06.「烏」の声
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「明霞、兄様が来たのだけど、お通ししても大丈夫?」
明霞の部屋にやって来た春燕が、窺うように尋ねた。
長一族の屋敷に迎えられた当初は客間に通された明霞だが、今はきちんと部屋が与えられている。
内装については、あまり豪奢なものは難しいけれど明霞の好みに合わせると言われた。だが、皆が本当にそれでいいのかと言ったほど質素なものである。しかし、皇宮での部屋に比べると雲泥の差と言えるほど居心地がよく、明霞はとても気に入っている。
「颯懍様が? すぐにお通し……って、私、着替えた方がいいかしら?」
明霞は自分の姿を見下ろし、眉を下げた。
部屋着で寛いでいたので、人を迎える恰好とは言い難い。世話を焼いてくれている春燕や他の烏たちならいざ知らず、次期長の颯懍と会うには簡素な装いなのである。
春燕は小さく笑い、首を横に振った。
「大丈夫よ。ここは皇宮じゃないんだし、勝峰様に会う時だって普段着で構わないのよ」
「そうなのね。それじゃ、お待たせするのは申し訳ないし、すぐにお通ししてもらえる?」
「わかったわ。兄様を連れてきた後、お茶も持ってくるわね」
「ありがとう」
明霞は春燕が出て行った後、慌てて立ち上がり、右に左にと動き回る。何かするでもなく、ただウロウロしているだけだ。
『何をしているの?』
「きゃあ!」
いきなり声がしたのでそちらを向くと、窓のところに一羽の「烏」が止まっていた。窓が開いていたので、「烏」はそのまま中へ入ってくる。
『ふぅーん、地味な部屋ね。皇女ならもっと派手なのかと思っていたけれど』
「烏」は辺りを見回し、少々辛口な感想を漏らす。そして、明霞の側にトットッと跳ねながら近づいてきた。
(いろいろあったからすっかり忘れていたわ! ここへ来る時も「烏」たちが話していて……まさかと思っていたけれど、「烏」たちの長……確かラオと言ったわね、とお話をしたのよね。あの時は動転してそれどころじゃなかったけれど、このことは後でちゃんと聞かなくてはと思っていたのに、私ったら)
『颯懍の花嫁なら、もう少し着飾った方がいいんじゃない?』
「烏」の一言に、明霞はビクッと肩を震わせる。
「や、やっぱりそうかしら? 着替えた方がいいわよね……でも、もう颯懍様が来てしまうわ」
心配していたことを指摘され、明霞はオロオロする。
が、非情にも外から声がした。もう来てしまったのだ。
『あら、間が悪かったわね』
「春燕に大丈夫と言われても、着替えるって言えばよかったわ……」
『仕方ないわ。次から気をつければいいじゃない』
「そうね。うん、そうするわ」
『それより、早く返事をした方がいいんじゃないの?』
「あ!」
またもや「烏」に指摘され、明霞はそれに応じる。慌てていたので、思ったより大きな声が出てしまい、恥ずかしくて顔が火照る。
春燕が顔を出すと、彼女は目を見開き、きょとんとしていた。
「どうしたの? 明霞らしくなく、大きな声で驚いたわ」
「ご、ごめんなさい! 少し慌てていたの」
「あ! ヤーじゃない! いつの間に来たの? あぁ、それで明霞が驚いてしまったのね」
「ヤーがいるのか?」
春燕の後ろから、よく通る低い声が聞こえる。それは、最初に聞いた時より少し柔らかい。
身内と話す時はこんな風なのか、などと思いながら、明霞は彼に向かってお辞儀した。
「ようこそお越しくださいました、颯懍様」
「いや……長い間顔を出せなくて、すまなかった」
「い、いえ! とんでもございません!」
まさか謝罪されるとは思わず、明霞は大きく動揺してしまう。
さっきからオロオロしたり慌てたりと、心が騒がしい。できるだけ表に出すまいとするが、どうもうまくいかない。皇女にあるまじきことだが、忘れ去られた皇女として久しく、それも致し方なかった。
『あら、颯懍が素直に謝るなんて珍しいこともあるものね。大方、勝峰や他の烏たちに言われたんでしょう? あぁ、一番は春燕でしょうけど』
「うるさい」
『都合が悪くなると、すぐそう言うんだから』
「ヤー、兄様がせっかくその気になったのだから、邪魔しないで」
『その気? やっと明霞を花嫁として認めるってこと?』
「う、る、さ、い!」
『もう、わかったわよ! しょうがないからここは一旦引いてあげるわ。明霞、後で来るから話を聞かせなさいよ!』
ヤーと呼ばれた「烏」はそう言って、明霞の足を軽くつついたかと思うと、あっという間に外へ飛び立っていった。
明霞は呆気にとられながらも、思わず笑ってしまう。
「賑やかな「烏」ね」
「ごめんね、明霞。ヤーはおしゃべりが好きなのよね。特に私たち女に対しては、やれ綺麗にしろだの、おしゃれしろだのうるさいわよ。自分の見た目もすごく意識しているし、気位も高いのよね。でも悪い子じゃないし、あれで頼りになるのよ」
「そうなのね。でも、ヤーはとても美しいもの。漆黒の羽が艶めいていて、表情も凛としていたし、仕草も可愛らしかったわ。おしゃべりで賑やかだけれど、気品は失われていなくて……とても素敵な「烏」ね」
「そう……」
「ちょっと待て」
春燕と颯懍はふと顔を見合わせると、二人同時に言った。
「「烏」の言葉がわかるの(か)!?」
「え? わかるわ……よ?」
今更? というように首を傾げるが、「烏」たちの会話については誰にも話していなかった。二人は、明霞が「烏」の声を聞けるとは思わなかったのだろう。
(ということは、「烏」の声は、おそらく烏族以外の人には聞こえないのね)
なのに、どうして明霞には聞こえるのか。しかも、出会った時にはすでに聞こえていたのだ。
(いったいどういうこと……?)
三人は互いの顔を見つめ、しばらくの間呆けていた。
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