(リード団長も可哀そうに。でも本当にエミルが貴族のお嬢さんらしくしたら、こうして一緒に過ごせなかっただろうな。華やかにしない方が、逆に助かるかもしれない)

 フィリオンは娘を想う騎士団長に同情しつつも、着飾った女性が苦手な身には、エミルの異性を意識させない振る舞いは有難いと感じていた。そう結論づけたフィリオンは論議を続けようとはせず、普段通りの笑みで彼女へと手を差し出す。祭の人混みの中で彼女とはぐれたら、迷子になるのはフィリオンの方だからだ。

「まあ、エミルはそのままでいいさ。そろそろ行こう、早くしないと日が暮れる。……どうした?」

「――っ、なんでもない! 案内してやるんだから、何か奢れよな!」

差し出された手と彼の顔を交互に見たエミルは、顔を赤らめ手を取ることなくずんずんと歩き出す。

 疑問符を頭上に浮かべたまま後を追いかけたフィリオンは知らない。

(こういう所が嫌なんだ。ただでさえ『グランディア』にそっくりのくせに、あたしに、こんな……素の表情を見せるなんて、優しくするなんて、何考えてやがる!)

エミルが普段の彼に呆れるどころか、胸を高鳴らせていることなど。父を含めた全ての英雄たちを尊敬する彼女は、特に父も絶賛する「グランディア」に憧れている。手の届かない遠い存在だと感じてしまうのは、何度本人と顔を合わせても変わらなかった。しかしそれによく似た息子は、強い憧憬を向けて来た姿そのままに、彼女の隣に居ようとするのだ。本人よりも距離の近い敬愛の対象に、恋心まで抱くなと言うのは無理がある。


 賑やかな祭を楽しむ英雄の子が二人。そうと知らなければそこに居るのは、ごく平凡な思春期の少年少女であった。


――――――――――


 祝祭は三日間行われる。一日目は人魔大戦で亡くなった人々を悼み、人々は墓を訪ねたり国が慰霊式を行ったりする日だ。そして二日目は厳かな雰囲気漂う前日とは逆に、王都では平和を祝して盛大なパレードが開催されるなど、国中がお祭り騒ぎとなる。この日には英雄たちを題材にした劇なども好んで上演される。そして今日は三日目。昼間の華やかさは変わらずに、平和と未来への希望を讃えてある儀式が夜に行われる。

「今年は二十年の節目だから、儀式は『ヘクセ』と『ブリージット』の二人がするんだとよ」

「へぇ……なら今年の光華の誓いは派手になりそうだな。いつも以上に祈りが天に届きそうだ」

 三日目夜の儀式、それは〈光華の誓い〉と呼ばれるもので、内容自体は光属性の魔法を空高く打ち上げるだけという簡素なものだ。しかしそこには平和への感謝や死者への哀悼の念、そして未来へ希望を繋ぐという誓いが込められている。夜空に咲く光の華が、人々の祈りの形だ。

 高かった太陽はもうだいぶ傾いている。散々歩き回って疲れた二人は光華の誓いがよく見える、街の高台でベンチに腰を下ろしていた。完全に日が落ちれば儀式が始まり、宣誓と共に次々と魔法が放たれる。その光は国中から見えるほど高く上がり、幻想的な輝きへ人々は祈りを捧げてきた。フィリオンも王都に来るまでは、故郷の村で毎年この儀式を見守っていた。その横には、いつも両親が居た。

「宣誓は親父がするっつうし、英雄が揃い踏みするんじゃないかって期待してたんだけど。お前のところは来ないのか?」

「もしかしたら王都まで来ているかもしれないけど、いつも通り行事には参加しないだろうな。英雄扱いを嫌がるから」

平和と繁栄を謳う宣誓も、光華を咲かせる役目も、今年は英雄たちが行うようだ。普段はあまり目立とうとしない彼らだが、こうして大事な時に表へ出て来ると、人魔大戦という過去の事実を改めて認識する。二十年前の現実を忘れないために、今も英雄たちは表舞台から退かないようにしているのだ。

「父さん達は戦争中に十分頑張ったから、英雄としての仕事は他の三人が引き受けるんだってさ。俺が騎士になることも、英雄の子として扱われるから大変だって反対してくれた」

 リードもヘクセもブリージットも、今では国の要職に就いている。しかしグランディアだけはそれを避け、その妻もまた王都から離れた地へ着いて行った。戦後、徒人(ただびと)に戻ることを望んだグランディアたちのために、他の三人は様々な面で尽力している。フィリオンが騎士になりたいと言い出した時も、特別扱いされて他の人々とは別の所で苦労するだろうと心配していた。

「そういえば、フィリオンはなんで騎士になったんだ? 他の英雄たちですらそれなら、お前の両親も反対しただろ」

 エミルはふと疑問に思ったことを尋ねる。フィリオンはエミルの知らない内に騎士団へ入ることが決定していたため、彼女はこれまで理由を知らずに騎士であることを受け入れていた。反対されていたという話は初耳だった。彼女自身、護身のためという名目でなければ武術を習わせてもらえなかったのだ。子供たちには戦いと縁の無い生活をと望んだのは、リードだけではなくグランディアも同じだろう。

 しばらく考える素振りを見せたフィリオンは、儀式が今に始まろうとしている場所を見つめる。そこから視線を逸らさぬまま、ゆっくりと話し出す。

「小さい頃から、英雄たちの話は周りの人に聞かされてきた。皆がどんな想いで戦ったのか、なんで父さん達が英雄と呼ばれているのか」

 フィリオンは現在18歳で、エミルも17歳。戦後に生まれた彼らは、当時のことを話の中でしか知らない。多くの人が亡くなったことも、生き残った者達が背負ってきた痛みも。本当は英雄と呼ばれるべき仲間がもっと居たのだと語る両親が、なぜあんなにも悲しげだったのかも、察することしかできない。

「俺たちは当時生まれてすらいなかったけど、命懸けで戦った人たちが居るから、こうして今を過ごせることには変わりない。英雄たちが勝利しなければ、今の平和は無かったんだ」

他ならぬ当事者を知っているからこそ、無視することはできない事実。それを受け止めた日から、少年はある決意を抱く。英雄たちの想いに反してでも騎士となることを決めたのだ。


「俺はこの平和を守りたい。大切な人たちと、大切な場所で、これからも生きるために。英雄たちが必死の思いで勝ち取ったこの平和が、俺は好きなんだ」

 守りたいものがあると告げた時、少年の両親は笑っていた。それなら戦いの道に進むことを、否定はしないと許したのだ。複雑な心境だったに違いないが、父は武器を稽古し母は魔法を授け、かつての仲間が率いる騎士団へ送り出した。

「だから俺は、平和をこの手で守るために、騎士になったんだ」

 次々に打ち上がる光の華が、少年のピアスを輝かせる。右の赤と左の青は、家を出る彼のために、両親が用意した「お守り」だ。彼の決意が揺らぐことなく、真っ直ぐ道を歩めるようにと祈りが込められている。


 夜空に輝く大輪の花。それが未来でも咲き誇ることを願い、英雄の子らは静かに見つめていた。


【Die fantastische Geschichte 6-1 Ende】


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