ホモサピエンスの家族
二〇XX年。地球人類の多くが宇宙人に拉致され、彼等とその子孫達は残酷な運命を遂げることとなった。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい。久々ね」
都心から程近いベッドタウンの独居者用マンションの七階の一室。全身がピンクの毛皮で覆われた宇宙人が、同じく全身をピンクの毛皮で覆われた宇宙人を自室に迎え入れる。二人は姉妹であり、就職の為に家を出た姉の家に遊びに来たようだった。妹は駅前のドーナツ店で買った土産を渡し、一人暮らしには十分な広さのある室内を興味深そうに見渡す。
「片付いているね」
「そうでしょう? あの子のことを思うと、自然と掃除に気合が入っちゃってね」
そう言って姉は部屋を案内し、木製の柵で囲われた一角に優しい眼差し送る。
「わあ! 可愛い!」
そこにいたのは一頭のホモサピエンスであった。姉妹とは違い、頭の一部にしか毛皮がなく、口の中に鋭い牙も、額からは角も、指先には爪もない。重そうな頭を四つの足で支えながら器用に床の上を這っている。
彼女達とは根底から違うホモサピエンスと言う生物は、何世紀も前に辺境の惑星で発見されるや否や、その特異な姿と賢さから優れた同居人となった。
「可愛いでしょ。リブロースって言うのよ」
「リブロース? どう言う意味?」
「ホモサピの母星の食べ物よ。ホモサピには食べ物の名前を付けるんですって」
「変なの」
姉妹は見た事もない辺境惑星『地球』で暮らすホモサピエンスの原種の生活に微笑み、ぺたぺたと床を這って移動するホモサピエンスの柵の隣に腰を下ろす。
「抱いてみる?」
「いいの!?」
「勿論。優しくしてね」
姉は少しだけ腰を浮かせて柵の扉を開けると、ホモサピエンスを抱き上げる。未発達な生態から奇妙な声が漏れるが、それすらも愛おしい。妹は壊れ物を扱うように慎重にホモサピエンスを受け取り、その暖かさと独特の匂いに脳が幸福に痺れるのを感じた。
「ああ。吸いたくなる気持ちがわかるわ~~」
「でしょう?」
妹は暫く、ホモサピエンスに鼻を近づけてその甘いような臭いを堪能する。
「ああ。私もホモサピエ飼いたくなっちゃったよ~」
「ちょっと。飼うって言い方はリブロースに失礼よ。家族なんだから」
「ああ。ごめんごめん」
妹は『ちょっと面倒臭いな』と思いながら、ホモサピエンスを自分の膝の上に置く。人懐っこい個体なのか、膝から逃げ出そうとはせずに興味深そうにピンクの毛皮を小さな指先で弄っている。こんな作り物のような指先にも、きちんと薄い爪がついているのが堪らなく愛おしかった。
「でも、お姉ちゃん思い切ったね。ホモサピエンスと暮らすなんて」
「やっぱり、一人は寂しいからね。勿論、苦労もいっぱいあるわよ? 日中はこの子の為だけにエアコン使わなきゃとか、繊細だから食べ物の好き嫌いも多いし」
「へえ。大変は大変なんだ」
「でも、後悔はしてないわ」
姉はまるで真理を語るように堂々と断言し、ホモサピエンスを妹の膝から抱き上げて頬擦りする。それの何が楽しいのか、ホモサピエンスは「きゃっきゃ」と笑って姉妹を悶えさせた。
その後、姉妹は毛皮のないホモサピエンスの為の『服』を着せ替えてファッションショーをしたり、あまりにも脆い歯と弱い顎の為に作られた『離乳食』なる専用の食事を与えたり、五歳児並みの知能を持つこともあると言うので絵本を読み聞かせたりしてホモサピエンスと遊んだ。
すっかりと体力を使い果たしたホモサピエンスは電源が切れたように眠り始め、その無防備な姿が「守ってあげなきゃ」と言う母性を擽る。
「お姉ちゃん。リブロースちゃん、最高に可愛いね」
「でしょう? しかも、この子は品種改良で大きくならない種なのよ?」
「あ、そうなんだ。でも、私は二足歩行するくらい大きくなったホモサピも好きだけどなぁ」
「まあね。でも、やっぱりマンション暮らしとなると大型ホモサピは難しいから、今後は小型ホモサピが流行るんじゃあないかしら」
「そうなんだ。あ、もうこんな時間! 帰らなきゃ」
「今度は泊まっていきなさい」
「うん。じゃあね、お姉ちゃんと新しい小さな妹ちゃん」
んご。とホモサピエンスのイビキがタイミングよく響き、姉妹は幸せそうに笑った。




