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『正義の下に~私説 さるかに合戦~』

作者: 4E

「母の敵を討つ手助けをしてほしい」

 子蟹が仲間たちにそう持ちかけたことから始まった話し合いは、異様な盛り上がりを見せていた。

 議題はただ一つ。いかに猿を殺すかである。

 皆が皆、子蟹の敵討ちを我がことのように真剣に考えている。親愛なる友のため、義に従い悪を誅す。その崇高な行為は、まるで美酒のように甘美なのだろう。議論に熱を上げる皆の顔は、どこか恍惚としていた。

「……狂っている」

 子蟹がぼそりと口にしたその呟きは、場の熱気にかき消された。

 子蟹は考える。

 自分は母を殺された。だから復讐をする。たとえそれが何も生み出さないと解していても、そうせずにはいられないのだ。

 そう、これは極めて私的な報復行為だ。仲間たちに望んだのはあくまでも手助けでしかない。

「猿を討とう!」

 話の輪から距離を置いた子蟹をよそに、皆が声を張り上げる。その言葉からは微塵の躊躇いも感じられない。

「悪に正義の鉄槌を!」

 誰かが続けて叫んだ。それを聞いて子蟹は理解した。皆を酔わせている美酒の正体を。

 その、美酒の名は、

「正義!」

 また別の誰かが叫ぶ。

「正義!」

「正義!」

「正義!」

 叫びは皆により繰り返される。その空間は、正義で溢れていた。

 彼らは、殺しを行おうとしている。正義の下に、自らとはなんら無関係であるにもかかわらず、嬉々として猿を殺そうとしている。

 それはまさしく狂気だった。

子蟹が口にしたように、彼らは狂っていた。正義に狂っていた。

 やがて、子蟹は何かを振り切ったような表情を浮かべると、皆に合わせて叫んだ。

「悪に正義の鉄槌を!」

 その言葉に、場の熱狂は最高潮を迎える。

 自らを正義と信じて疑わない勇者たち。

 悪を討つ大義に酔いしれる者たちによる狂乱の宴。

 殺しという禁忌は、正義という名の免罪符の下に今、赦された。

 正義を讃える声が響き渡る。子蟹も合わせて声を張り上げる。だが、熱のこもった声とは裏腹に、その目は、どこまでも、どこまでも冷ややかだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい。 [気になる点] 子供に教えてはいけませんね。 [一言] 面白かったです! 本当は怖いグリムなんたら、みたいですね~ でもサルカニ合戦て最後殺すんでしたっけ?リンチする場面は…
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