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紫黒の烏と銀の花嫁  作者: 九条 睦月


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30-2.紫黒の烏と銀の花嫁(2)

春燕チュンヤン、今日までいろいろと手伝ってくれてありがとう。おかげで、こんなに素敵な式を挙げることができたわ」

「何言ってるのよ! そんなの当然だわ。私は、明霞ミンシャの侍女だもの!」

春燕チュンヤン……」


 結婚式だけではない。巣に来た時からずっとだ。

 森の入り口で皇宮の従者たちに置いていかれ、心細い気持ちでいた明霞ミンシャを気遣い、烏族のことを一から丁寧に教えてくれた。

 巣へ来てからは、早く皆の中に溶け込めるように動いてくれ、仕事をしたいという明霞ミンシャの気持ちを汲み、長や兄に許可も取ってくれた。

 巣での日々を楽しく過ごせたのは、彼女のおかげだと言っていい。


「私、ここに来られて本当によかった。そして、春燕チュンヤンが側にいてくれて、本当に本当によかったわ」

「やだもう! そんなこと言われたら……泣きそう」


 そう言って、春燕チュンヤンが優しく明霞ミンシャを抱く。そんな彼女の瞳には、うっすらと薄い膜が張っていた。


「……兄様をよろしくね」


 耳元で小さく囁かれ、明霞ミンシャはそれに力強く頷く。


颯懍ソンリェン様をお支えできるよう、頑張るわ。そのための努力は惜しまない」

「そうね。明霞ミンシャはいつだって頑張り屋だから、そこは心配していないわ。でも……」

「でも?」


 春燕チュンヤンは、悪戯っぽく微笑んだ。


「いい加減、様付けはやめたら? 旦那に対して「様」はないと思うの。……ね? 兄様?」


 仔空シアと話していたはずの颯懍ソンリェンは、いつの間にかこちらを見つめていた。颯懍ソンリェンの隣では、仔空シアもニヤニヤと笑っている。


(い、いつから聞いていたの!?)


「そうですね。もう少し砕けてもよいのでは? 姉上」

「……」


 仔空シアまでけしかけてくる。


(でも、いきなりは無理よ。ずっと、颯懍ソンリェン様って呼んでいたのに)


 オロオロとする明霞ミンシャに、更に追い打ちがかかった。


明霞ミンシャ

「……っ」

「二人の言うとおりだ」

「言う……とおりって……」

「呼んでみろ」

「へっ!?」


 思わず素っ頓狂な声をあげる明霞ミンシャに、皆が注目する。

 それまでは各々が大騒ぎしていたというのに、その声に全員が反応してしまったのだ。

 思わぬ事態に、明霞ミンシャはますます慌てる。


「あ、あのっ……」

「遠慮しなくていい」

「で、でも! 皆さんが……」


 皆はよくわからないながらも、期待のこもった眼差しを向けている。


颯懍ソンリェンが遠慮するなって言ってるんだ! 大丈夫だぞ、明霞ミンシャ!」

「そうよ! よくわからないけど、遠慮なんて必要ないわ!」

「そうだそうだ! やっちまえ!」

明霞ミンシャ、頑張って!」


 烏たちが、わいのわいのと騒ぎ出す。


(~~~~! どうしてこんなことになっちゃったの~~~!)


 上目遣いで颯懍ソンリェンを見遣るが、勘弁してくれそうにない。

 頼みの綱である春燕チュンヤン仔空シアも、今ばかりはあてにならない。


(確かに、いつまでも颯懍ソンリェン様じゃおかしいわよね……。うん、そうよ! この機会にっ……! やるのよ、明霞ミンシャ!)


