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「巻いたかしら?」
私はとりあえず逃げ込んだ女子トイレから外の様子を伺う。もう毎日毎日いい加減にして欲しいよ。
「寺谷さん?」
「はひゃああっ!?」
突然声をかけられ私はとんでもない声をあげる。
「ご、ごめん」
「こんなところで何してるの?」
見知らぬ女子学生3人が私に声をかけてきた。
「色々ありまして。で、何か用ですか?」
「ちょっと来てくれる?」
「はぁ……」
ニヤニヤしている3人に嫌な予感を覚えつつ、彼女たちについていく事にした。
連れて行かれた場所は体育館裏。そこにはかなり大柄な女子学生が待っていた。どうやら嫌な予感は的中したようだ。
「あなたが1-6の寺谷明日菜さん?」
「はい」
「私は1-3の三力愛。寺谷さん。さっそくだけど何で呼び出されたか分かる?」
そう言われて私は記憶を手繰り寄せる。三力さんに会うのは初めてのはず。というか彼女の事は今さっきまで知らなかったわけで。
「何か失礼な事でもしましたか?」
「えぇ! したわ!」
突然三力さんは顔を真っ赤にして鼻息を荒くする。
「聞いたわよ! あなた鈴村先輩を振ったんですって!?」
「うっ……」
これはまずい。やっぱり何処からか情報が漏れたようだ。
「それに古田君まで手懐けて! ちょっとかわいいからって調子乗ってんじゃないわよ!」
三力さんは今にもこちらに飛びかかってきそうな勢いで叫ぶ。横綱級の彼女に突進されたらこちらは一溜まりもない。ここは何とか彼女を落ち着かせなければ。
「色々誤解してますって。手懐けてなんていませんよ。ただ古田君が勝手に――」
「勝手に付きまとうとでも言うの!?」
「うえええっ!? そんなことは……」
「私を怒らせたら怖いって事を身体で覚えてもらうしかないわね」
落ち着かせるつもりが逆効果だったみたい。私は思わず後ずさりする。
「おっと。ちょっとおとなしくしててね」
「そうそう」
「ごめんね。でもあなたが悪いんだから」
さっき私をここに連れてきた3人が私を捕まえる。これは完全にヤバイ!
「こらああああ! 明日菜をいじめるなああああっ」
すると突然声が聞こえてきた。全員が声の聞こえてきたほうを向く。
「ふ、古田君!?」
やってきたのは古田君だった。古田君はこちらに駆けてくると私を捕まえている3人を軽く突き飛ばす。
「い、いじめてなんていないわ。ちょっとおしゃべりしてたのよ」
「本当? そうは見えなかったけど?」
「おほほほほ~。それでは寺谷さんまた会いましょう~」
三力さんと取り巻きはそそくさとその場から去っていった。
「明日菜。大丈夫?」
「もう! 誰のせいでこうなったと思ってるの!?」
私は今までの事もあり、思わずそう言った。まぁこんな事言ったところで古田君が反省すると思えないんだけど。
「――そっか。俺のせいだよね」
「え?」
「俺、自分の気持ちばっかり押し付けて。明日菜の気持ち全然考えてなかったね」
「いや、その。そういうつもりじゃ……」
「ごめん」
古田君はそう言うと寂しそうな表情を浮かべ去っていった。
それから古田君がしつこく付きまとうことはなくなった。
でもこれは私が望んだ事。そのはずなのに。
他の人と楽しそうに話す古田君を見ていられない。話しかけてもらう事を待っている自分がいる。
初めて会ったあの日の表情の次は寂しそうな古田君の顔が離れなくなってしまった。それを思い出すだけで胸が痛い。
一体これはどういうことなんだろう……。
あれから数日。古田君と出会ってからの日々が嘘のように私は普通の日常を取り戻した。でもなんでこんなに辛いんだろう。古田君が私を諦める事を望んでいたはずなのに。
帰り道、公園の前で私は足を止める。この前の件でなんとなく公園を避けていたんだっけ。
そうだ。きっといつものアレをやってないから調子がおかしいんだ。そう思った私は階段を駆け上がった。
「あっ」
公園につくと真っ先に目に飛び込んできたのはベンチに座っている古田君だった。静かに夕日を見つめている。その姿に私の心臓がトクンと高鳴った。
「やぁ」
古田君は私に気が付くと声をかけてきた。
「どうも」
「あっ、待って!」
逃げようとする私を古田君が止める。
「ちょっと話をしよう。それぐらいになら付き合ってくれるでしょ?」
「う、うん」
私はそう言うと古田君と少し間を開けて座る。
「…………あのっ」
「…………あのさっ!」
しばらく無言の後、二人の声がハモる。
「明日菜からどうぞ。レディーファーストだよ」
「その、この前はごめんなさい。助けてくれたのに古田君のせいだとか言って」
「いいよいいよ。だって本当に俺のせいだしさ」
「…………」
「…………」
そして再び訪れる無言の間。なんだろう。すごく緊張するだけど。とにかく何か話そう。
「あのっ」
「あのさっ!」
また私たちの声がハモる。
「今度は俺からでいい?」
「どうぞ」
「この夕日綺麗だと思わない?」
「え?」
「初めてここからの夕日を見たときさ、本当に綺麗で感動したんだ」
「うん。私もそう思う」
「だろ? だから俺、絶対ここに戻ってこようって決めたんだ」
「古田君、昔ここに住んでたの?」
「修学旅行で一度ここに来た事があるんだ」
「え? 修学旅行? 観光する場所もないここに?」
「そうだよ」
私の疑問にあっさりと答える古田君。外国の修学旅行って言うのはよく分からないな。修学旅行っていうかホームステイでもしたのかな?
「明日菜は覚えてる? ここで一緒に見た夕日の事」
「え!? 私たちは一度会ったことがあるの?」
私は古田君の言葉で過去の記憶を手繰り寄せた。でもぜんぜん覚えていない。
「あ~やっぱり覚えてないか。それもそうか。だってあの時――」
「へっへっへ。また会ったねぇ」
古田君の声を遮るように別の声が聞こえてきた。私たちは思わず振り返る。
「あ……」
声の主の姿に一瞬身体が固まった。そして立ち上がり鞄を抱え後ずさりをする。
「おっさんまたかよ。懲りないね」
古田君は私の前に立つとそう言う。声の主、それはこの前の変質者のおじさんだった。にこやかな表情もおじさんの本性が分かればただただ不気味でしかない。
「お嬢ちゃん、さぁおじさんと行こうか」
「嫌よ! 変態!」
何とか私は声を振り絞って叫ぶ。変態というワードにおじさんの表情が変わる。が、すぐに不気味な笑みを再び浮かべた。
「そこの小僧、お前は邪魔だ」
「邪魔だって言われて――っ!?」
「え?」
突然、前にいた古田君が消えた。
「ぐうぅ……」
左からうめき声が聞こえ思わずそっちを向く。数メートル先の芝生の上でうずくまる古田君の姿があった。
「古田君っ!?」
私は古田君へと駆け寄る――うっ? 突然めまいが……。
「あ、明日――菜。逃げ――――」
激しいめまいに私は目を閉じ頭を抱える。古田君のかすれるような声が遠のくと、めまいが治まった。
「一体何がどうなって――えっ?」
目を開くと、夕暮れの公園、そして古田君の姿はなくなっていた。周りは真っ暗闇。本当に一体何がどうなってるの!?