05-2.次期長の務め(2)
次期長に指名された後、颯懍は長の仕事を覚えるため、烏としての仕事は一旦お預け状態になっている。
長の仕事は多岐にわたる。その中でもっとも大切なのは、巣を守ることである。有事の際、指示を出せる者がいないと、一族の存亡に関わるからだ。
信頼できる側近に任せるという方法もあるが、烏族でその役割を担うのは、長以外ではその妻であることが推奨されている。それほど、長の連れ合いとは重要なのだ。
勝峰の連れ合いは、すでに鬼籍に入っている。そのこともあり、彼は次期長を早めに決め、伴侶を迎えさせようと考えていた。
「皇族などに留守は任せられない、お前はそう主張しておったな」
「はい。今でもそう思っております」
「何故そう思う? お前は明霞殿のことをろくに知らぬ。そんなことで判断できるのか? して良いのか? 皇族という理由だけで、一族に相応しくない、自分の背を預けられる存在にはなりえない、お前はそう言っているのだぞ」
「……」
あまりの正論で、何も言い返せない。
普段の颯懍ならこんな判断はしない。自分のことだから目が曇っている。その自覚はある。己の身に関わってくるとなると、これほどまでに冷静でいられなくなるのか、と我ながら情けなくもなる。
王、雲嵐の思惑はわかっている。
娘を次期長の嫁にして、この先も契約を継続していきたいのだ。
「先々代から玄武皇国と契約をし、我らはこの国のために尽くしてきました。この先もそれでいいのでしょうか」
玄武皇国は烏族を重用し、働きに見合う十分な報酬を与えている。また、それなりの地位も。
だがその一方で、表立っていなくとも、一族を見下している者が一定数いる。
他国でもそういったことはあるのだろうが、玄武皇国しか知らない颯懍は、他国にも興味があった。できるなら、一族をもっとも大切にする国を選定し、仕えたい。
表舞台に立つ皇族や貴族たちと比べ、烏族は裏の世界に生きる者。それはわかっている。それでも──
「それを判断するのは、次期長であるお前の仕事だ。しかし、嫁としてやって来た女と向き合うこともせず、我らの行く末を決めるような、それほどまでに重要な判断を下すことができると思うな」
「……はい」
執務室を出て行く長の背中を見つめ、颯懍は吐息する。
「颯懍、あの姫様は、長年皇宮で虐げられてきた。それでも、決して腐らず前向きに生きてきたんだ。庇ってくれる者は、実の弟ただ一人。だが、その味方もいつも側にいられるわけじゃなかった。……明霞殿は、俺たちがこれまで見てきた皇族とは違う。なかなかの根性だし、見どころはあると思うぞ」
部屋で仕事をしていた烏の一人がそう言って、颯懍の肩を軽く叩いた。
本来なら、次期長である颯懍には敬称をつけるべきなのだが、彼がそれを拒否していた。次期長ではなく、長になるその日まではと。
今ここにいる人間は、颯懍よりも年上ばかり。彼らは、颯懍を支えるべく、選ばれた精鋭たちだ。
「追い打ちをかけるなよ」
「ははは! お前がうじうじしているのが悪い!」
「そうだそうだ!」
長だけでなく側近たちにも背中を押され、颯懍には逃げ場がなくなる。
(春燕もうるさいことだし、少しくらい話をしてみるか)
くすんだ白髪に、薄墨色の瞳。
老婆のようなどと皇宮では蔑まれていたが、颯懍はそうは思わなかった。
いや、皇宮で目にした時はそう感じた。だが、ここへ来て日が経つにつれ、僅かながらに変化が見られたのだ。
髪にはハリと艶が戻り、瞳には明るい光が灯った。
言葉をかけることはないが、本人には気付かれないよう、様子は見ていたのだ。
それはあくまで、敵か味方かを見極めるため──。
「行ってくる」
「行ってこい。だが、その仏頂面はやめろ。怖がられるぞ」
颯懍は扉の前で振り返り、その声の主をギラリと睨みつける。それくらいで怯む相手ではないとわかってはいるが、そうせずにいられない。
まだまだ青いと自分に呆れながら、颯懍は客間に向かって歩き出した。
しかし、まだどうしても受け入れられそうにない。
(長を引き継ぐことに否やはない。むしろ光栄なことだ。だが、嫁を迎えることについては納得していない。まだ先でも問題ないはずだ。それに……よりにもよって、その相手が皇族など……)
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