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安藤ナツ短編投稿所  作者: 安藤ナツ


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VS完全防御

 神聖ジュンガルド王国の魔術は防御偏重の魔術として名高い。その修練は盾の術から始まり盾の術に終わり、如何なる危機にも対応できる守護の魔法と共に王国は発展して来た。

 その中でも現在の王宮魔術師筆頭ガーランドの防御魔術は『完全防御』として広く知られる。劫火の槍も、終焉の氷棺も、天を裂く稲妻も、あらゆる魔導士の奥義を完全に防ぎ、勝利に導いて来た現時点での人類最強の魔導士の一人だと言っても過言はないだろう。

 そんなガーランドの前に、一人の魔導士が立ち塞がった。


「『王矛』ガーランドだな? 一世一代の大勝負だ、乗ってくれるか?」


 若い女の魔導士は言葉とは裏腹に自信に満ちた表情で歯を見せる。

 ガーランドが最強と呼ばれ始めて二〇年余り。戦場であろうと、プライベートな時間であろうと、こう言った武者修行なのか腕試しなのか暗殺の刺客なのかわからない魔導士が立ち塞がることは珍しくない。自分の魔術の素晴らしさを広めるのに、一番手っ取り早い広告塔――それが当代最強『王矛』ガーランドであった。


「あ、安心してくれ。あんた以外には傷一つ付けないって約束するよ。その為に、あんたが一人で寂れた飲み屋から帰るタイミングを選んだんだ。私はただ、自分の人生に大きな証明が欲しいだけなんだ。私がこの世にいたって言う証明を、誰もが知って欲しい」

「ふむ。では、君の人生は数多の魔導士と同じく愚か者として知られることだろう」

「なるほど。最強の言いそうなことだ」


 好戦的に唇を吊り上げる女魔導士の言葉にガーランドはゆっくりと首を横に振る。

 彼女の言葉がどれだけ信じられるかは謎だが、その内に感じる魔力の少なさから大規模な破壊的魔術が繰り出される可能性がないのは確かだ。立ち姿もその辺を歩く女学生のように洗練されておらず、何か術を発動する前に細い首を折るのは容易いだろう。その際、踏み込んだ路地のタイルが割れてしまわないかだけが心配だ。


「あんたのこと、調べたぜ? 私が産まれる前から最強で、様々な戦場と様々な決闘で無敗無傷。名だたる魔導師があんたの『完全防御』を抜けずに死に、引退していった。ジュンガルドの魔術の歴史の頂点だと誰もが絶賛している」

「私は少し酔っている。この心地のままベッドに入りたいんだが?」

「だが『完全』なんてことが、神ならぬ人の身で成せるのか? どう思う? ガーランド」


 女魔導士の長口上に少しうんざりしながらも、ガーランドは酔った頭で「それはそう」と同意する。この世に完全なものは神のみ。魔導士として深く世界を観察すれば至る、当然の真理だ。たかだか二〇年の不敗で『完全』を名乗るなんて片腹意痛い。

 だが――


「しかし、結果的に私の防護は完全だと言わざるを得ないだろう?」


 ――ガーランドは戦いの歴史の中で自身の防御が神より与えられた神聖にして完全なの物だと言う確信もあった。


「調べるまで、私もそう思っていた。でも、違う。あんたの防御は完全じゃあない」

「ほう?」

「例えば音と光。こうやって会話が成立するってことは、空気はあんたの鼓膜を揺らし、光は眼球を通っている。そうだろう?」

「そうだな。私に無害なものは防壁も働かない。それでどうする? 爆音で私の三半規管を揺らしてみるか? 光の明滅でてんかんでも起こすか? そう言った手合いは一〇人はいたぞ?」


 滔々と語る女魔導士の指摘など、とっくの昔に試されている。それすら聞かぬから無敵の防護なのだ。


「じゃあ、火は?」

「火? 文字通りの火力自慢は見飽きたぞ」


 いい加減に苛々としてきたガーランドの語気が強くなる。真っ直ぐに女魔導士を見据えて臨戦態勢を取る。

 が、女は演説するように会話を続ける。


「なあ、火がどうして燃えるか知っているか?」

「フロギストンの反応だろう? 下らぬ講義なら今すぐ首を叩き折るぞ?」

「はは。古いよガーランド。フロギストンは七年前に学会で否定され、現在は酸素と言う元素が必要だと言う考えが主流だ。知っているか? 元素? 勿論、四大ではないぞ?」


 酸素? 元素? 未知の概念に魔導士としての探求と好奇の心が跳ね、同時に戦士としての心構えが心身の異常事態に危険を叫び始めた。

 酔いからの物だと思っていたが、心肺の活動がおかしい。女魔導士口上に関心が行き過ぎている。指先の僅かな感覚の麻痺もアルコールとは関係ないかもしれない。


「酸素は大気中に二割程度含まれ、これがないと物は燃えない。どうやら人間の体内でも、火を熾さずに熱を作っているらしいぜ? で、これは多くても、少なくても駄目だ」


 意識が徐々に侵食される感覚も、酔いと眠気だけではない。

 何か、攻撃を受けている!

 ガーランドは女魔導士の殺害を決心し、その瞬間には踏み込もうとした右足の膝から力が抜けて無様に路地に転がった。


「高純度の酸素を吸引した死刑囚は、めまいや耳鳴りを訴えた後、全身が痙攣して死んだみたいだ。面白いのは、命に関わるのに酸素が多過ぎることに対して肉体は殆ど事前に反応しなかったらしい。致命的な症状が出て初めて、肉体は以上に気が付く」


 もはや、ガーランドの耳に女魔導士の言葉は殆ど意味として伝わっていなかった。内側から自分の身体が自分のモノでなくなっていく恐怖だけがガーランドの人間としての意識をギリギリで繋ぎ止めていた。


「だから、賭けだった。そして、賭けに勝った」


 どんどん心中に広がっていくのは、今まで一度として感じたことのない死の気配。


「あんたの身体と同じように『完全防御』は多過ぎる酸素を危機と認識しないみたいだな」

「あ、あ、う」

「神様って言うのも、意外と抜けているね」

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