遠出してきたのに
友達と海水浴にきてさんざん泳いだ後、疲れきった俺は砂浜に寝転んで休んでいた。
しばらくボーっと海を見ていると、若い女の人が海から上がってきた。結構可愛い。いかんいかん、凝視していると下心を悟られる。俺はわざと目をそらした。
彼女は俺の横を通り過ぎる時、こう呟いた。
「痛い痛い……もう、何なのよ、ここの海は」
痛い? それを聞いて俺はつい彼女の方を見た。すると、彼女も立ち止まって、俺の方を見て、
「……あなたと友達になりたかった。でも無理ね。今日は体中が痛いから。遠出してきたのに残念」
と、俺に言ってきた。しかし言い終わると、またすぐに歩き出す。
ん!? 俺と友達になりたいって? 俺は起き上がって、遠ざかる彼女の後姿を見た。追いかけるかどうか考える。
でも彼女、体中が痛いって言ってたしなぁ。夏も終わりかけだし、クラゲにでも刺されたのかな? それなら今、追いかけて話しかけても、嫌がられるかもしれないな。でも、俺が入ってた時はクラゲなんかいなかったよな……
「おい、どーした?」
と、俺に話しかける声。振り返ると、海の家でかき氷を買ってきた友達が戻ってきていた。
「ああ……いや、別に」
そうだな。今日は連れもいるしな。可愛かったから惜しい気もするが……仕方ない。俺が諦めをつけると、友達は横に座って、
「なあ、これ知ってるか? さっき海の家のおばちゃんから聞いたんだけど、ここの海ってさ、冬でも入りに来る人らがいるんだってさ」と、言った。
「冬でも?」
「そう、なんかな、神職に携わっている人たちが、ここで身を清めるんだってよ」
「神職? ああ、神社とか寺にいる人たちか」
「うん、この辺りの海って、お清めに丁度いいらしい。ここの海水から取れた塩も有名らしいぜ」
「へえ、そうなのか」
うーん、全く興味がない。こいつは本当にどうでもいい情報を仕入れてきたな。
そんな俺の心情に気付かないのか、友達はしゃべり続ける。
「だからな。おばちゃんが言うには、体が痛い痛い言ってる奴には気をつけろってさ。塩で清められて苦しんでる悪霊だからって」