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ここの暮らしにもずいぶん慣れた。
あれからひと月が経とうとしている。
こちらの暦でいうと、師走の二十二日。町はクリスマスの装飾でピカピカと輝いていた。
私は子ども達から教わった無料の公共施設を利用し尽くした。
朝は必ず図書館へ行き、あらゆる本を読みまくった。この世界のお金の使い方も、インターネットの使い方も学んだ。
子ども達が私の家に入り浸っていることを親たちが心配したらしく、町では「変な女がいる」という噂が立ってしまった。
怪しい大人である私は、とうとう警察に通報されそうになる。
まあ、間違いなく変な女である。だって、私は転生してきたのだから。しかも前世はかぐや姫――ありえない話だ。
そこで私は、例の天女の羽衣を使い、親たちの考えを変えることに成功した。
しかし、この効果は数か月のみ。悲しいかな、この子たちと自由に付き合えるのも、あと数か月だけだ。
だが、その間は好意的に私を受け入れてくれるのだから、それまでに「怪しい女」を脱却すればいい。
今日は莉子の家に遊びに行く。両親は仕事で帰りが遅いらしい。
学校から帰ってくる時間に合わせて、私は莉子の家へと向かった。
「ねぇ、輝夜ちゃん。私、宿題先にやっちゃうから、お兄ちゃんの部屋でマンガ読んで待ってて」
莉子は毎日宿題に追われている。学校というのも結構面倒くさいものだ。莉子の兄はもう大学生になっていて、家から出て大学の近くに下宿しているらしい。
彼の部屋にはゲームや漫画がたくさんある。絵付きでいろんな物語が楽しめるので、私は漫画がとても好きだ。
ガチャリとドアが開く音がする。
「……」
若い男が私のいる部屋に入って来た。男は私を見て驚いた様子で、一瞬体が固まったように動かなくなった。
次の瞬間、ドアを静かに閉めると、無言で出て行った。
「おい!莉子!俺、俺の部屋に女がいる。めちゃくちゃ泣いてたぞ。誰だよ!」
隣の部屋から声がする。知らない女が自分の部屋にいることに驚いたようだ。
「ああ、莉子のお兄さんか」と私は思った。
困ったことに、今は天女の羽衣を持ってきていない。この困難な状況を、何とか乗り切らなければならない。
「なんで!勝手に部屋に入ったの?変態なの?お兄なんで家に帰ってるのよ!」
「は?何言ってんだよ、俺んちだろ!ってか、俺の部屋だろ!」
バタンとドアを開ける音がして、莉子が慌てて私の部屋に入ってきた。
「輝夜ちゃん大丈夫?なんで泣いてるの?お兄に何かされた?」
私は首を横に振って読んでいたマンガを置いた。
このマンガという絵巻物、なかなか感動的な物語だった。
「は?こ、この人誰だよ、莉子の……お友達ですか?……ってか、人の漫画、『宇宙の兄弟』の四十巻読んで泣いてんじゃねぇよ!」
莉子の後ろから、兄らしき人物が声をあげた。
「あらぁ!みんな帰ってたの?輝夜ちゃんいらっしゃい。実門までいるのね。三人で仲良くしてね。あ、そうだ輝夜ちゃん、今日うち、すき焼きなんだけど食べていく?」
莉子の母親が帰って来た。お兄さんの部屋にいる私たちを見て、嬉しそうに話しかけてくれた。
「お言葉に甘えて」
ありがたいことに夕食をごちそうしてもらえるらしい。
実門という莉子の兄は、目を丸くして食い気味に被せてきた。
「誰だよお前! 飯まで食ってんじゃねぇよ!」
実門は年の瀬の休み期間に入ったらしい。
「それで実家に帰って来たんだ。もう、邪魔なんだから、お兄がいたら冬休み楽しめないじゃん」
「いや、お前。俺がいようがいまいが、今まで特に絡んできてないだろう」
兄妹げんかは見ていて微笑ましい。そう思いながら、目の前の牛肉をいただいた。
肉という物は今まであまり食したことがない。
「穢れがあるから食べる物ではない」と思っていたが、なかなか美味で口に合う。
「肉ばっか食ってんじゃないよ!ってか、お前誰だよ」
さっきから実門は「誰だよ」しか言わない。まったくワンパターンな男だ。語彙力というものがないのかもしれない。
「いいじゃない。まだまだお肉あるから、たくさん食べてね、輝夜ちゃん」
莉子の母親はいい人だ。
だけど、やはり気になっている。
彼女が息子につけた名前、実門。
恐れ多くも、帝である。
彼はそれほど高貴な存在ではないし、この世に今上天皇が御座されるのだから、なんと厚かましい名前なんだろう、と思ってしまう。
食事が終わると、実門が言いだした。
「送る。俺が輝夜ちゃんを送っていく」
「なんで!お兄が送ってくの?ずるい!私も輝夜ちゃんちに行く」
「そうね、暗くなってるから、女の子一人じゃ危険よね。実門が輝夜ちゃんを送ってあげて」
「えーーーー!莉子も行く!」
莉子の言葉は母親にスルーされた。
