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時系列的にはもっとも前の話になります。
過去に同人誌に寄稿した同名の短編を改稿した物です。
現行の設定に合わせる形で世界観から人物の履歴まで大小の変更が加えられていますが、あらすじはまったく同じです。
むかしむかし、あるところに、一人の女の子がいました。
「ああ、神さま、精霊さま、どうすればいいのでしょうか」
彼女は嘆きました。とても困っていたからです。
ちなみに、その女の子とはわたしのことです。さらに言うと、実際には別に昔でもなんでもなく、現在進行形の話でもあります。
ええ、はい、そうです。
わたしの物語をはじめるにあたって、「むかしむかし」というお話の出だしの常套句である言い回しを、ちょっと使ってみたかったのです。
けれども、困っているのは本当の話です。
思わず現実逃避めいた考えにひたって、縁遠い創霊の神さまにすら、すがりたくなるくらいには困り果てていました。
それは、夏至のお祭りから一週間ほどが経過したある日のことです。
大店が軒を連ねる商都パルマの一等地。ハミルトン商会を前にして、わたしは途方にくれていました。
わたしと同郷の成功した商人ビル・ハミルトン氏は、東方からの輸入品である上等な布地と織物を主に扱う豪商で、地縁を頼りに、この夏から、商会に奉公に上がることになっていました。
ところが、故郷の島から船に揺られてやって来てみれば、肝心のハミルトン商会が、この世に存在しないことが分かったのです。
いえ、別に、ハミルトン氏が詐欺師だったとか、大法螺吹きだったというわけではありません。
より正確には、一月ほど前までは確かに存在していたけれど、現在はそうではないことが判明した、でしょうか。
空っぽの店舗跡。
大路の一角を未だに占め続ける立派な店構えが、かつての繁盛を偲ばせるばかりでした。
人気の絶えた建物を前に、わたしは、すっかり困惑していました。
年端も行かない田舎娘が、大通りの真ん中に茫然と立ち尽くす姿は、さぞや不審であったことでしょう。
通りすがる人たちが、迷惑そうな視線を向けて、けれども係わりあいになるのを避けて、迂回していくのが分かりました。
季節は今しも夏の盛りに向けて走りだしたところ。
活気に満ちたパルマの喧騒の中に、蝉の鳴き声が混ざりはじめていました。
あたかも青銅の鈴を千個も落としたような、生命力に満ち満ちた甲高い響きが、凛々と繁忙の跡地にこだまして、いっそうの寂寥感をかきたてました。
人の気も知らず、盛んに鳴いてくれます。
どうしてくれましょう。
いえ、八つ当たりですね、これは。
思わず悪態をついて、手当たり次第に石をぶつけてやりたい衝動を、すんでのところで飲み込みます。
気づけば胸元のお守りに手が伸びていました。
握りしめた小瓶のひんやりとした感触に、ほっと人心地がつきます。
驚いたり、怒ったり、動揺したり、気分が昂揚したり、逆に滅入ったときなど、意識せずいじりまわす癖がありました。
言うなれば女王への祈りの一種なのでしょう。
ため息をつき、空を眺め、また前方に視線をもどします。
ですが、やっぱり、存在しないものは存在しないのです。
たとえどれだけ強く見据えてみても、現実が変わるわけではありません。
変わったら良いんですけどね。
嫌々ながら、現実を理解させられたわたしは、勇気を出して通りすがりのおじさんに声をかけました。
「あのっその、ええっと……こ、ここには確か、ハミルトン商会がありませんでしたっけ?」
あちゃあ。
我ながら、混乱しているのがはっきりと分かる醜態でした。
自分でも驚くくらい、声がうわずっています。
ですが、そんなことを気にしている心の余裕はありませんでした。
まずは、一体何がどうなっているのかを把握しなければなりません。
アワアワと泡を食って、思いつくままに尋ねます。
そんな、あまりにも必死なわたしの姿を哀れに思ったのでしょうか、思いのほか、親切な対応をしてもらったように思います。
