ついてない? そんなことないよ
「……ほんっとに、あんたってついてないわよね」
と、友人の言葉。呆れた様子で私を見ながら、目の前のコーヒーに口をつける。
休みの日。会社の同僚でもある友人に誘われてやってきたファミレス。友人は、何やら私に物申したいことがあるようだけど。それが何かは、おおよそ察しがついている。
「あの、私は自分がついてないとか思ってないんだけど」
私は反論した。それを聞くなり、友人はため息。
「あんたねぇ、今までどれだけ宝石強盗に出くわしたと思っているのよ。ねえ、そうでしょ?」
若干だけど、友人が語気を強める。どうあっても私を説得したいらしい。けど、私だって退くわけにはいかない。たとえ友人の言葉が好意からだとしても、好きでやっていることを止めるのは難しいからね。
「だって別に、私が宝石強盗の被害にあったわけじゃないし」
そう、私は被害を受けていない。受けたのは私が訪れた宝石店。
「そうね、確かにあなたは何一つ盗まれたわけじゃない」
友人は思いのほかあっさりとそれを認めた。
「でしょ」
私は笑顔になる。
ドンッ!
直後、友人が両手をテーブルに叩きつけた。その衝撃でコップが揺れて、中のコーヒーが波打つ。慌てて自分と友人のコップをこぼれないように掴む。
「あ、危ないって、落ち着いて」
「落ち着いていられるか!」
激高した友人に、思わず私は仰け反った。
「ほら、他のお客さんもいるからさ……穏便に、ね」
頼むから落ち着いてほしい。みんながこっちを見ている。かなり、恥ずかしい。
「あんたね、もし宝石強盗の人質にでも取られたら、どうするつもりよ? ねえ、どうするの? 答えなさいよ」
私の恥じらいなど関係なく、友人はまくし立てる。とりあえず友人を落ち着かせようと、私は言葉を返した。が、
「大丈夫よ、人質になんて取られないから」
この軽はずみな返しに、友人の眉間にしわが寄ったのを確認できた。私は後悔したけど、もう遅い。
「人質にならない保証なんてないでしょ!」
「ああ、だから、そのさ」
「大体、私たちは、しがないOLなのよ。まあ、女として宝石が好きなのは理解してあげる。でもね、いつもいつも宝石を見にいったところで買えやしないでしょうが!」
「まあ、そうだけどさ」
たしかにOLの給料は安い。そこはおっしゃる通りで、日々上げてほしいと願っている。
「それに、あんた、会社じゃ怒られてばかりじゃない。このままじゃ給料下がるわよ」
どうやら、下がることはあっても上がることはないみたい。残念なことに。
「いや、最悪、あんたの働きぶりじゃ首もあるわよ」
首、友人なのに酷い言いようだ。会社での私に対する友人の見方を今知った。そんな風に思われていたなんて。
「ねえ、私たち友達だよね?」
一応、確認してみる。
「友達よ。だから心配しているんでしょ」
心配してくれるなら、優しくしてよ、と思う。
「厳しいのは嫌だな、私は。優しさがほしい」
「優しくしていたら、これからも宝石店にいくでしょうが」
「いや、それは厳しくされてもいくと思うし」
「……何ですって?」
いけない、また失言をしてしまった。友人の顔が、見る見るうちに紅潮していく。これから私は延々と友人からお説教を聞かされることになるかも、いや、きっとなる。この世話好きの友人は私を逃がしはしない。
ああ、せっかくの休みが台無しだ。私は宝石店巡りで一日を有意義に過ごしたかったのに……
私は休みの日はもちろん、会社のある日だって外回りを利用して宝石店に赴いては時間を潰す。もちろんその後、上司に呼び出されるけど。
そして私はけっこうな確率で宝石強盗に出くわす。友人はそれを心配してくれている。その気持ちはありがたい。けどね、本音のところはね……余計なお世話という表現が当てはまるんだよね。
下を向いて、反省する素振りを見せながら、友人をちらりと見る。当分、怒りが収まる気配はない。参った。本当に参った。もう余計なことは口に出さない。お説教が長くなるだけだから。
仕方ないので、今日のところは、宝石店巡りは諦めるにしても、この後、絶対に外せない約束があるんだよね。そのためにも早く終わってほしい。どうせ私は心から反省なんてしないし。
「ねえ、さっきから黙りこくっているけど反省してるの? もしかして聞き流したりしてない?」
う、反省してないのがばれている。
