ロサーリア
「ねえシャーリー、今日のおやつは何かしら」
「かぼちゃの餡のお饅頭ですよ」
「それは素敵ね」
エメラルドの台座の上でロゼがうっとり笑顔で呟きました。
花の妖精にも似た手の平サイズの彼女はロサーリア[ロゼ]。
夜の森に咲く銀色の薔薇の香気と精髄を練り上げて創られた、錬金術の小人[ホムンクルス]。
光を発する翠玉の盤[タブラ・スマラグディナ]――エメラルドのタブレットの中で生きる彼女こそ、工房の名前にもなった〈薔薇の乙女〉その人です。
そんなロゼはなかなかのお洒落さんでした。
今日の装いは夏の空色のブラウスに、南海風のスカート、蜻蛉の翅でできたケープに、どんぐりをくりぬいて作った木靴、それから色とりどりの花びらを連ねた頭飾り。
コルク栓の腰掛に座った姿は妖精人形のようでした。
と、ふいに、はたと何かに気づいた様子で両手を叩いて声をあげました。
「そうだ! かぼちゃ柄のお皿がなかったかしら。
ううん、あったはずだよ。どこへしまっちゃったかなあ」
どこからともなく鞄を取り出し、これでもない、それでもない、どこへ行った、と上を下へ、右へ左へ、鞄の中身をひっくりかえしての大騒ぎです。
櫛、手鏡、喇叭に小太鼓、その場に、彼女曰く「宝物」の山が積み上がります。
「かぼちゃのお皿ですか、良いですね」
どうやら、そのお皿にかぼちゃのお饅頭を盛りつけて欲しいみたいです。
そして、それはたしかに素敵な考えだと思えました。
そうなると、こちらとしても、お茶を入れる器など、周囲の物も合わせてみたくなります。
どれを使おうかな、とわたしが頭の中で目星をつける合間にも、山はどんどん嵩を増して行きました。
明らかに鞄より大きな山でした。
大噴火です。あるいは土砂崩れ。
山の麓のある所では、放りだされた拍子に口の開いた宝石箱から、数珠珠の実がこぼれだしていました。つやつやした黒い輝きが目をひきます。
石や骨、木製のビーズに、おはじきにちょうど良さそうな蜻蛉玉なんかも時折混じっていました。もっとも、ロゼの体の大きさだと、おはじきの用途には使えそうにありませんでしたが。
それにしても、数珠珠とは懐かしいです。
大きくなってからは、まれに薬に使うので少量を、それも実ではなく根っこの部分に用があって取り置くくらいでしたが、幼い頃は、腕輪を作ったり、お手玉にしたり、わたしも夢中になって集めたものです。
四つまでは行けたんですけど、五つからがどうしても出来なかったんですよね、お手玉。
あとは白粉[おしろい]の花を集めたりもしましたっけ。
「あった! これよこれ」
記憶を刺激され、幼い日の思い出を掘り起こしたわたしが追憶の瀬に遊んでいるうちに、ロゼはついにお目当ての品を掘り返すのに成功したようでした。
器を手に、歓声を挙げながら、クルクルと踊るように跳ね回りました。
「無事に見つかったみたいでなによりです。たしかに素敵なお皿ですね」
ロゼはさっき「かぼちゃ柄のお皿」と言っていましたが、わたしが見たところ、かぼちゃを模した蓋付の小鉢ですね。ヘタが摘まみになっています。
「でしょう! ゴーレムの陶工が作ったものなんだから」
「それはすごい」
思わず感嘆の声をあげました。
ロゼ御自慢のお皿は、ゴーレム窯の磁器だったのです。
それが本当なら――きっと真実でしょう――とても価値のある物です。
ほんの百年ほど前まで磁器製造の秘法を独占していたゴーレムの窯。今でこそ異種族にも製法は公開されていますが、依然として粘土の扱いにかけて彼らの右に出るものはいません。
名品揃いです。
あけすけに言えば、多分わたしのお給料より高いです。
元々素敵な器だと思いましたが、ゴーレム磁器と聞いたら途端にもっと素敵に見えてきました。
我ながらとても単純。
と言ってもわたしには、実際に料理を盛り付けた際の使い勝手と洗い易さくらいでしか、お皿の良し悪しは分からないんですけど。
「どうしたんですか、これ」
「ネリアが小さい頃に遊んでたドールハウスのお皿を貰ったの」
「へえ。あ、ならこの辺りのお皿やコップも?」
床に放りだされたその他の食器類を指差します。
あとはもしかして台所にあるロゼ用の食器もそうだったんでしょうか。
「それは違うわ」
「あ、違うんだ」
安心したような拍子抜けのような。
なんとなく白けた空気が漂います。それを払拭するつもりで話題を転換します。
「それにしても。沢山出てきましたね」
ロゼが目的の器を掘り出すまでに築き上げたガラクタもとい宝の山を改めて見回します。
蝉の抜け殻に蜘蛛の巣のハンモック、何かの種、半分欠けたボタンにお菓子の包装紙。
赤錆の浮いた折れ釘に、根本からぽっきり折れたどこかの鍵、はたまどこの物とも知れない外された扉――つまり単なる蝶番のついた板です。
段々よく分からない物になって行きますね。
むしろ用途の分かる物の方が少ない感じです。
片づけが苦手なのは、ご主人さまに似たんでしょうか。
強い既視感を覚える情景に、そんなことを思ったりもします。
小人サイズの豆本に人間サイズの銀無垢のティースプーン……って。
「それ先週あたりから見かけなくなったスプーン!」
どこにやったかと思えばこんなところに。
思わず素っ頓狂な叫び声を挙げると、ロゼはあっとうめいて、バツの悪そうな表情で、たいへんな早口で弁明を開始しました。
「落ちていたから拾っておいたのよ?」
どこに落ちていたのやら。
「届けてあげようって思ってたんだから。
綺麗だったから隠して自分の『宝物』に加えようだなんてこれっぽっちも考えてなかったわ。
本当よ、嘘じゃないわ」
絶対に嘘です。
「そんなことを言う人にはこちらにも考えがありますよ?」
「ま、まさか」
「はい。うっかりお饅頭をどこかへやってしまうかもしれません」
「横暴だわ」
「横暴なものですか。ほら、何か言うことはありませんか」
「むー。苛政は虎よりも……とは言ったものなの。けれど背に腹はかえられないわ」
何かブツブツ呟いていますが、まったく酷い言い草です。
「ごめんなさい!」
「よろしい」
ちらほらと打算が見え隠れしますが、素直に謝った分だけ上出来でしょう。
追求すれば余罪がぽろぽろ出てきそうでしたが、今日のところは目をつむり、わたしは寛大な心で、ロゼの謝罪を受け入れました。
なにより、さっきからずっと、愛らしい姿に緩みそうになる頬を抑えるのに必死でした。
これは卑怯だと思います。
ズルい生き物です。
「なにかしら」
「なんでもないです」
しばらくして、器に盛りつけられたお饅頭を熱心に頬張るロゼの姿がありました。
その横でわたしも自分の分のお饅頭を食べています。
「お茶のお代りはどうかしら」
気取った仕種でティーポットを持ち上げるロゼ。
小人族の使うティーポットは、それでも彼女には少し大きかったのですが、見た目に反して意外な力持ちであるロゼは、悠然としたものです。
確認の言葉とは裏腹に、お湯はすでにそそがれていて、浸出もすっかり終わっています。
「いただきます」