目
ウチの家の裏手にある山。人道と呼べるものはなく登りたければ険しい獣道を行く必要がある。
小学生の頃はよく登って遊んだものだ。それで獣道から少しそれた場所に墓場がある。いつの頃に立てられたものかは不明だが、今はもう誰もお参りに来ないのだろう。全て朽ち果てていた。無縁仏というやつだ。
これは普通の人には不気味な墓場であるのだろうが、俺は怖いと思うことはなかった。墓場は俺が生まれるよりずっと以前からあるので、いつも山で遊んでいた俺にとっては、墓場は山にある自然の一部でしかなかった。
当時、山は俺の大切な遊び場だったので、それもあったのだろう。そこは楽しい遊び場であるという先入観が。
ただ、同居していた祖父母や両親からは耳にタコができるほど言われていた。危ないから墓場の近くでは遊ぶな、と。まあ、俺はそれをたいして気にしてなくて、黙って山に登っては、墓の周りで遊んでいたが。
そして俺が高校生になった頃だ。友達と怖い話をしていて、俺は何となく山にある無縁仏の話をした。すると、友達の一人が言った。「それって、掘り起こしたら白骨死体とか埋まってんのかな」と。
そこから、話が変な方向に進んでいった。友達たちが俺に確認してくるように言ってきたからだ。俺は断った。が、そうすると怖いんだろうとからかわれる。俺もついむきになって、「じゃあ確認してきてやるよ」、と言い返してしまった。
家に帰ってから俺はため息をついた。どうしてあんなことを言ってしまったのかと。行ったことにして適当な嘘でもつくかと考えたが、俺の中で友達をアッと言わせたい気持ちもあった。そして俺自身も、実際に死体が埋まっているのだろうかという気持ちがあった。
俺はシャベルを手にすると山に向かった。久しぶりに登る山だったが、小学生の頃に覚えたことは忘れない。道に迷うこともなく、墓場についた。
昔とは違い、あまり長居はしたくなかったので、さっさとシャベルで土を掘り起こした。もし、骨らしきものを見つければ、証拠にするために携帯電話のカメラで写真を撮る。
今から思えば愚かなことなんだが、その時は友達に自慢したかった。その気持ちが、常識、良識、そして恐怖を押し隠していた。
俺は黙々と掘り続けた。そして掘り当ててしまった。決して見るべきではなかったものを。
それは俺が望んでいた死体だった。押し隠されていた恐怖が一気に広がった。俺はシャベルを放り捨てて、全力で逃げた。写真を撮ることなんか、頭からなくなっていた。
それどころではなかった。逃げないと、早くこの場から離れないと。俺は家に逃げ帰ると、自分の部屋にこもり、布団をかぶった。
そしてその日からだった。俺が誰かに見られているような感覚を覚えるようになったのは。どこかにある目が常に俺を見ている。しかしこの事は誰にも言えない。俺は口を閉ざした。
ずっと誰かに見られた感覚のまま日々を過ごしていたが、高校を卒業すると同時に、俺は家を出た。早くここから離れたかったからだ。
一人暮らしを始めると、誰かに見られている感覚もなくなった。俺はホッとした。これで全て収まったわけではないが、ひとまず落ち着くことができる。
あの時、俺が見たもの。望んでいた死体ではあったが、白骨ではなかった。死体には肉がこびりついていた、腐りかけの。
これは死体がまだ新しいことを証明していた。しかし、俺が生まれるより先にある墓場で、死体が白骨化していないわけがない。
つい最近の間に、誰かがあそこに埋めたんだ。
誰かが……
……俺が逃げ帰った日の翌日、家の倉庫に、山に放り捨ててきたはずのシャベルが片付けられていた。