「し、してるよ。それはもう、物凄く」
慌てて弁明するが、友人の目は私を疑っている。まずい、お説教が長くなりそうな雰囲気だ。
――――――――――
震えが止まらない。緊張している。俺はコートの中に手を入れた。
大丈夫だ、準備は万全だ。
コートの中には拳銃が一丁。モデルガンだが。それと、ショーケースを割るための金槌と丈夫な革袋。
よし、後、必要なのは勇気だ。頑張るんだ、俺。強盗を成功させるためのマニュアルは、穴が空くほど読み返したじゃないか。きっと上手くいく。
ポケットからマスクを取り出す。覚悟を決めて、それを被る。今更、後には退けない。前に進むしか道はない。唾を飲み込んで、ドアに手を掛けると、俺は店に入った。
「動くな! 手をあげろ!」
入るなり、俺はモデルガンをかざして、そう声を張り上げた。ここが肝心だ。最初に恐怖を与える必要がある。と、マニュアルに書いてあった。
俺は店内を見回した。数人の店員と、客は若い女が一人いる。この時間に客が少ないのはマニュアル通りだ。だが俺は、ここで妙なことを一つ発見した。
店員はみんな大人しく手をあげている。それは俺の思い通りだ。ところがだ、客の若い女はどうしてか壁に寄り掛かってゼエゼエと息を切らしている。
何だ、あの女は? 恐怖のあまり過呼吸にでもなったのか? 俺は女を注視した。女もこちらを見ていたが、呼吸を落ち着かせると、気だるそうに両手をあげた。
……もしかして、疲れていただけなのか?
少し見合って、女は俺から目をそらすと、なぜか天井に目を向けた。天井にあるもの、そこで俺は我に返り、マニュアルを思い出す。
そうだ! 監視カメラを止めないと。俺は店員の女に近づいた。
「監視カメラはどこで撮ってるんだ? 案内しろ」
店員は怯えた様子で奥の扉を指差す。俺は強引にその手を取ると、周囲を牽制した。
「おい、誰も不審な行動はするなよ。すれば、この女を殺すぞ。」
……誰も動く気配はない。俺は店員を連れて、カメラを止めにいく。これで第一段階終了だ。
次は、ショーケースの中の宝石を盗むこと。俺は金槌を取り出すと、手当たり次第にショーケースを割り始める。ある程度割ると、今度は宝石を袋に詰める。
「ん?」
俺は不審な気配を感じて振り向いた。そこにはさっき息を切らしていた若い女がいた。
「……お前、動いてないか?」
俺はモデルガンを向けてそう尋ねた。
「動いてないよ」
と、いつの間にかおろしていた両手をあげて女は答える。
動いてない、か……いや、動いている。さっきまでその女はそこにいなかったはず。俺は女を睨んだ。女は両手をあげて降伏している構えを見せているものの、怯えた様子は感じられない。正直、気に掛かるし、気に入らない。
しかしだ、マニュアルには、客の些細な行動は気にするな。と、書いてあった。気にしている間に、仕事を済ませろと。
その通りかも知れない。自分の命を危険に晒してまで、立ち向かう人間はそうはいない。しかも体格に恵まれた男ならまだしも、華奢な女だ。たとえ襲いかかってきても、どうとでもできる。俺は袋に宝石を詰める作業に戻った。
よし、このくらいで十分だろう。取り残している宝石はまだあるが、全部取ってやろうと思うほど強欲になってはいけない。これもマニュアル通りだ。
「お前、ついてこい」
俺は最初に監視カメラの部屋まで案内させた店員を引っ張って、外に止めてある車に向かう。店員は人質だ。
誰を人質にして、どのルートで逃げるか、全てマニュアルに書いてあること。ここまで何一つの問題もない。数時間後には俺は金持ちだ。そう思うと、胸が高鳴る。
いけない、いけない。まだ仕事は終わっていない。気を緩めては駄目だ。逃げながら俺は人質に言い聞かせる。下手な抵抗さえしなければ、殺しはしない、と。
すると、人質は言った。「逃げられませんよ」と。
俺は、一笑に付した。こいつ、店にいたときは怯えていたようだが、今はやけに強気じゃないか。恐怖でおかしくなったか、それとも俺を追ってくる警察でも信じているのか。
だけどな、捕まるものか。俺にはマニュアルがある。そして、それを俺に与えた組織が後ろについている。俺が捕まれば、組織のことを全て警察に話す。となれば組織は壊滅だ。だから、組織は俺を必ず逃がす。どんな手段を用いても。
俺も馬鹿じゃないんだよ。
