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開けてはいけない

作者: 月森朔
掲載日:2026/07/31

ねえ、ちょっと聞いてほしい話があるの。

お願い、5分だけでいいから付き合って。

いい?

ありがと、助かったわ。


あたしは葛城桃、19歳。

山手線沿いにある専門学校に通ってるの。

なんの専門かって?

せーゆー。

よく言われるけど、スーパーじゃないから。

アクターの方の声優ね。


でさ、聞いてほしい話っていうのはその学校の話なんだけど。

うちの生徒の特徴としてね、鞄が大きいっていうのがあるの。

なぜかと言えば、みんな2ℓの水を持ってくるから。

えっ?いきなり何?って感じだよね。

普通そんなの持ち歩く?って。

あたしも入学して最初の頃は先輩たちを見てぎょっとしたんだけどさ。

けどまあ、声優を目指すだけあって学校では朝から晩まで発声練習やらセリフの練習やらで喉を使い続けるから、自然とみんな水を飲むようになるんだよね。

しかも大量に。

喉の乾燥、喉の負担、イコール絶対悪だから。


そんなわけで、1年生の夏前くらいにはみんな鞄が大きくなるんだけど。

1人だけね、途方もなく大きな鞄を持ってくる男の子がいたの。

そう、旅行に行くときに使うみたいな真っ黒なボストンバッグを毎日肩にかけてくるの。

しかも別にそれがメインのバッグってわけじゃなくて、普通にリュックサックもしょってるのよ、みんなみたいに。


でね、毎日毎日持ってくるその大きなボストンバッグ、何が入ってるのか気になるじゃない。

クラス中、「〇〇が入ってるんじゃないか」「いや△△だろ」ってみんなして噂してて。

でも、彼が教室でその鞄を開けたところを、誰も見たことがないのよ。

わけわかんないくらいおっきな鞄を毎日持ってきてるのに、まったく使ってる気配がないの。

変でしょ?

だからもうみんな興味津々で。

中には直接彼に訊く人もいたわ。

「何が入ってるんだよ?」「開けて見せてくれよ」って。

でも、彼は静かに首を横に振るだけだった。

その時の彼の表情が妙に悲しそうだったのをよく覚えてるわ。


っていう話なんだけど。

あなたは彼の鞄の中に何が入っていると思う?


…あのね。

ちゃんと言わなくてごめんなんだけど。

あなたに話しかけたのには訳があって。

あたしさ、その中身を見ちゃったんだよね。


その日、校舎の中にあるスタジオでアフレコの授業があったんだけど、あたし忘れ物をしちゃって教室に取りに戻ったの。

スタジオは狭いから、鞄はみんなそっちに置いててさ。

それで、明かりの消えた薄暗い教室に入った時に、ふと思いついちゃったんだよ。

今ならあの鞄の中身見られるじゃん、って。


それでね、彼のあの大きな鞄の前に立ったの。

改めて見てみると、確かにちゃんと中身が入ってるなって感じだったんだよね。

ぱんぱんだった。

で、あたしはしゃがみこんで、片手で鞄を押さえながらもう片方の手でゆっくりファスナーを開けていったの。


そうしたらね…

何が見えたと思う?


部屋は暗かったけど、絶対に見間違いじゃない。


鞄の中にはね、


あなたがいたんだよ。


両目をしっかりと開いて、鞄の外側にいるあたしをじーっと見つめていたの。

その目があたしの顔をなめるように動いたから、生きていたのも間違いない。


その時に初めて知ったんだけどさ、ほんとーに怖いと声って出なくなるんだね。

喉の奥に引っかかったような「ぃぃっ!」って悲鳴を上げながらあたし一目散に逃げだした。

もしああいうシーンを演じることがあれば、誰よりも真に迫った演技をできる自信があるよ。

それはともかく。


その日以来、彼が学校に来なくなったの。

彼の姿を見た人は誰もいなくて、クラスのみーんな、誰も彼と連絡が取れないみたい。


そろそろ5分だね。

あたしの話はこれでおしまい。


電車の中であなたを見かけた瞬間、「あの人だ」ってゾクッときて。

確かめずにはいられなくて、声をかけられるような場所にくるまで後をつけてきちゃった。

ごめんなさい。


…でさ、


あなたは、誰なの?


彼を…どうしたの?

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