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紫黒の烏と銀の花嫁  作者: 九条 睦月


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03.烏族の長

 烏の巣に連れてこられた明霞ミンシャは、広間に通された。

 それほど大きな部屋ではないが、品の良い装飾品がいくつも並べられており、目を楽しませてくれる。


 烏の巣──烏族が暮らす集落。

 森の奥であることは知られているが、正確な場所は一族の者しか知らない。皇家でさえ知らされていないのだ。

 場所を突き止めることは契約で禁じており、それを守っているからとも言えるが、本当のところは調()()()()()()()()()のである。

 不思議なことに、誰がどう調査しようがその場所を突き止めることができない。できるとしたら、烏族と同じくらい諜報に長けている者だけ。しかし、彼らと同等の能力を持つ者など存在しなかった。


明霞ミンシャ様、もうしばらくお待ちください。長の到着はあと少しとのことです」

「ありがとう、春燕チュンヤン。大丈夫よ」


 明霞ミンシャは、ここで烏族の長を待っていた。正式にここで暮らすには、長の許可が必要だからだ。皇女とて例外ではない。


(今日は歓迎の宴で、警備にはかなりの人数が割かれていたはず。烏族の長まで駆り出されていたのね)


 今宵、皇宮では大きな宴が催されていた。というのも、青龍皇国の第二皇子が玄武皇国へやって来たからだ。

 これは以前から予定されていたものではなく、急遽という形に近い。だから、今日は朝早くからその準備に追われていた。もちろん明霞ミンシャも、宮女とともに皇宮のあちらこちらを駆けずり回っていたのだ。


(第二皇子の哉藍セイラン様は、とにかく自由奔放という噂……。それに、伴侶は他国の女性がいいとおっしゃっていて、すでに朱雀や白虎の国もご訪問済み、最後に玄武うちに立ち寄られたというお話だったわよね。お妃探しのために来たって……といっても、麗花リーファの言うことだから本当にそうなのかはわからないけれど)


 釣り書きだけでなく実際に会えば絶対に見初めてもらえる、と麗花リーファは自信満々だった。宴でも、常に哉藍セイランの側に侍り、宮女を押しのけてまであれこれ世話を焼いて自らをアピールしていた。

 哉藍セイランは若干引いていたようだが、とりあえずは彼女にされるがままになっていた。時折、隙を窺うような視線を彷徨わせていたので、かなり困っていたのだろう。

 雲嵐ウンランは、一度は麗花リーファを窘めた。しかし、すぐさま彼女と美麗メイリンの口撃に遭い、それに辟易して好きなようにさせる。それはいつもの光景だった。


(あの二人の口煩さは、本当に凄まじいのよね……。相手をしたくないと思うのも仕方がないわ。だから、お父様は居住区画に寄り付かないし、それはお異母兄にい様だって同じ。私を気にしてくれるのは、仔空シアだけだったわね……)


 皇宮でのことをぼんやりと思い返していると、ガラリと戸の開く音がした。


「おかえりなさいませ!」


 その場にいた全員が、恭しく頭を下げる。一足遅れて、明霞ミンシャも平伏した。


「面を上げよ」


 ズシリと腹に響くような低音の声に頭を上げると、凝った細工が施された椅子に、一人の男が座っていた。

 短く切り揃えられた髪は白く、年期の入った皺が刻まれた容貌を見ると、かなりの年配かと思われた。だが、体格はよく、座り姿勢も美しい。体幹がしっかりしているのだろう。彼ならば、まだ現役だと言われても頷ける。


「玄武皇家、第一皇女の明霞ミンシャ殿ですな。まさか、本日こちらに来られるとは思わず、ましてや我らよりも早くご到着されるとは思いませなんだ。いやはや申し訳ない。私が烏族の長、ツイ勝峰ションフォン、よろしくお願い申し上げる」

「いえ! こちらこそ突然押しかけてしまい、大変失礼いたしました。にもかかわらずご対応いただき、ありがとうございました。こちらこそ何卒よろしくお願いいたします」

「ふむ」


 口を開くと、思いのほか軽い調子で驚いた。威厳のある容姿に声だというのに、その落差が大きい。

 言葉を交わすのも畏れ多いというような雰囲気を醸し出しているのに、口調や動作の一つ一つがどことなくコミカルなのだ。

 今も、きょとんとした表情でこちらを見つつ、首を左右にゆっくりと交互に傾けている。


「長」

「おぉ、颯懍ソンリェン。どうだ、お前の嫁は? 慎ましやかではないか。あの妹姫の方じゃなくてよかったなぁ」

「長!」


 いつの間にやら長の側に控えていた颯懍ソンリェンが、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


(妹姫の方じゃなくてよかった……ということは、勝峰ションフォン様は、お父様が麗花リーファを打診するつもりだったことをご存じだったのね)


 それに、長の話からすると、麗花リーファがどのような娘かもよく知っているようだ。

 彼らは玄武皇家に仕えているといっても、契約で結ばれた対等な関係。皇家のことも調べ尽くしているだろうから、それは当然だろう。


「なにせ、今夜はもう遅い。明霞ミンシャ殿もお疲れだろう。皇宮に比べれば狭い屋敷だが、ゆっくりと休まれよ。春燕チュンヤン、お前が専属となってお世話するように」

「承知いたしました」

「それと、颯懍ソンリェン明霞ミンシャ殿はお前の花嫁だ。次期長の花嫁は、大切にしてしかるべき。心せよ」

「……承知いたしました」


 颯懍ソンリェンの返事は春燕チュンヤンとは違い、不承不承といったものだが、長は満足げに何度も頷く。そして立ち上がると、明霞ミンシャの元へと近づき、手を差し伸べ立ち上がらせた。


「ようこそ、烏の巣へ。烏族はそなたを歓迎する。ただし、ここへ来た以上、そなたはすでに皇族ではない。それだけはお忘れなきよう」

「もちろんでございます! よろしくお願いいたします!」


 長の決定は一族の決定。

 長の許しを得たことで、明霞ミンシャは心の底から安堵した。

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