おじさんが懇切丁寧に教えてくれた――その分、枝葉末節のどうでもいい噂や興味本位の意見も多い話を要約すると、こういうことです。
発端は東方からの商船団。
事態を遡れば半年前のことです。
パルマでは毎年一月ごろになると、季節風に乗って東海の彼方から異邦の船が来航するのが常でした。
大洋を周回する大海亀の背中に生える巨大な霊樹の上に築かれた東洋国。
例年通りならば、この時季が、東方貿易のかきいれ時です。
神秘的な、東洋からの客人たちが持ち込む少数の品物が、人々の東方への興味をほど良く掻き立て、商売をしやすくしました。
それが、今年は新しい航路が開拓されたとかなんとかで、去年までに数倍する数の商船が訪れました。
その結果、織物を含む東方の産物が、多数、市場に流れました。
にわかに、東方趣味がパルマの巷を席巻しました。
ちょっと聞くと、ハミルトン商会も大繁盛なんじゃないかと思いましたが、そこには思わぬ落とし穴がありました。
大船団が運んできた商品は、本当に大量で、値崩れを起こさせるに十分なものがあったのです。
結果、ハミルトン氏を筆頭に東方の産物を扱う商人たちの資産は大きく目減りすることになりました。
ただ、それだけならば、他の多くの貿易商がそうであるように、経営が苦しくこそなれ、今でも商会は存在していたでしょう。
ですが、不幸というのは続くものです。
悪運の矢は彼一人に的を絞ったかのように放たれました。
商会が所有、出資していた貿易船という貿易船が、ことごとく沈没してしまったのです。
結果、わたしと同郷の成功していた商人はいなくなり、いまや破産し失敗者となったビル・ハミルトン氏は、債権者の追及を逃れるためにどことも知れない土地に雲隠れしてしまったとのことです。
ようするに、わたしの雇用者(となるはずであった人物)は、夜逃げしてしまったのです。
それが一月前の話。
なんということもありません、わたしが故郷の島を出発する以前から、ハミルトン商会はとっくに倒産してしまっていたのです。
従業員たちには新しい職場が仲介されたという話ですが、倒産を巡るドサクサに、上京してくる田舎娘のことはすっかり忘れ去られてしまっていたということなのでしょう。
わたしは困り果てていました。
悪質で大掛かりな詐欺にでもあったような気分です。
◇ ◇ ◇
わたしの名前はシャーリー・シュライン、十四歳の人間族の娘です。
生まれ育ったのはシュメイカー島。
パルマの港から南西に、帆船で三、四日――風の精霊の気紛れな後押しに恵まれれば二日ほど航海したところにある離れ小島で、半農半漁を営む人魚と人間が半々くらいの小さな集落が一つあるきりの辺鄙な島です。
わたしはそこで司祭の娘として生まれました。
父は教師として冠婚葬祭の一切を取り仕切る島の教区司祭であり、また、島の祠堂の管理人でした。
かつて聖地において水の精霊の女王《水霊王》を主神として崇敬する教団に属していた若き日の父は、当時不在となっていた宗教指導者を求める島の声に応える形で、妻を伴って島へと渡りました。
もっとも当時を知る人間に言わせると、妻の方がその夫を引っ張って来たように見えたとか。
「魔女様が司祭様を連れて来た」
それが寺男として二百年以上過ごしてきたというガーゴイルのボーバン爺さんお気に入りの冗談でした。
定期船で来るとばかり思っていたら、箒に乗って飛んできたわけですから、それはもう驚いたことでしょう。
母は思い立ったら、すぐ行動に移さなければ気が済まない人でした。
そして父は父で普段の折り目正しい生活からは、思いもよらないような突拍子もないことを、思い出したようにしでかす人でした。
昔から真面目一辺倒の人間に見えて、その実柔軟すぎるくらいに柔軟な思考の持ち主なのです。
さもなければ魔女を妻に迎えたりはしないでしょうし、豊漁を願う異教の儀式を執り行ったりもしないでしょう。
