赤衣青衣メルトラン
昔投稿していたのものを改稿したものです。よろしくお願い致します。
大学デビュー。
心地よい響きですね。憧れますね。やはり間違った青春を謳歌してみたり、可愛い彼女と幼馴染との間で修羅場ってみたりするのかもしれません。そのくらい新しい?フィールドで何かしたくなる。それが大学デビューなわけです。僕にも大学デビューの憧れはありました。
しかし、それは結論からいえば、無理でした。
大学デビューという一大ミッションを見事完遂するにはある一つの前提条件があったのです。それは?
――あらゆる関係を白紙にできること。そしてそうしてできた白いカンバスに新しい関係を描けること。
僕の場合はその前提を満たしていませんでした。ああ神様、なんと残酷な。
正確にいえば、白紙にできなかったのです。ああ無念。
僕の心の侘しさとは裏腹に、大学のキャンパスはいつも賑やかです。裸で走り回るバカもいれば、昼間から飲んだくれているアホもいます。……なんだこの大学、大丈夫か?
これでも規模だけは大きく、その賑やかさは私大の雄と言われるだけのことはあると思っています。
僕は今現在、僕自身では到底手に負えない悩みを抱えています。その解決のためにある人の助言を得ようと思い、辺りを見渡し必死に?人探しをしているのです。
必死ですよ?命かかってますしね。
あ――いましたいました。烏帽子をカブり、片側だけ半袖の狩衣を羽織ったベリーショートにホットパンツの女の子。チャームポイントは半袖から出た、透き通るような二の腕。どんぐり眼が少年を彷彿させます。
彼女は学部前でいつものアレをやってました。新歓やら何やらで人が溢れ返っているというのに、女の子の周囲だけはまるで真空状態。あーやっぱり痛い子でした。
彼女が僕の探していた人なのですが、正直めんどくさい。
「お、おはよう。暑くないの、それ?」
無論、彼女の服装のことです。真夏の真っ只中で完全武装(二の腕除く)とは季節感まるでなし。
ほんとは「おはよう、痛くないの、それ?」と聞きたかった。すごく。
「……今は話しかけないで。陣を描いているから。桐原君。君のためにやってるんだから感謝しなさいな」
さも当然であるかのように得体のしれないサークルを一心不乱に描く女の子。残念ながら僕の友達です。痛い、痛すぎるよ。周りの視線が。
彼女は三条美衣。この大学には推薦で入ったのだとか。何でも一芸に秀でている、とかで。某業界ではすごく有名な一門のご息女らしいのだけれど。
「あのね、桐原君?君はミーが痛い子だと思ってるね?おかしいと思ってるね?あるいは彼女にしたいと思って、否。想っているね?でもそう上手くはいかないんだよ。ミーにラブコメ展開とか期待してたら痛い目に会う、と言っておこうか。おっとっと、星に願ってもムダムダだよ?星はミーの天敵だからね」
天敵なんですか。大丈夫かよ、この人。
ちなみに三条さんは自分をミーという。美衣だからミー。面白いつもりなのか。つくづく可哀想だと思う。優しくしよう。決めました。
「なんかとんでもなく失礼なこと考えてるよね?顔に出てますが」
ソンナコトナイデスヨー。
「いや、安心して下さい。僕は年上がタイプだから、ごめんね。付き合えない。それに僕には心に決めた人が――多分人間じゃないけど」
「人間じゃないんかい!?それに何かミーが振られたみたいじゃない、それじゃ!?」
「真実です。時として残酷ですね、真実って」
「滅するよ?」
目が据わってます。怖いです。
「ブレーキランプ5回点滅」
「アイシテルのサイン……って何言わせるんですか」
「じゃあ三条さんはヒロイン担当じゃなかったら何担当というんですか?」
「コ〇イン」
「薬物系ヒロインですね」
「ならサーロイン」
「肉食系ヒロインですね」
「ならばケロヨン」
「カエル系ヒロインですか、斬新ですね。ってかなり遠ざかりましたね、随分」
「さてその真の姿とは……」
三条さんは一拍置きました。
白い二の腕がわずかに揺れました。
「コワイン担当。ホラー系ヒロインです。血とか出ますよ、三秒に一回くらい」
「随分出ますね……輸血が必要そうだ」
「この中に医者はおらんかね―?」
「今すぐ病院行きましょう、精神科ですが」
「病弱陰陽美少女って何か新しいジャンルじゃない?一山当てられそうね」
微少女ですよね、どっちかっていうと。二の腕の良さだけは認めましょう。考え込む三条さん。ニヤニヤしてます。僕は若干イライラしてますが。
三条さんの家系は実は陰陽師の家系らしいのです。あの謎の陣も案外、本物だったりするのかもしれません。
「だから本物だと言ってるでしょう?桐原君はあの陣があるから普通に生活できるのよ?封じ込めてるの。キミに関わる危ないものの力を」
「ありがとうございますね。ところでその陣は何に使うんです?」
何故か呆れる三条さん。人の気遣いをムダにするとは。なんて人だ。
「信じてないわね、いいわよ。試してみれば?でも生き死には保証しないよ」
そう言うと、三条さんは陣のような落書きを消し始めました。あ、落書と言ってはいけませんね。失礼です。落書と呼びましょう。
「万が一、何かあったらメールなさい。わかった?」
こうして、ひょんなことから三条さんのメルアドをゲットした。あんまり嬉しくないけれど。
「そんな陣よりも僕の悩みを聞いてくださいよ」
「恋の悩みかしら?」
「なんで三条さんに相談せにゃあかんのよ」
「なぜって?それは愛し合ってるからさ、知らなかったのかい?」
「知らなかったな、そして永遠に知ることはないでしょうね」
「ええ、そうね。君は知らないのよ」
「……え?ええまあ」
「知らなくて良いことよ。どんな違和感を感じたとしても――」
「気にしなくて良いのよ」
「は?」
「だってもうどうにかできる段階ではないのだから、ね」
三条さんはどこまでも広がる地平線の如き、胸を張って言った。
その瞳はどこか陰惨とした何かを湛えていたように思う。
間もなくそれは現実となり、僕の物語は動き出す。