プロローグ
某県、某所。
某私立高校の某部活にて。
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春のうららかな日差しが窓から差し込んでくる。
そんな柔らかい空間に二人の男女が居た。
一人は緊張した面持ちで、慣れない様子の男子生徒。
一人は顎に人差し指を当て、何か考え事をしている様子の女子生徒。
のんびりとした春独特の雰囲気もある所為だろうか。
二人の間には今一つとて会話がない。
そんな沈黙に痺れを切らしたのか、彼は口を開いた。
「…あの、先輩」
とても謙虚に、控えめに。
外の騒がしい空間でなら直ぐにでも掻き消されてしまいそうな声。
だが、この外界とは隔離された空間ではそんな声でさえも大きく感じる。
「何かしら、新入り君」
先輩、と呼ばれた女子生徒は彼に目もやらずに答えた。
「いやあの『何かしら』って…
えっと、…俺の今の状況ってどうなってるかわかります?」
「それは人に聞くべきことではないわ。己の心に問いなさい」
処刑人が罪人の首を斬るように、言葉の刃を突きつける。
男子生徒は行き場を失くしたかのように言葉に詰まった。
もう四月というのに、肌寒い。
それは彼女独特の冷たい雰囲気の所為だろうか。
恐らく彼の体感温度は見る見る内に下がっているだろう。
そして彼も腕を組み、何故自分がこの様な状況になっているのか考え始めた。
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時は一時間前に遡る。
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帰りのホームルームが終わり、この後の予定は帰宅のみ。
入学して二週間が経つが部活には入っていない。
部活に入ったところで結局は人間関係に疲れて、辞めてしまうだろうから。
それなのに。
彼女は脅迫、いや恐らく勧誘してきたのだ。
「そこの新入生」
特に大きな声でもないのに透き通る高い声。
きっと美人なんだろうな、でもそんな人が俺に話しかける訳ないよな、と思いながら自転車を押す。
その行く手を、阻まれた。
白く、触れてしまえば壊れてしまいそうな柔い手。
心臓がドクンと跳ねた。
「無視をするとは上等ね。
私、初めて人に無視をされたわ。しかも年下」
冷気に包まれた視線を向けられ、違う意味で心臓が跳ねた。
やべぇ、何この人。
絶対この視線だけで人間何人か殺してきてるよ。
「す、すいませんっ」
恐怖を自覚したのと同時に謝罪の言葉が出ていた。
俺の社畜スキル恐るべし。
そして彼女は言った。「ついてきなさい」
春の荒れた風が、葉が芽吹きだした桜の花を全て散らせた。
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そして、何だかよく解らない書類に判子を押して今に至る。
クソッ…
俺のおバカ。
二人きりの密室でキレイな先輩にお説教とかされちゃったらどうしようとか考えてた俺のおバカ。
現実なんてそうだよね。
上手い話に乗せられて保証人になって怖い人に毎日毎日怖い思いさせられるんだよね。
知ってる。
「…まとまったわ」
ふと、冷たさも殺傷力もないソプラノの声が聞こえた。
彼女の表情には安堵さえも窺える。
「どうしたんですか」
「えぇ。少しパンツの定義について考えていたところよ」
「あぁ、パンツですか。春ですね」
パンツか、パンツねぇー…。
パンツだと!!?
「パンツの定義って何言ってんすか!!?」
あまりにも淡々と、そして恥ずかし気もなく答えるので思わず受け流すところだった。
この顔で何言ってんだこの人。
てか「パンツの定義」について小一時間、考えていたのか。
俺の時間を返せ。
そして此処は何なんだ。
あなたは誰なんだ。
俺を誘拐、いや脅迫、いや勧誘した理由は何なんだ。
プツン、と糸が切れたかの様に言葉が出てくる。
彼女は小首を傾げ、ごく簡潔に答えた。
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「此処は悩み相談部、人々は哲学部と呼んでいるそうだわ」
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