――――――――――
ようやく友人からも解放されて、晴れて自由の身になった。でも残念なことに、一日の半分近くをお説教されることに費やしてしまい、もうすぐ日が暮れそうだ。
「やばい、間に合わないかも」
私は繁華街を走る。この時間、買い物を済ませて家に帰る人が多く、今から繁華街の中心部に向かう私とは反対方向になる。なので、すれ違う人が邪魔で仕方がない。携帯電話の時計で約束の時間を確認。もうそんなに余裕はない。
「あああ、もう、あんなにお説教が長いなんて」
もし間に合わなければ……それはもう大変なことになってしまう。どれだけ大変かというと、とりあえず私が行方不明になるほど。行方不明のその先は、想像したくない。
「あった、あの店だ」
私は勢いよくドアを開けて、店内に入る。店内は落ち着いた雰囲気で、ショーケースには色とりどりの宝石が並んでいる。私は辺りを見回すと、店員以外には自分しかいない。店員は慌てて入ってきた私に戸惑っているのか、反応がない。
「い、いらっしゃいませ」
妙な間が空いた後に、店員の一人が声を掛けてきた。でも私はあまりのきつさに返事も返せず、ふらふらと店の奥に足を向ける。
間に合った、のかな……そう思った瞬間だった、誰かがドアを開けて入ってきた。
「動くな! 手をあげろ!」
マスクを被った男の怒声が店内に響き渡る。手には拳銃。誰が見ても宝石強盗でしかあり得なかった。よかった、ぎりぎり間に合ったみたい。
男は私に気付くと、怪訝な表情をした。それもそうだ。私は宝石店の壁に寄り掛かって、なぜか肩で息をしているのだから。
でも、そんなことはどうでもよくて、男は宝石強盗というやるべきことがあるんだから、私のことなんか放っておかないと。
仕方ないなぁ。私は、天井に目を向けた。天井の四隅には監視カメラが設置されている。男もつられて天井を見て、ハッとする。
「監視カメラはどこで撮ってるんだ? 案内しろ」
と、男は店員に詰め寄る。そうそう、まずは監視カメラを止めにいかないとね。
もっとも監視カメラはリアルタイムで警察なり警備会社なりに映像を送っているから、今さら止めても無駄なんだけど。ま、それでもやってもらわないと私が困るんだよね。
カメラを止めると、次に男はショーケースを金槌で割り始めた。乱暴に割る様を見て、私は気が気ではない。
あああぁ、宝石にまで傷がついちゃう。もっと丁寧にしないと。男はその後も、無造作に宝石を掴み、砕け散ったショーケースのガラスごと袋に詰めていく。
ああ、あっ、このままじゃ、宝石が駄目になる。我慢しきれずに、私はその場から動いてしまった。が、すぐに私の動きを察した男が振り向いた。
「……お前、動いてないか?」
と、男は言った。はぁ、どうして気付くかな、鈍そうなのに。それに気付いても相手しちゃ駄目でしょ、私の。
「動いてないよ」
私はそう言うと、両手をあげた。ほら、無抵抗のサインを示したんだから、さっさと自分の仕事に戻ってよ。が、男は気になって仕方がないのか、私から目を離そうとしない。
……あのー、警察、きちゃうよ? と、伝えたい。でも、余計な刺激はしない方が無難かな。それは先ほど友人のやり取りで学習した。結局、男は私に対して何もすることはなく、宝石の袋詰めに戻った。私は一息つく。
「お前は人質だ。こっちにこい」
袋詰め作業を終えると、男は店員の女性を人質にして、外に出た。その間、他の店員はみんな、連れ去られる女性に目を奪われていた。
今がチャンスだ! 私は自分に与えられた任務を迅速に行う。友人の知らないもう一人の私がここにいる。できることなら教えてやりたい、こんなにもテキパキと働く私のことを。絶対に教えられないけどね。
――さて、と。私の任務は滞りなく無事完了。後は連れていかれた人質さん次第。でも大丈夫かな、人質さん、随分と線の細い女の子だったけど。
――――――――――
真夜中。私は自宅に帰って、適当にくつろいだ後、外に出た。目的地は繁華街を抜けた先にある住宅街、その外れにある古びたアパート。
私は付近に人がいないのを確認してから、二階にある一室のドアをノックした。立て付けが悪く、隙間から薄っすらと中の光が漏れている。
「……どうぞ」
中から、曇った声が聞こえてきた。
「失礼します」
