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「それより石上、そこの場所から移動しろ」
立ち上がらせようとする輝夜に、話の腰を折られたと感じたのか、石上は不服そうだ。帰れと言われ、追い出されると思ったのかもしれない。
「なんでだ?」
「床がこんもりと膨らんでいるだろう。そこは危険だ」
ん?石上が自分の座っていた場所の床を見る。確かに足で押すとふわふわとしている。水分を含んで膨張でもしているのだろうか。
「なんだこの床板、盛り上がっている」
「竹の子だ」
「竹の子?」
「春になってから、床を突き破って生えてくる」
「……は?」
「これで五本目だ」
輝夜はそう言うと床板を金属製のバールで『バンッ』と叩いて、おもいっきり破壊しだした。
「いや、待て。今は竹の子なんてどうでもいい。そんな話をしているわけではない」
石上は焦った様子で輝夜の動きを止めようとする。
「しかし、このまま放置していると翌日には大変なことになる。ぐんぐん成長してそのうち、立派な竹になってしまう」
「それは大変だろう。しかし……」
輝夜はまた「バンッ!」と床板を叩き出した。
朝、目が覚めた時に自分の家の畳から竹の子が突き出ていたときには驚いた。確かに季節は三月、竹林の中には立派な竹の子がたくさん頭を出していた。
「いや、ちょっと待って、俺がやるから、バール貸して」
輝夜の考えなしの床板の破壊っぷりを目にし、石上が待ったをかけた。
なんやかんや言っても、石上は根が優しい人間なのだろう。輝夜の代わりにバールをもって丁寧に床板をはがしてくれた。
「輝夜姫、いや……いくらなんでも、家の中にまで竹の子が生えてくるなんて異常じゃないか」
石上は仕方がないと、自ら床下の竹の子掘りに取り掛かった。
「このままでは確かに穴ぼこがたくさんできてしまう。だけど、竹林に住んでいる以上は宿命だと思って受け入れるしかない」
「とりあえず、この竹の子を掘ったら話の続きを聞いてくれ」
石上の必死の訴えに輝夜は分かったとうなずいた。
「こんなに生えてくるなんて思っていなかった。今まではそんな形跡はなかった。軒下は日陰だし、問題ないと思っていたのだが、こいつらの生命力は目を見張るものがあるぞ。次から次へと凄まじい」
最初のころは嬉しくて、たけのこを掘っては土佐煮に吸い物、竹の子ご飯とあらゆる竹の子料理を作っていた。竹の子の漬物や炒め物、筑前煮。だがさすがに飽きてしまった。そして胃腸の調子も悪くなる。食べすぎ注意だ。縁側に山積みになった竹の子を眺めながら輝夜は考えていた。
その時、玄関からガタガタと大きな音がする。誰か客が来たようだった。
「かぁぁぁぁぐぅううう……やぁぁぁああ!!!!」
「ひぃえ!」
「誰だ!」
玄関の引き戸が勢いよく開いて、鬼の形相をした中年女性が輝夜に突進してきた。
誰だ、この女性?輝夜は危険を察知して石上の後ろに隠れた。
「あんた!こんな所にいたのね!どれだけ心配したと思っているの。人に迷惑かけるのもいい加減にしなさい!」
女性が叫んでいる。鬼ごっこのごとく、輝夜を捕まえようと腕を振り回す。輝夜は避ける。輝夜の反射神経は優れている。
輝夜は石上を盾にしてひょいひょいと女性の腕をよけている。
「ちょっと、待って、落ち着いて」
輝夜を追いかけ、女性が石上の後ろに回り込んだ瞬間。 石上が女の腕を掴んで、暴れる彼女を抑え込んだ。
女性は必死に逃れようと暴れている。石上は逃げられないようにしっかりと腕に力を入れた。
「あなたは……大友美幸さんですね」
『大友 美幸』
それは海で行方不明になった輝夜の母親だった。
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落ち着いて話を聞くと、輝夜の母親である美幸は、輝夜が連れ去られた後を追い、輝夜が重しを付けられて海に沈められたのを見てしまったという。
そして輝夜を助けるため自分も海に飛び込んだ。しかし輝夜は見つからず、何度も海に潜ったあげく自ら遭難してしまったという。
気がついたら外国の貨物船に救助されていたらしい。しかしその船は外国籍のコンテナ船で、乗組員が二十四人。全員日本語が通じなかったという。コンテナ船はアジアからアメリカ、ヨーロッパを周るルートで運行した。美幸は九十日間、日本へ帰る事ができなかったらしい。
「それは大変だったな。長旅ご苦労」
輝夜がねぎらう。
「私がどういう思いでいたかわかる?輝夜が死んだと思って、もうどうしようもないと諦めて、貨物船の中で甲板部員として働いてたのよ!」
なんだそれは?
