第3節
非常に残酷、暴力的な描写があります。
このシリーズはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。読み物としてお楽しみください。
男が帰ってきたのは10分を少し越えた頃だった。男は助手席側のドアを開き、子どもの様子を確認した。
忘れ物はファミレスが預かっていたため、簡単に受け取ることが出来た。一人になったついでにトイレに行き、慌てて帰ってきたようだった。男は肩で息をしながら毒吐いた。
子どもたちはこんな少しの時間だというのに、気持ちよさそうに寝ていた。それが男には腹立たしい。
「なんで、子どもは、こんなに手間がかかるんだよ」
腹がへった。喉が渇いた。さみしい。ほめろ。トイレ。ケンカ。アレしろコレしろ、俺の時間が1秒たりともない。
「面倒くさいな。コイツらがいるから俺は自由になれない」
そう呟いたら妙に神経が研ぎ澄まされた気がする。耳の奥でジーという音と血液の音がする。キョロキョロとあたりを見回すと昼を過ぎたせいか車も少なく、人気がなかった。
まただ!
強い視線を感じ男はあたりを見回す。夏の昼とはいえ、立体駐車場は薄暗かった。男はサイドステップから降り、静かにドアを閉めた。
こんな生活が続くのかと思うとひどく絶望した。
「俺は、自由に、なれない……」
自分でも押してはいけないスイッチが入ったような気がした。左手で持っていた息子の景品が足元に落ちた。
凶器は何にしよう。妻と同じようにケーブル? いや、無理だ。
男は車のトランクを開け、仕事道具を探り、工具箱から電工ナイフを取り出した。3種類の電工ナイフを手に取る。
ひとつは電線・ケーブルの被覆剥き用に切れ味を鈍くしたもの。
ひとつはケーブルの切断用に切れ味重視で仕上げた直刃。
ひとつは多目的用。
「コレにしよう」
男は切れ味重視のナイフを手に取り、車に乗り込む。ドアを閉め、しゃがもうとするが足元は狭く、しゃがめない。
「力が入りにくいから難しいな」
仕方がないのでギリギリまで膝を曲げ、娘の足と足の間に立ち、そのまま娘の心臓めがけて突き刺した。娘はすごい声を上げた。うるさいので左手で口をふさぎ、右手で娘の首を締めた。娘は足をバタつかせ、首から指を外そうとするが、大した抵抗ではなかった。
娘の足が止まり、左手に空気を感じなくなった。外してもうるさくないなと両手できつく絞める。
どのくらい経ったかわからないが、娘がぐったりとした。ナイフを娘の腹の真ん中あたりから抜き、根元まで赤くなったナイフを見て舌打ちした。出来るだけ苦しまないようにしてやりたかったが、娘の様子からして余計に苦しめたような気がする。
「やっぱり刃渡りが短かったか」
息子の方はナイフを使うのをやめようと決めた。横に目線を向けると息子がヒッと小さく恐怖の声をあげた。よく見ると目を大きく見開き、泣きながら失禁をしていた。
ナイフを自分の左足元に捨て、ゆっくりと息子の右足を跨ぎ、娘と同じように足と足の間に立つ。息子は恐怖で意識を失った。男は息子の首に手をかけ、息子も動かなくなった。
男はしばらく、その場に立ちつくした。
頭が痛い。心臓がうるさい。自分がひどく汗をかいているのを感じる。
自分の身体がひどく鋭くなった気がする。
強い視線とじっとりとした殺意を感じる。
女の声がする。
何を言っているか分からないが、強い怨みと怒りの声だ。
男は運転席に座り、ダッシュボードからウェットシートを取り出し、手と顔を拭き、お土産で買った500ミリのペットボトルの水を一気に飲み干した。喉が潤うと少し落ち着きを取り戻した。
「死体をなんとかしないといけない」
北だ。北には山がある。山で脱輪事故に遭ったことにしたらいい!
男は咄
嗟に仕事で行ったことのある危険な山道を思い出した。そこはガードレールのない崖で脱輪をしたら本当に危険な場所だった。
そこで車ごと落としてしまおう。
男はすぐさま車を走らせた。
山道はコンクリートで舗装されていたが、乗り心地は悪かった。
目的地付近に着いた男は深呼吸をひとつし、アクセルを踏む。右前輪が脱輪し、車底から擦れるような異音がした。車体が傾き、後ろからドサッと音が聞こえた気がした。揺れが収まるまで待ち、男は助手席から脱出した。
娘と息子はここまでの悪路で体が下へずれていたせいもあり、脱輪の衝撃で終にはシートから滑り落ちた。2人は重なるように床に倒れた。
男は車を崖から落とすために後ろから押そうとして、首が絞まるような息苦しさを感じた。体が思うように動かない。男の目の前に女が現れた。そのように、視えた。
男は狂ったように叫び、女に殴りかかった。腕は空を切り、男はまた、狂ったように叫びながらそのまま走り去って行った。
絶対に赦さない。
楽になどさせない。
男は赦されることの無い地獄を生きていくのだ。
女は鬼になり。
子どもは子ども同士しっかりと手を繋ぎ、女のそばに立ったまま、男を見る。その目には憎しみも何もない。ただ悲しく澄んだ瞳だった。
女は子どもと手を繋ごうとするが、掴めず絶望と怨みが深まる。
私はそれがとても悲しかった。裁きは下された。けれど、それは誰も救われることのない悲しみがあった。
いつか。
いつか、彼らが救われますように。
心から祈った。
お読み下さり、本当にありがとうございました。
自分でも掘り起こし、つなげるとこんなにも怖いお話になるとは予想外でした。澄川も震えながら書いていました。
私はホラーを書く時、3、4、5章で終わるように書いています。安定を意味する数字だからです。このお話、当初は前後編で考えていたのですが、2構成だと危ない気がして3つにわけました。
今年の更新はこれが最後になります。ありがとうございました。
お読み下さった方に深い感謝を申し上げます。何度でも言わせて下さいね。そして、どうぞ良いお年をお迎え下さいませ。
それでは、また来年お目にかかれる事を祈って。