 周りに乗せられている感は否めないが、良い機会である。

 明霞ミンシャは意を決し、颯懍ソンリェンを見つめた。


「い、いきます!」

「そんなに気合を入れるほどのものか?」

「わ、私にはっ、必要なのです!」


 いけー、やれー、と皆が再び騒ぐ。

 だが、明霞ミンシャが息を吸い込んだタイミングで、皆の声がパタリとやんだ。


「そっ……颯懍ソンリェン……っ」


 その瞬間、颯懍ソンリェンの表情が、蕩けるように甘くなる。


「……っ」

「……妻に名を呼ばれるというのが、これほど良いものだとは知らなかった」


 颯懍ソンリェンの声が、すぐ側で聞こえる。それは、彼の温かな腕に抱きしめられているから。

 明霞ミンシャ颯懍ソンリェンを名前だけで呼んだ時、烏たちは大歓声をあげた。だが、今はその声さえ聞こえない。


明霞ミンシャ……俺にとって、お前は銀の乙女ではない。俺の……生涯でただ一人の花嫁だ」

颯懍ソンリェンさ……颯懍ソンリェン……」


 烏族にとって、明霞ミンシャは「銀の乙女」だ。

 本当はそれだけでいいのかもしれない。だが──


「私が烏族の繁栄に繋がる「銀の乙女」なのかは、私自身いまだによくわかりません。でも、そうであればいいと思っています。でも私は……颯懍ソンリェンに、生涯でただ一人の花嫁だと、妻だと認めてもらえることが、一番嬉しいのです」


 明霞ミンシャの髪と瞳の色が変わった理由については、よくわかっていない。

 だが、おそらくそうであろうということは、勝峰ションフォンから聞いた。


 くすんだ白髪に薄墨の瞳。

 これは、過酷な環境のためだったのではないか。

 元々は、銀の髪に黒檀の瞳を持って生まれてきた。なのに、苦しい日々が生来の色をくすませてしまった──。


 それが再び元の色に戻ったのは、重い鎖から解放されたから。

 巣での日々が、少しずつ本来の明霞ミンシャを取り戻すきっかけになっていたのだろう。

 そして、己の身が危険に晒された時、彼女は何を思ったか?

 間違いなく、颯懍ソンリェンを思った。

 それが、完全に枷が外れる要因となった……と思われる。


「私が今ここに、こうして颯懍ソンリェンの隣にいられるこの時を、私は心から感謝しているのです」

明霞ミンシャ……愛している」

「私も、颯懍ソンリェンを愛しています」


 祭壇で誓ったけれど、改めて思うのだ。


(私は……颯懍ソンリェンを、心から愛している……愛しているわ)


 その言葉を想い、口にするだけで、高揚する。心が震える。


「おい、見ろ!」


 どこからか声がして、皆が一斉に空を見上げた。


「わあ……」

「これは……」

「なんと! こんなことは初めてだ……」


 空から、数えきれないほどの羽が落ちてくる。

 太陽の光に照らされ、キラキラと輝く漆黒の羽は、「烏」たちのものに違いない。


颯懍ソンリェン明霞ミンシャ、私たちからの贈り物よ』

『我らが与える羽は、守りとなる』


 ヤーとシェンの言葉に、二人の瞳が大きく瞬いた。


「「烏」からの贈り物だ。ありがたく受け取ろう」


 勝峰ションフォンの声を合図に、皆が落ちた羽を慎重に、且つ、丁寧に拾い集める。


「自然に抜けたものとは違い、彼らの意思で抜いたものだ。そこには強い願いが込められておる」


 ゆらり、ゆらりと舞い落ちる羽を見つめ、勝峰ションフォンが言った。


「強い……願い」

「「烏」たちも、我ら一族の繁栄、幸福を願ってくれておる。我らは……その思いに報いねばならぬ」

「はい、肝に銘じます」

「「烏」たちに、心からの感謝を……」


 颯懍ソンリェンは決意を、明霞ミンシャは感謝を。

 それを見ていた他の烏たちも倣って後に続き、「烏」たちもそれに応える。

 人と「烏」の絆が、また一段強くなった瞬間──。


「我らは、決して表には出られぬ存在。だが、この世界には必要なのだ」


 勝峰ションフォンの言葉を、皆がしみじみと噛みしめる。


(光と影は表裏一体。汚れ仕事を請け負う存在であっても、影は必要なのよ。そんな影があるからこそ……光は光であり続けられるのだから)


 烏族がいつまで玄武皇国に仕えるかはわからない。

 だが、彼らを要する限り、この国はこれから先も輝き続けるであろう。


 それが例え、一見慎ましく、柔い光であったとしても──。




 了


これにて完結となります。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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