「お母さん。とにかく輝夜さんは無事だったんです。良かったではないですか。とにかく落ち着いて、これからのことを考えましょう。輝夜さんは事件のショックで、記憶をなくしているんです」
「輝夜あなたね、面倒なこと全部忘れてんじゃないわよ!」
美幸の怒りは収まらぬようだった。
とにかく、話は夜遅くまで続いた。輝夜の祖母(美幸の母親)が無くなったこと。輝夜が祖母の家を受け継いだこと、、今、輝夜は町おこし隊の隊長として、竹籠づくりで町おこしをしているという事。
その後、石上はまた明日来ると言ってホテルに帰っていった。結局、石上と前世の話をすることはできなかった。
朝になり、実門が輝夜の家へやって来た時には、すでに何もかも決着がついていた。
「俺はなぜ呼ばれた?」
実門が呆気にとられた様子で輝夜に尋ねた。
「わざわざすまない。まぁ、若竹汁でものんで、ゆっくりしていくといい」
輝夜は美幸が持ってきた鳴門のわかめで、若竹汁を大量に作っていた。
「いや、そういう話じゃない。警察が来たって言っていただろう」
その件はなんとかなったと実門に説明した。実門は警察のことより、輝夜の母親が生きていたことに驚いたようで、良かったなと喜んでくれた。
「ところで輝夜、この家どうなってるんだ。あちこち床に穴が開いてる」
仕方がない。竹の子の成長はすさまじい。
「竹の子がにょきにょき出てきて、床が穴だらけになった」
「……」
「そういう問題でしょうか。まず、この家にこのまま住み続けるのは難しいのではないかと思いますが」
いつの間にか、石上が家に来たようだ。輝夜の母が石上の分の若竹汁を椀に入れている。
「お母上、若竹汁だな。ありがとうございます」
「どうせなら竹の子尽くしの懐石とか作って、皆に振舞うのはどうかしら?母さんも生前お世話になったようだし、輝夜も面倒かけているんでしょうから」
世話になった地域の人たちに恩を返せるのは良いことだ。
「いや、そういう話をしている訳ではない」
なんだか朝から皆が集まり、賑やかだなと輝夜は思った。
そこへ青年部の会長、倉持がやってくる。
「おはよう輝夜ちゃん」とあいさつをして、輝夜の母親である美幸を見ると「初めまして」と名刺を渡した。
「さすが会長だな。商売の匂いを嗅ぎつけて、ここまで来たのか」
阿部さんが万願寺唐辛子を持って輝夜の家へやって来ていた。
「特産品に竹の子というのも有りですよね、と思ったんです」
「けれど、旬もあるし、年中売れるものでもないだろう」
商売の話が始まった。
「若竹汁も旬の時期しか味わえないからおいしいのよね」
美幸も話に加わった。何かいいアイデアはないかと輝夜に尋ねる。輝夜は町おこし隊の隊長だ。皆が輝夜の考えを聞きたそうだ。輝夜は少し考えて。
「メンマが良いと思う」
「メンマ?」
輝夜はラーメンを食べたときに、初めてメンマと対峙した。気味の悪い食感に最初は抵抗があったが、噛めば噛むほど味が染み出る、このメンマの正体が、竹の子だと聞いて驚いた。
「メンマは、中国南部や台湾の食べ物だろう。支那竹」
「だけど、単体でも食べられるし、酒のあてにもなる。奥が深そうだ」
「発酵させた加工食品らしいっすね。発酵食品なら日持ちするかも」
実門がネットで検索し、話に加わった。
「ラーメン以外で食べたことなかったけど、簡単に作れるなら、作ってみたいわ」
輝夜の母も乗り気だ。
「竹の子が好きで、突然竹の子が食べたくなった人のニーズも満たすだろう」
輝夜の一声で、竹の子のメンマ作りが事業として始まろうとしていた。
石上はその様子を見て、輝夜が地域の人々に頼りにされ、この町に溶け込んでいるのを知った。
前世でも人々を魅了したかぐや姫だ。この令和の世でも注目を集めるのはもはや天の思し召しなのだろう。
彼女の周りを包む温かい雰囲気に自分までほっこりとした気持ちになった。