水神の司祭である父は、あくまでも水の精霊にお仕えする身ですから、他の精霊や神々に関係する儀式や祖霊の供養などは、本来の職務からは離れることなのですが、そこは小さな島のことですので、父が一括して諸般の霊廟や精霊の祠堂を管理していました。
そしてまた、薬師の祖とされる水の精霊の司祭の常として、医術と薬学に通じた癒し手でもありました。
娘の欲目もあるかとは思いますが、それを差し引いても、司祭として、村一番の学識者として、父は島民から慕われていたと思います。
けれども、その父も去年の冬に亡くなりました。
母はわたしが七つの時に死んでいます。
そして、たとえ慕われていたと言っても、もともと父は開教師として島の外からやって来た人間なので、我家は村から見れば余所者です。
先祖伝来の田畑があるわけでもなく、わたしには本格的な農作業や漁業の経験もありません。
と言っても、別に邪険にされていたわけでもありません。
気にかけてくれる人も大勢いましたし、そのまま幼馴染みの誰かの家に嫁入りするという生き方もあったでしょう。
これでも、好きだと言ってくれる人は何人かいたのです。
えへん。
ただ、ただです。
父の葬儀からしばらくして、新しく来られた後任の司祭さまに、父から預かっていた精霊院の鍵を手渡した時、ほっと肩の荷を下ろすと同時に、ふと、疑問に思ってしまったのです。
わたしの人生は、それで良いのだろうかと。
自分は何かすごいことができるんじゃないか、素晴らしい出来事が待っているんじゃないか。
そんな漠然とした期待が胸の中で、日に日に大きくなっていきました。
わたしにも人並みに都会というものに憧れる気持ちがあったのです。
それも、実際を知らない女の子が、噂話や物語、書物を通じて育んだ、恋に恋をするような夢想的な憧れです。
さらには、その蜃気楼の向こう側にちらりと見えた自分自身の未来への、いくぶん夢見がちで誇大妄想じみた楽観的展望とちょっとばかりの逃避が混じったふわふわと宙に浮いたような感覚。
心の中で限界まで理想化された都市は、さしずめ虹や蜃気楼のようなものです。本当はそこには存在しないことは十分分かっているのに、惹かれずにはいられません。
それを若さに任せての向こう見ずな衝動にすぎないと人は言うかもしれませんし、わたし自身そのように感じるところがないわけでもありません。
どちらでも構いません。
いいえ、構っている余裕がありませんでした。
街への憧れは、今や爆発せんばかり。
古いことわざにもあるように、千里の駒は馬銜を得ず、思慕とは抑えがたきもの、なのです。
わたしは島を出ることにしました。
目指すは十万の都パルマ。
島から最も近い都会ですし、それになんと言っても大陸屈指の大都市です。
島の人間がパルマへと出て行くときには、いつだってハミルトン氏に頼りました。
一介の水夫から身を起こし、ついにはパルマの実質的な統治機関である商人連盟の――元は貿易商人たちの組合として始まったのでこう呼びます――幹部議員にまで上りつめた、島の立志伝中の人物でした。
御多分にもれず、わたしも彼に頼れないものかと考えました。
ハミルトン氏の親戚である(村の住人は大体どこかで血が繋がっていますが)村の長老を介して、問い合わせの手紙を送ると、氏からはすぐに色好い返事がありました。
彼はこころよくわたしを雇い入れてくれると書いてよこしたのです。
それからわたしは、身の回りの整理をしながら、心躍らせて約束の日を待ちました。
そして、パルマとシュメイカー島を繋ぐ定期船がやって来ました。
隣人たちや地下に眠る両親への別れを済ませて、期待を胸に船出したわたしは、奉公に上がるはずだったこの日をこうしてパルマの地で迎えたのです。
それが……なんということでしょうか。
わたしは一日にして、それも一瞬たりとも働くことなく失業者になってしまったようです。
遠い国では、都市の中にあって定職に就いていない人間は犯罪者として扱われるという話を聞いたことがありますが、犯罪者にはならないまでも、働き口がなければ生きていけないのは同じことです。
