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紫黒の烏と銀の花嫁  作者: 九条 睦月


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04.働き者の皇女

 玄武皇家からやって来た第一皇女は、それはそれは働き者だった。 

 朝は、春燕チュンヤンが来る前にはすでに起き出し、部屋の掃除を完了させていた。また、着替えを手伝おうとすると、皆と同じ服装を所望し、自らで着替えてしまう。

 それだけではない。朝食の準備を手伝い、仕事に出かける面々を送り出し、片付けまで手伝う。それが終われば、留守番組の者たちの指示に従い、屋敷の他の部屋の掃除、洗濯までこなしてしまった。

 そんな明霞ミンシャを前に、留守番組の面々は、皆あんぐりと口を開ける。


明霞ミンシャ様、私、現実を目の前にしても、まだ信じられないのですが」

「信じられない?」


 不思議そうな顔で尋ねる明霞ミンシャに、春燕チュンヤンは大きく息を吐き出した。


「掃除、洗濯、食事の支度、どれもこれも完璧なんですけど! こんな皇女様なんて、見たことも聞いたこともありません!」

「完璧? 本当? それはとても嬉しいわね」

「いやいや、褒めてな……いえ、褒めてますけど! でもそういう問題ではなく……」

「あら? この服、確か袖に小さな穴が開いていたはずなんだけど」

「あ、先ほど見つけたので繕っておきました」

「えええっ!?」


 後で自分がやろうと思っていた女が、驚きの声を上げる。

 まさか繕いものもできるのかと、他の者たちがわらわらと集まり、その仕事を目にして皆が一斉に吐息した。


「ほとんど目立たないわ。繕いものも上手」

「本当に」

「皇女様なのに、使用人がやるような仕事が完璧って、いったいどういうこと……」


 皆の言葉に、明霞ミンシャはただただ苦笑いを浮かべるばかり。

 皇女とは言っても、母、魅音ミオンが亡くなってからは、名ばかりとなった。美麗メイリン麗花リーファに次から次へと仕事を言い渡され、できなければ罰を受けていたのだから。それが三年も続けば大抵のことはできるようになるし、明霞ミンシャは元々器用でもあったので、なんだかんだとこなせてしまったのだ。


「大体の事情はこちらでも把握しておりましたが、まさかここまでとは思いませんでした。美麗メイリン様と麗花リーファ様の気性の荒さと我儘さ加減は、筋金入りですね……」

「で、でも! そのおかげで、私は今こうやって、皆さんのお役に立てているのだから! ……と言っても、ほんの少しでしょうけれど」


 ここにいる全員が、情報収集や諜報の仕事に携わっており、彼女の事情はすでに把握している。

 烏族は、妊婦や幼い子どもを除き、皆が一族の仕事を担うのだ。

 しかし、明霞ミンシャには無理だ。烏族の仕事は、幼い頃からの訓練が肝であり、年齢を経てからでは難しい。よほどの才能がない限り、不可能とも言える。

 だから、明霞ミンシャがここでできることは、屋敷内を綺麗に保つこと、美味しい食事を作ること、皆が心地よく過ごせる空間を作ること──。


「ほんの少しなんてとんでもない! 明霞ミンシャ様のおかげで皆が助かっているし、今朝だって、皆が意気揚々と出て行ったのを覚えていますか? 朝食がとんでもなく美味しかったからですよ。夕食も楽しみだと皆が言っておりましたので、ここへ戻ってくる者も多いでしょう」

「戻ってこない方もいらっしゃるのかしら?」


 春燕チュンヤンは首肯する。

 仕事柄、戻ってこられない場合もあるし、戻らない方が楽であることも多々ある。

 ただ、今朝の食事を味わった後だと、少しくらい面倒だと思っても戻ってくる者が多いだろう、とのこと。それは言うまでもなく、旨い夕食を期待してだ。


「そうだと……すごく嬉しい」

「でもとりあえず! 仕事も一段落したことですし、休憩にしましょう。さ、明霞ミンシャ様は座って待っていてくださいね!」

「あ……」


 その場を離れようとした春燕チュンヤンを、明霞ミンシャが呼び止める。


「なんでしょう?」

「あの、あのね……」


 言いづらそうに、何度も口を開けたり閉めたりする明霞ミンシャに、春燕チュンヤンは首を傾げる。だが、再び明霞ミンシャの側に近づく。

 すると、明霞ミンシャは頬を赤くしながら、おずおずと小さな声で呟いた。


「わ、私はもう皇女ではないのだから、その……皆さんと同じような、えっと、同じ感じで話してほしい……の」

明霞ミンシャ様……」


 囁くような声。しかし、この場にいる全員がその声を聞いた。


(控えめ! 慎ましやか! 勝峰ションフォン様のおっしゃるとおりだわ! 高貴な身分だというのに低姿勢! 正妃とその娘に散々虐められてきたというのに、全然擦れてない! なんて純粋で、なんてお可愛らしいの!!)


 皆が胸を押さえ、打ち震えている。

 僅かに首を傾ける明霞ミンシャに、春燕チュンヤンはコクコクと頷いたり、ブルブルと首を横に振ったりと、不審な動きをしながらもそれに了承した。


「承知……じゃなくて……わかったわ。これからは、皆と同じように話すわね。だから、明霞ミンシャ……も、私たちに遠慮なんてせずに、何かあったら言ってね。心配事とか、気になることとか、何でもいいから」

「私も!」

「私も、絶対ね!」

「話してね!」


 春燕チュンヤンに後追いする形で、皆が口々にそう言った。

 明霞ミンシャはそれが嬉しくて、何度も何度も頷き、頬を緩める。


(烏族の皆さんは、なんてお優しいのかしら。ここでなら、私の居場所が作れそう。私、ずっとここにいたいわ。そのためにも、もっともっと皆さんに認めていただけるよう、頑張らなくては!)


 水仕事などで荒れてしまっている小さな手を握りしめ、明霞ミンシャは気合を入れる。

 その姿を見て、他の者たちが再び胸を押さえていることに彼女が気付くことはなかった。

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