先輩は羨ましい
はぁ、とため息が溢れる。
先ほどから耳にする言葉にグサグサと抉られる。
「ヤバい、今の子すげー可愛くねーか?」
「あの子、絶対彼氏持ちなんじゃねぇの?」
「あんだけ可愛いもんな、いてもおかしくねーよ」
「やっぱ俺ら隠キャなんて眼中にねぇよな。」
「お前、いけると思ったのかよ、お前じゃムリだ。そんな顔じゃ、釣り合わねーよ。」
「んだとっ」
ワハハッ
遠ざかる男性グループの気持ち悪い会話声。彼らは、自分たちが持っている当たり前のステータスに胡座をかいて、仲間内の会話を楽しんでるみたいだ。
どこにでもある、聞きたくもない話。
努力もしないで、陰気だからとか、コミュ障だからとか、そんな理由だけで当たり前の、自分のステータスを知らない。
男である。彼らは、それだけで、土俵に上がることを許されてる。何が自分は釣り合わない?可愛い子は眼中にない、だと?
そんな悩みができるなら、チャンスはあるということだ。自分を変える努力をしてみろ、それで変わる人だっている世界だ。「もしかしたら」という可能性が残っているじゃないか。私は彼らが羨ましいんだろうとわかってる。
だって自分はそうじゃない、その次元にすら到達していない、土俵にすら上がらないし、上がれない。その言葉を言うことすら、許されることもなくチャンスもない、そんなことが分かってしまうのが嫌で彼らの会話はグサグサくる。
本当に、嫌になる。どうして自分は女なのか。女でなかったら、もっと許されることだってあったかもしれない。なんて、そんなことをつらつら考えてしまう。
だけど女であることに違和感なんか感じたこともないから、男になりたい訳でもない。女であるから話せることだってあるし、話す機会だって、見つかるから。だから、これは、そんな土俵に上がりたい、って羨ましいだけなんだって、わかってる。
だけど今のままに土俵に上がれるんだとしても、彼女に彼氏がいるのかなんて、聞けないし、聞くことすらできない関係。唯の、先輩後輩。仲良くしてくれるから、好感情は持ってもらってるのはわかる。だけどそれがどんな感情かなんて、同性であればそれは唯の誰にでもあるだけの、優しいだけの感情で、皆んなに向ける感情であって、私1人に向けられるものじゃなくて。
私だけの特別なんて、貰えることもない感情だから、捨ててしまいたい。
毎日仕事前には思っているのに、どうしてだろう、その笑顔を、朝から見てしまうともう駄目で。あぁ、今日も眩しくて優しいその表情が可愛くて、嬉しくて気持ちが溢れて、あの子に会うために、今日も頑張って働くかって思ってしまう。
「先輩、今日元気ないですね、どうしました?…あ、月のものが始まりましたか?」フフッ
「いや、朝の通勤から疲れたなって思っただけなのに、なんて切り返ししてくるの…貴女のその誰とでも自由に話せるとこ、羨ましいわ」
ふぅ、と溜息を吐くフリをしながら、彼女の言動に、何の気はない適当な会話に、嬉しくなる。
そして、また適当な、女子だから出来る会話をして、始業からは、「ねぇ、ここって…」「あ、すみません、そこは…」なんてつまらない会話をして終業まで黙々とこなしていたら、別れる時間になってしまう。
「先輩、今日もお疲れ様でした、まだまだ仕事の先が見えないけど。。。明日も頑張りましょうね。」
ヘラッと魅せる笑顔にドキッとさせられても、それを出したらアウトだから。
「うん、お疲れ様。そうなのよね、まだ仕事の終わりが見えない状況…どうしたら、この無限ループが終わるのか、、、」
「いやいや、一応終わりはありますから、頑張りましょう?」呆れたその笑顔をみたくて、嘯いて、あははと笑うその顔を今日も目に焼き付けて。
どうしたら、この気持ちが消せるのか、教えて欲しい。
「どうしたら、今日もそんなにスマートに仕事を終わらせられるんですか?先輩が羨ましいです。」
どの口がいうのか、貴女の魅せる笑顔がどんなに癒しになって仕事がしっかり出来ているのか、それを言うことすらできなくて。
「経験の差よね、ここまできたら、やるしかないという諦めにも似た感情で働くだけよ」素っ気なく答えてしまう自分が、本当に嫌になる。素直にいう貴女が羨ましい。
「もう、またそんな暗いこといって、先輩性格が捻れてますね。そこがまた、先輩のいいとこでもありますか。」
ふぅって溜息を吐きながら、揶揄う貴女が朝の私みたいで嬉しくなるけど、恋人でもなんでもないから、そんなことを言うことも喜ぶ顔もできなくて、横を通っていく腕組みする男女のカップルに嫉妬してしまう。
あぁ、男なら良かったのに羨ましい、と。
「どうせ、捻くれ者ですから、明日も諦めて働くわよ」ぷいっとそっぽを向いて、「じゃぁ、また明日」ってここで別れる。だってニヤけた顔なんか見せたらバレてしまうから。
「はやっ、さっきまで喋ってすぐ解散なんて。。。まぁ、先輩、明日も忙しいですからね、お疲れ様でした。」
今日は先輩が朝から憂鬱そうな顔をしてたから、「月のものですか」なんて、馬鹿みたいに、女同士だから言っても許されることを話して。始業になったら、ずっと仕事の話をして。それは終業まで続くけれど、実はその時間は私の楽しみでもあったり。
先輩の横顔がまさに働く女性で、キラキラしたキャリアウーマンを絵に描いたようなカッコ良さで見惚れてしまって、バレたら全てが壊れてしまうから、絶対バレちゃダメなんだけど、それは当分バレないだろうなって。だって先輩、私を全然見てくれない。私が他部署の人たちと作業に入ると、こっちを見ている気配もするのに、振り返る時には机に向かっているから。目線が合うのは書類に疑問がある時だけだから、少しの余地を残して、絶対にミスにならない絶妙な加減で細工をするしかなくて。だって、そうしたら絶対先輩、「ねぇ、ここって」って聞いてくるから、話ができちゃう。先輩、私には甘いけど、仕事には全然甘くないから、怒られない書類不備、入れちゃうようにしてる。先輩にバレたら怒られそうだけど、絶対バレないだろうなって思ってる。だって先輩は私を疑うなんてことしないから。
結構酷いこと、してる自覚はあるけど先輩なら気づくっていうのもわかってるからやっちゃうんだ。先輩は、誰よりも厳しいから。だけど、それよりも優しいから、私が被る火の粉がないようにって、全部、抱えちゃう。
だから私は先輩が羨ましい。だって、私は、先輩みたいにそつなくこなすなんて、出来る能力なんてなくて、何にも、得意なことだってないから。
だから、先輩が褒めてくれたおチャラケで自由なとこでも何でも使って、先輩を、笑顔にしたいって思ってしまうんだ。だって、私は先輩の「可愛い後輩」であり続けたいから。先輩が望むその姿を見せていきたいって、思っちゃう。
あぁ、私がこんなに先輩を思ってるなんてこと、先輩に悩まされてるなんて、先輩は気づいてないんだろうなって、わかっちゃうから。
翻弄される仕返しに明日もまた、先輩を揶揄っちゃうんだろうな、って、私は私がわかっちゃう。
本当に、なーんにも気づいてない、そんな先輩が、羨ましい。