田舎から出てきたばかりで、頼れる身寄りなど存在しません。
ハミルトン氏の商会では、わたし以外にもシュメイカー島出身者がたくさん働いていましたし、商会の従業員以外でも氏に仕事と住まいを世話してもらった人間は数多く存在しました。
彼らになら頼れたかもしれません。
ですが、どこにいるのかが分かりません。
愚かにもわたしは、あとで直接聞けば良いだろうと、のんきに構えて調べようともしなかったのです。
故郷に帰ればいいのではないかと思われる方もいるでしょうが、そうするわけにはいかない理由があるのです。
パルマとシュメイカー島の間に定期船は二ヶ月に一便しか出ていません。
そして、船は行って帰ってきたばかり。
つまり、次の船は二ヵ月後です。その便で故郷に帰るにしろ、帰らないにしろ、わたしはそれまで生き残らなければなりません。
◇ ◇ ◇
その日から、わたしの職探しがはじまりました。
首尾は上々、すぐに素晴らしい職場が見つかりました。お給金も高く、仕事仲間も気の良い人たちばかりと言うことがありません。
ごめんなさい、嘘です。甘く見てました大都会。
そんな都合の良い話があるわけもなかったのです。
あれから八日、投宿した宿屋を拠点に仕事を探していますが、わたしは未だに無職です。
「観光気分が抜けてないからじゃないかな」
宿の看板娘クーニャさんから手厳しい指摘をいただきました。
この気風の良い猫系獣人種族のお姉さんは、ズバズバと物を言います。
実際、わたしはのほほんとしていました。
奉公先がなくなったと知った時は、この世の終わりかとも思われましたが、考えようによってはパルマという街を見て回る、またとない機会でした。
渡り鳥の止まり木。世界の交わる地。数知れぬ異名と美称を詩人たちから捧げられたパルマの大市。
千の市場。真珠の都。栄光の大都。賢者の国。
すべてパルマの別名です。
そのまま仕事に入っていたら、バタバタとして、こんなにのんびりと見てはいられなかったはずです。
緊迫感がいまひとつ足りていないのは、財布にまだしばらくは余裕があって、今日明日でどうにかなるほどではないからでしょう。
一巡りほど生活してみて分かりましたが、物価は想像した以上に高いですが、節約をすればギリギリで二ヶ月くらいはもちそうです。
「でもさ、それって、生活するだけの話でしょ? そこまでいったら帰りの船賃はなくなってるんじゃないかと思うんだけど」
そう、そこが問題です。
そういう意味では事態はまったく改善されてはいません。
当初思われたほどには絶望的ではなかったという、ただそれだけの話です。
ですが。
「わたしも、ただ漫然と観光をしていたわけではありません」
本当ですよ。それはちょっとばかし浮ついていた自覚はありますけど。
「仕事を探すならば、商人連盟の斡旋する依頼を受けるのが常道であると知りました」
日参しています。連盟本部の受付嬢とは既に顔馴染みです。
大半は男性向けの力仕事ですが、わたしのような若い娘が必要とされる仕事もそれなりにはあるみたいです。
そうそう。依頼斡旋の掲示板にはクーニャさん名義のお仕事もありました。
「珍しいお酒があれば買い取ります、でしたか」
「お酒の仕入れも私の仕事だからね。なにせウチの親父様ときたら、宿酒場の経営者のくせしてお酒が飲めないときたもんだから」
やれやれと大袈裟な身振りで困った様子を示します。
「でも、あなた、仕入れるルートなんて持ってないでしょう? ましてや造れやしないだろうし」
もちろん、それは無理です。
世の中には神酒の雨を降らせる巫女やら、異世界の美酒を呼び出す召喚術師やら、とてつもないことをやってのける人たちも存在しますが、まさかわたしにそんなことができるはずもなく。
「そうですね。お酒の仕込みになら、水を浄化する魔術で多少なりお役に立てるかもしれませんが、それだけです」
なにより、わたしが一度に浄化できるのは小さめの樽一個が限度ですから、この程度の水量では酒蔵の水はまかなえないでしょう。