入ると、そこは埃っぽかった。歩けば腐った床板が軋んで、いつ穴が開いてもおかしくない。私は足元に気をつけながら恐る恐る進む。
「いらっしゃい」
と、主の声。主は体中に深いしわが刻み込まれたおじいさん。ゆらゆらと部屋の中央でロッキングチェアーに揺られて気持ちよさそうにしている。
ロッキングチェアー以外には何もない、生活感のない部屋。当然かな。ここは引き渡しに使うだけの場所だから。
私はもう何度もここでおじいさんと会っている。にもかかわらず、まだおじいさんの本名を私は知らない。名前を聞けば答えてくれるけど、たぶんそれは偽名。聞く度に違う名前を答えるし。でも、事に差し支えはない。
私が近づくと、おじいさんは優しい口調で、
「上手くいったようだね」
「はい」
私は、服のポケットから数点の宝石を取り出す。これは男が取り残していった宝石を、私がこっそりと回収したもの。宝石をおじいさんに渡す。おじいさんはそれを丹念に目利きする。
「少しだが……傷があるね」
「おそらくショーケースを割ったときにガラスが当たったんです。私のせいじゃないですよ。あなたが雇った男が乱暴だったから」
「くっく、そうか、それはすまなかったね」
おじいさんは笑う。それに対して私は、
「今度はもう少し、質の高い人材を用意してくれると助かるんですけど。今日の人は、ちょっと仕事がやりにくくて」
「うーん、そうは言ってもねぇ。殺され役だから頭が回る人はやってくれないんだよ。自分が殺されることに最後まで気付かない程度の人じゃないと」
おじいさんは懐から封筒を取り出すと、私に手渡した。封筒にはお札が入っていて、ざっと数えるとどうやら少し色をつけてくれているみたい。真面目に働いているからご褒美かな。
「これからも頼むよ。君は仕事ができるので非常に助かるよ」
「はい、ありがとうございます」
私は素直に感謝した。文句は言っても、このバイトはOLよりも段違いに儲かる。今ではこっちが本職で、OLがバイトになっているくらい。だからOLは辞めても、こっちを辞める気はない。私にOLの才能はなくても、こっちの才能はある。
そもそも、このおじいさんと知り合うきっかけになったのが、私がスーパーで万引きしているところを見られたから。でも、おじいさんは私を警察に突き出すことはせずに、仕事を持ち掛けてきた。
仕事の内容は宝石強盗。分担制でそれぞれにマニュアルがある。私に与えられた役目は、今日のように隙を突いて宝石を盗むこと。
後、もう二つ役目があって、それは殺し役と殺され役。殺されるのは宝石強盗の実行犯。まあ、あの男のことなんだけどね。男に全ての罪を着せて殺してしまう。そこで、殺し役が必要になる。それは人質として連れていかれた店員の彼女。彼女が正当防衛として男を殺す。殺すついでに証拠隠滅もしておく。
「……ただ今、戻りました」
気配も感じさせず、突然後ろから声が聞こえた。振り向くと、人質の彼女が立っていた。
「どうだったかね?」
おじいさんが彼女に尋ねた。
「はい、予定通り彼は車ごと海に沈んで死にました。奪った宝石も海に散ったので全てを探すことはできないでしょう」
彼女は、私を見て、
「この方が取った宝石も海に沈んだと思われるため、警察にしつこく探されることもなく、売買しやすくなるかと思います」
「ふむ、上出来だ」
おじいさんはまた懐からお金の入った封筒を取り出すと、今度は彼女に渡した。
「……ありがとうございます」
と、彼女は小さく呟いた。おじいさんは、私と彼女を見て、
「それでは君たち、また仕事があれば、こちらから連絡しよう。それまではこのリストを渡しておくから下調べをしておいてくれ」
私たちはリストを受け取った。リストにはこれから襲う計画のある宝石店の名前が羅列されてある。私が宝石店巡りをしているのは、このため。宝石を眺めながら店の間取りを調べる。本番で少しでも自分が動きやすくなるように。
「では、また仕事のときに会おうか」
そう言うと、おじいさんはロッキングチェアーから立ち上がった。
「はい」
私たちは同時に返事をした。
――家路につく途中、私は携帯電話でネットに接続した。とあるサイトに目を通す。そこではあのおじいさんが殺され役を募集している。もちろん殺され役とは言わずに、おいしい話を持ちかけるようにして。
ん、誰か知らないけど、乗り気な人がいる。次の仕事もそう遠くないかも。