別に送ってもらわなくともいいのだけれど、最近、夜遅くに女性が出歩くと事件に巻き込まれたりするらしい。
そういう記事を新聞で読んだ。師走は何かとおかしな頭の人が増えるという。
腕っぷしは強くないだろうけど、従者として付き添ってもらったら少しは安心だ。
けど、実門が考えていることは分かる。
そうだろう、私が誰なのか気になるだろう。
莉子の母親は天女の羽衣効果で私のことを怪しいと思っていない。
ただの「輝夜ちゃん」というお友達だと思われている。
年齢が十八歳で小学生の友達がいること自体おかしいし、そもそも私には戸籍がない。
働いてもいないし学生でもない。
そんな怪しい大人を小学生の我が子に近づけるなんて、普通なら考えられないことだろう。
「……で、輝夜ちゃん。君は誰なの? 俺の親はなんの心配もしていないみたいだけど、『輝夜ちゃんよ、莉子のお友達』って紹介されても、俺は納得できない」
それはそうだろう。
実門は二人きりになるとすぐに問い詰めてきた。
夜道で話すにはいささか込み入っているし、ここで正直に話をしたって、「頭がおかしい女」認定間違いなしだし。
どうしようか……
とにかく、今までに、誰にも真実を話したことがない。
試しに「転生した」って言ってみてもいいかもしれない。
家に着いたら天女の羽衣でごまかせばいいし、何とかなるかもしれない。
私は持ち前のチャレンジ精神で、実門に事実を話してみることにした。
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「……と、いうわけで、私は転生してきたかぐや姫なんだ」
「なるほど……」
「って、俺が納得するわけねぇだろう!お前、怪しすぎる」
やっぱりそうよね。
家に着くまで、私は自分の経験したことをできるだけ詳しく説明したが、彼は全く納得していないようだった。
無理だ。
自分でも状況がよくわからないこと、気がついたらここにいたことなど、話が終わるまで実門は一応黙って聞いてくれた。
仕方がない。天女の羽衣を使おう。
「ここなの?家」
「そうだ」
暗いままの我が家を見て、実門は中に入ってもいいかと聞いてきた。
まずい。入ってもらっては困る。羽衣が使えない。
「とにかく、あんたの頭がおかしいことはわかった。で、病院へ行かなきゃいけないと思うんだけど、この家で一人暮らしなんだよな」
「そうだ」
「記憶喪失。あるいは精神的な何かの病気だと思うけど、親御さんとかいないんだよな?」
「親もいないし、戸籍もないし。もちろん、保険証なんて持ってない」
実門は顎に手を当てて、何か考え込んでいるようだった。
「あのさ、この家に来たのはなんで?転生した時は別の場所にいたんだろう?市街地から歩いてこの家に来たんだよな」
そう。まさに、ここに吸い寄せられるように、一直線にやってきた。
迷うことなくこの家にたどり着いた。
「そうだ」
今まであまり考えていなかったけど、ここに来たのには意味があるのかもしれない。
「んで、この家のおばあさんは亡くなっていて、近所の人があんたのことを『輝夜ちゃん』だって言ったんだよな。しかもお前の名前はかぐや姫だろ?」
「そうだ」
「なら、お前、輝夜ちゃんじゃね?」
「そうなのか?」
「そうだろ」
「確かに。そうかもしれない」
そうか、私、この時代のこの世界の輝夜ちゃんだったんだ。
ならば戸籍があるはず。
私は、いろんな書類が入っている引き出しを引き抜いて、ちゃぶ台の上に置いた。
自分がこの家の「輝夜ちゃん」である証拠が、ここにあるかもしれない。
「ここに住んでいた『輝夜ちゃん』三歳は、何かのトラブルに巻き込まれたんだ。事故なのか病気なのか、分かんないけど、とにかく自分が誰なのか記憶をなくしたんだ」
まぁ、記憶はあるのだが……
「輝夜は潜在的に、祖母の家と自分の名前は覚えていた。だからここへ来た。君が君である証拠を見つければいい。母親がいるんだろ? おばあさんの娘。その人を探せばいい」
「俺もいいか?」と尋ねて、実門も先ほど見つけた書類を読み始めた。
家探しの結果、見つけたものは、十年前に送られてきた葉書が一枚だけだった。
他にめぼしいものはなく、私につながるものは幼いころの写真のみ。
「輝夜の母親の名前は、多分、大友美幸。だからお前は『大友輝夜』。ばあさんは佐貫みやこ。お前のかあさんは結婚してるから名字が変わった。旧姓は佐貫美幸」
「大友……」
確かに知っている名前だ。
前世に大納言大友御行という者がいた。しかし彼は男だった。
実門はこの葉書きに書いてある住所を検索した。
「一応マップには現在もある家として載ってるな」
私が家に着いてから一時間は経っていた。
私を送りに行ったまま帰ってこない実門を心配して、実門の母上から電話があり、「やべぇ、明日また来る」と言って、やつは慌てて家に帰ってしまった。