「あれ……あなた、水を綺麗にする魔術なんて使えたの?」
「はい。水霊王の司祭の娘として、恥ずかしくない程度にですが」
「ふーん」
クーニャさんは納得した様子で、少し考える素振りを見せました。
「魔術が使えるとなると、当然読み書きもできる……よね?」
「そう、それなんです、読み書き。昨日、斡旋所で張り紙を見つけたんですが、とある学者さんが写本を作るために、写字生を募集しているんです。出来高制で、一ページにつき基本給がこんなに!」
誤字や脱字、衍字、行の抜けがあれば、その数に従ってお給料から引かれるみたいですが、上手くすれば結構な額を稼げそうです。
「……え、ああ、そうねえ。とらぬ狸のなんとやらって言葉もあるけれど、上手く行くと良いわね」
「はい、では行ってきます」
なにやら考えごとをしていたようで、少し気のない言葉でしたが、もらった激励を受けてわたしは働きに出かけました。
それから数日。
結論から言えば、写本の仕事はおおむね上手く行きました。
依頼人はフィリエラさんというエルフの学者さん。
わたしは成人前の小娘ですから、最初はまるで取り合ってもらえませんでしたが、試しに字を書いてみせたら一発で採用してもらえました。
その上、依頼人はわたしの身の上を聞くと、たいそう同情してくださって、お給金に色をつけてくれました。
写字生は、写本作成の要となる、文字を書き写すお仕事です。当然、字が上手じゃないと務まりませんが、こう見えて字には自信があります。
これも父の教育の賜物です。
ただ、それで何もかも上手く行ったわけではありません。
想定外のこともありました。
この写本作業は以前から行われていたわけですが、今日の作業で全て写し終えてしまったのです。
実際、依頼人が奮発したのも作業完了の勢いが大きいでしょう。
つまり、明日からは仕事がありません。
お金を稼いだことは喜ばしく、しかし、結局、事態が改善されていないことには憂鬱を感じながら宿に戻ったわたしを、二人の女性が待っていました。
「お帰りっ、シャーリー。朗報よ」
一人はクーニャさんです。笑顔でわたしに手招きして、もう一人のとても綺麗な女の人に引き合わせました。
「こちらはネリアさん。あなたを雇ってくれるそうよ」
「本当ですか!」
憂鬱も喜びも吹き飛びました。
あとにはただびっくりした感情が残ります。
どうやら、クーニャさんは独自にわたしの働き口を探してくれていたようなのです。
「待って、クーニャ。あたしは一度この子と会って話を聞いてみると言っただけで、雇うとはまだ言っていないわよ」
豊かな黒髪を頭の後ろに結い上げた、下げ髪の美人が、少しだけ訂正を入れました。
気が早いと笑いながら、飲んでいた杯を置きます。
あたりに果実酒の匂いが漂いました。
「こんばんは、シャーリー。クーニャにあなたを紹介されました」
ゆったりとした挨拶。
鈴を転がすような、というのはこういう声を言うのだと納得しました。
最初、花の精霊かなにかと見まがいましたが、わたしと同じ人間族です。
綺麗な薔薇が染め出された更紗を、異国風に、飾り帯でそのまま巻きつけただけのスカートから、素足が時折のぞいていました。
「なんでも水を浄化する魔術と読み書きができるそうね。ならば、確認するのだけれど、計算はできる?」
どうやら、わたしはこれから面接をされるみたいだと気づきました。
「できます。もちろん、あまり高度な数学は無理ですが」
「足し引き掛け割りの四則演算ができれば充分よ」
「余裕です。それに、ゼロの概念も理解してますし、あの計算に使う金属の玉、つまり計算盤もちょっとは使えます」
自分でも驚くくらいに熱心でした。
仕事を逃してなるものかという思いも当然ありましたが、それ以上に、この女の人に惹かれました。
わたしが男の子ならば、きっと一目ぼれだと信じたでしょう。
「良い言葉ね」
面接官は満足そうにうなずきました。黒い瞳が印象的でした。
「結構、あなたを雇いましょう。あっと言い遅れたわね。あたしはリンベルク家のネリア、錬金術師よ」